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Column #13 風邪だとは気付かずにいたい

風邪は突然襲ってくる。前兆はあるのだろうけど、些細なことが多い。例えば前の夜に仕事が立て込んで、乾燥した部屋でずっとパソコンと向き合うまま気が付けば数時間。「あれ、喉が少し痛いな。いいや、とにかく寝てしまおう」。それで翌朝、急に声が掠れてしまっていたりする。

きっと同時に、ウィルスもそろりそろりと近付いていたのだ。もしかしたらその夜、隣に堂々と座っていたかもしれない。無理をしたことと、違和感を感じたけど何もしなかったこと、このふたつで風邪は始まる。

しかし多くの風邪は軽度なことが多く、知らないうちに引いて、知らないうちに治っているのだという。普段からウィルスはそこかしこに蔓延しているのだから、抗体が強くて風邪を引かない人は、単に気付いていないということをひたすら続けているだけなのではないだろうか。もしも気付いてしまっても、目をそらせばセーフということになれば良いのに。

昨年末、例年以上に溢れかえるすべての仕事のスケジュールが終わったと同時に、バタンと倒れた。前兆さえも感じなかった。でもまわりに風邪を引いている人はいたし、電車にも乗っているし、もしかしたらその日にかぎってうがいや手洗いを怠っていたかもしれない。

でもそれ以前に心身とも疲れ切っていたのは確か。このコラムでも何度も書いているように、去年は最後まで、初めてのフリーでの活動にてんてこまいだった。そして 弱っているところにキツイ言葉を浴びせられると簡単には立ち直れなくなるように、ウィルスは疲れている人への攻撃が一番効くということを知っている。

ウィルスたちが武装集団だとしたら、こうだ。奴らはまず口や鼻、つまり上気道の入り口に飛び込んで、身を屈める。ヘルメットを深く被り、ライフルを縦に構え、リーダーの合図とともに突撃を図る瞬間を待っている。「粘膜が乾燥したぞ、今だ!」「上咽頭、包囲しました!」「扁桃腺に潜り込め!」

去年の秋は、久々にかなり長引く風邪をやってしまった。ちょうどライブのない時期だったから良かったが、まともな声が2〜3週間出なかった。原因はウィルスが細菌に代わり、身体の中で増殖を続けてしまったから。そんなことに気付かず、医者が出してくれる普通の風邪薬や弱めの抗菌薬に頼り続けてしまった。

ウィルスの場合は、たいてい1週間で滞在を終えてくれる。だから何も薬を飲まなくてもちゃんと寝ておけば、次の同じ曜日が来る頃には幾分楽になっている。細菌はそうはいかない。掛けてあった浴衣の柄でも気に入ったのか、長逗留を決め込むのだ。

結局は病院でこのらちの開かないを伝えると、今まで飲んだことのない薬をくれて、それがてきめんに効いた。それでも全快まではやや時間がかかり、声に負担がかからないように歌の練習はしていないと伝えると、「あえて歌うことでこの風邪はもう治るんだという風に、本来の自信を取り戻してください」と言ってくれた。もともとそんなに歌に自信はないのに、このときばかりは誇り高い気分になれたのが不思議。

とにかく病は気からというが、自分はいま健康なんだ、健康に向かっているんだという自信を持つことは大事だと思う。あえて風邪に盲目になる。もちろん、何のケアもいらないとか、風邪など気にしないという意味ではない。十分な予防をして、むやみやたらに恐れないということ。

そういえば、冬が来るたびに加湿器を買い足している。寝ているときは、ちょうど喉のあたりにだけピンポイントに蒸気が来るものを使っている。スタジオにも1台あるけれど、もう1台並べたいところ。自衛隊に毎年予算を継ぎ足しているような感じだろうか。それでも、なってしまったらしょうがない。1週間の滞在中、最大限のおもてなしで迎えたい。