ジョハリの窓とは

【コラム】イラストレーターの売り込み方法と自己開示の有用性

「いつもお仕事忙しそうですが、どうやってお仕事を獲得されてるんですか?」

フリーランスを始めて17年目になりますが、今まで何度かこういう質問を受けたことがあります。その度、僕なりに考えて行動してきた売り込み方法なんかを思い出しながら下記のような返答をしていました。

■ポートフォリオやWEBサイトをキチンと作る。
売り込みはクライアントにアポを取って担当者にポートフォリオを使ってプレゼンすることが基本である。ポートフォリオは製本したモノに限らず、内容が伝われば良いので100均のクリアファイルでも良いが、相手に渡すモノには背表紙にも気をつけると吉。本棚にしまわれたとき背表紙が真っ白だと二度手に取ってもらいづらい。

WEBサイトを作る上で僕が気をつけたのは、クリック数が最小でたくさんの作品がジャンル別に見られるように、という点。閲覧者は「忙しい人」という前提で設計すると見てもらいやすい。余計なアニメーションにゃエフェクトは一見クールに見えるが相手の時間を奪うだけだと思ったので、シンプルに、わかりやすく、手前をかけずに情報にアクセスできるサイトを目指した。

■連絡窓口は多いほど良い。
Facebook、Twitter、LINE使えるものはなんでも名刺に描く。LINEを仕事で使うのはちょっと・・・なんていうこだわりは無用。実際Facebookのメッセージから依頼は何度もあった。Facebook公開してなかったら逃していた仕事だった。

■異業種の人とのコミュニケーションの重要性。
同業種の人ばかりとコミュニケーションしていても視野狭窄になりがち。異業種交流会や朝活など積極的に参加して見聞を広めるべし。自宅作業の人も多いと思うがコワーキングスペースに定期的に通うだけでもかなり多くの刺激が得られるし、個人で営業かけようとは思わない業種との偶然の出会いが仕事に繋がることもある。人脈を広げることで思わぬ科学反応がおこり、それらがチャンスを生む。

・・・といったことを話していたんですが、このへんはよくある話なのでさらっと流し、次に自己開示の有用性について語りたいと思います。

■自己開示の有用性について

せっかく売り込み営業をかけて自分のWEBサイトにアクセスしてもらっても、プロフィール欄を見ると受賞歴や仕事歴を「テキストだけ」でずら~と並べているページを作っている方も少なくありません。イラストレーターが自分が何者であるのかを語るのに「テキストだけ」というのはもったいないような気がします。

僕は2012年に「トコノクボ」というエッセイ漫画を自分のWEBサイト上で公開したのですが、これが徐々に反響を呼んで2014年に有名イラストレーターのあきまんさんにTwitterで紹介されたことをキッカケに注目を集めました。普段1日120~160アクセスだったサイトが一気に12万アクセスまで膨らんだので、「バズる」というこういうことか!と肌身に体感しました。

エッセイ漫画には僕の子供時代からどういう経緯でイラストレーターのプロになったのかを赤裸々に描いているんですが、これが一種の「自己開示」ですね。その読者の方から連絡を頂き、新しいお仕事に繋がるケースも両手で数え切れませんでした。そしてその繋がりで得た仕事は相手が僕のことを知ってくれているからか他の新規顧客との仕事よりもスムーズに進むのです。エッセイ漫画という自己開示の手法が、円滑なコミュニケーションに役立ったのですね。

自己開示については、アメリカの心理学者が考案した「ジョハリの窓」というモデルがわかりやすいので、それを使って説明したいと思います。(ちなみにジョセフとハリーという二人の人物が開発したことから、その名前を組み合わせてジョハリと呼びます)

大きく自己を4つに分類しまして、左上が「自分が知っていて、他人も知っている自分」で、開放の窓と呼びます。左下が自分は知っているけど、他人は知らない自分。秘密にしたり、隠蔽している部分にあたります。右上は「他人は知っているけど、自分は知らない自分」で、盲点の窓と呼びまして、右下は「自分も他人も知らない自分」まだ未知な領域が自分にはある、ということです。
この図が窓に見えることから「ジョハリの窓」と呼ばれています。

そして、自己開示というのは自分は知っているけど他人は知らない自分の領域を開放するということです。それによって「他人が知っている自分」が広がります。「今はこういう仕事がメインだけど、実は将来○○がしてみたいんだ」といったことも自己開示ですし、「みんな私のことを親切な人と思っているみたいだけど実は嫌われるのが怖いだけで・・・」といった話もこれにあたります。

ただ、なんでもかんでも話すということじゃなくて、プライベートすぎる話は逆効果になりかねないのでNGですね。露悪趣味になってはいけません。「実は切った爪を集めるのが趣味」とか「異性の手を見ると異常に興奮する」とか初対面で言われても相手は困惑するだけですから。

自己を開放したあとに人からフィードバックが得られることがあります。開放した情報を聞いた相手から、感じたことを伝えてくれるんですね。「○○な仕事をしてみたいんだったら紹介したい人がいる」とか「あなたは○○なところがあるからこういう方法はどうか」とかいったことがフィードバックです。
それによって、「そんな風に受け取られているのか」とか「そう見えているのか」と気づくことがあると思うんです。それによって今度は開放の窓が右側に広がり、盲点の窓が狭まります。

この自己開示とフィードバックを重ねることによって開放の窓はどんどん広がるので、自己洞察や自己理解が深まり、その過程で自分も相手も知らなかったことに気づくこともあると思います。「未知の窓」の部分までもが開放されていくということですね。「将来○○な仕事がしたいと思っていたけど、実は△△がしたかったんだ」とか「コツコツやるのは普通だと思ってたけど、実はそれがきちんと最後までできる人は少なくて、これも自分の個性だし才能なんだ」といった気づきが生まれるというわけです。

売り込みやマーケティングの場合でも同じことだと思うんです。開放の窓が大きくなることで、相手も自分のことを理解してもらいやすくなるし、それが親近感や信頼感の向上につながり、結果コミュニケーションの円滑化になる、と僕は実感としてあります。

まとめると、自己開示によって得られるメリットは、4つです。

1 抑圧された部分が少なくなる。
2 無意識の部分が「自分」として理解できるようになる。
3 気付かずにいた能力や才能を発見するチャンスがある。
4 クライアントに受け入れてもらいやすくなる。(何者であるのかが分かった人のほうが自然と信頼度が増すので依頼しやすくなる)

僕の場合、基本的に情報はオープンで、ネットに顔出しもしていますし、それがメディア出演にもつながっています。(顔出しNGなクリエイターは多いのでTV局も頼みづらいそうです)

公開したエッセイ漫画は、過去に自分がこういう辛い環境に置かれた時、どういう選択をしたか、といったことも綴っていて、(手前味噌ですが)それがクライアントにとっても信頼につながった部分があるんじゃないかなと感じています。「漫画を読んであなたに頼もうと思った」という言葉をこの数年で何度も聞きました。

僕にとってはエッセイ漫画が有効でしたけど、他に自己開示する手法はたくさんあると思うんですね。社会問題や時事ネタにについて感ずるところをブログやSNSに描く、とかもあるいは自己開示かもしれませんし、仕事での失敗談を包み隠さず話して、それからこういう風に反省して今はこう考えるようになった、というアピールも自己開示だと思います。

特に自分が何をやりたいのか、を開示するのは極めて重要で、たとえば雑誌の表紙の絵を担当している知人に「どうやってこの仕事をゲットされたんですか?」と聞くと、「出版社で会う人会う人に『雑誌の表紙が描きたい!』って言って回った」と。こういうストレートな方法もあります。「いつか雑誌の表紙が描けたらいいなあ・・・」と思っているだけではその「いつか」は来ないんですよね。

このように自己開示はフリーランスにとって重要だと思うのですが、ただ、「自分はこんなに努力してこんな成果をあげた!」と「自分はとにかくスゴいやつなんだ!」というアピールは自己開示ではなく自己顕示になってしまって印象がよくないので、そのへんのバランス感覚は大切ですね。自分がスゴいかどうかは、自分の口から語るのではなく、自分の行動を見た他人が判断することなのだ、ということは常に念頭に置いておきたいところです。

と、いうわけで、クライアントとのコミュニケーションの円滑化と、自分という人間に対する信頼を得るためにも、自己開示という手段は有用性が高いですよ、というお話でした。おしまい。