学びの1年

今年を振り返ると学びの機会を多々頂いた1年でした。

年末にピーチスノウの受講にてステージ1終了。

時に参加者でありながら、運営側での関わらせている状況において何故学ぶ機会と学ぶ内容が目に見えないものばかりなのかを考えると、今の自分にとって「相手の心を見る事」特に仕事において「価値を提供する」ことに重きを置いている訳ですが、
価値観が組織により人により異なるものがたくさんある中で自分のことを無視して、相手に与える提案する提供する事でいつの間にか抱えてしまい、自分で悩みを抱えてしまい、病気が重なって結局上手くいかず状態になってしまっていた事もあり

創業前の個人の頃から考えていた人を大切に、やりがいを感じながら、業績も順調になる

所を自分自身、自分の会社が上手くいかない状況でそれは提供出来ないだろうと。

本業はIT,WEBであって、いいものが提供できたとしても

人がやめる
資金が。。
組織内の人間関係が。。
家庭の問題が。。
親の介護が。。
というのを聞く中、そして自分自身も同じ悩みを抱える中で全てプロフェッショナルではなくても、会社丸ごと見る、人を見る、目指す所を決めて寄り添う というのが改めて大切な事だと感じます。

その為に○○学や○○手法と、何か1つに特化する訳ではなく、いろいろ学ぶ中で自分自身が提供できるものを増やす事が最終的に仕事仲間やお客さんにプラスになるだろうと思って様々な角度で学ぶ事と得られる事が増えればそれに興味を持ってくれたり、出会った人と人がつながったり、心の部分で目に見えない学びが人間関係だけではなくてディレクション業務にも役立ったりなど

自分が学ぶ事が相手にいい影響を与える事も実感出来た年でもあります。

そして学びの中で共通している事で、まず

「自分を知る」
事は共通していて今回のピーチスノウ、岸先生の帝王学、塩川先生のウェルスダイナミクス、釈老師の講和会、ほぼ全てにおいては、まず自分を知る所からのスタートで

様々な手法を用いながら自分を知る→自分の本当にやりたい、進むべき方向を見直す、決める→自分がぶれない状態で自信を持って迷わない状態にしてから→相手に提供する価値を具体的に進めて行く

心を先に決めて、決めた事が現象につながる。前々から何と無くは大切だと分かっていたものの、どうしても現象に流されてしまう為、今年何度も心の学びの機会が多いのはそこをしっかりと学んで進みなさいというメッセージだと思う所で

意識している木の例を基に


枝葉は切れてしまうこともあれば、たくさん広がる事もある。ずっと枝葉がついたままの状態であればいいのですが、売上げもお金も地位も崩れてしまう、無くなってしまう可能性があるという事。

そんな時に支えの基になるのが目に見えない根本の根っこの部分であり根っこがしっかりしていれば、枝葉が崩れても心まで折れる事は無いという事。

誰しも強い心を持っていれば哲学は必要ないかもしれませんが誰しも強い訳ではないし、心の根の部分が現象に現れるつながりがある為現象(出来事)があってしあわせになるのではなく根本の心にしあわせ感を感じる事で現象が現れてくる

この木を考える際に「想い」だけでは人はついてこないことも痛感する所です。

良かれと思ってやっていた事が本当に良かったのか?価値観の押し付けだったのではないか?

自分の価値観を明確にしておかないと、厳しい時、ピンチの時にどう判断していいか分からなくなってしまったなと。

特にスタートアップの事業がある場合はなおさらでプラン考え、作業しながら、人に伝えてなどなど

1人で出来ない事を巻き込んで進める際に、「いや、本業が大切だから」「サービスだと割りにあわないし、いつまでサービスで手伝うの」などの課題に対して、その場その場の対処法になってしまい、結局の所何か上手くいかないか自分で抱えすぎてしまうという状況に陥る訳であり、大雑把に方向性や夢を語っても、具体的に何すれば良いのか、誰がやるのか、どう伝えるかのプロセスの部分に落とし込めない所がありました。

それが、上記の様々な手法を活用する事で、業務とか作業の前に得意分野とやりたい、やりがい感じる所を自分も相手も押さえて把握した上で物事進める、見ていく事が出来ればかなりスムーズに進めていけたのではないかと。

それぞれの効果
せっかくの機会なので

いろいろ学ばせて頂いた内容を活用する為にも、少し紹介を。

ピーチスノウでは

推命学から五行陰陽、色彩人間学
を合わせて自分を知る所からスタートします。

自分の個性や家族、友達同僚みんなの個性が分かれば、「本当はあなたのやりたい事や方向性はこっちの方じゃないのかな~?」とちょっと提示してあげる事が凄く価値があったりチームで進める際に理念や目的など大義を掲げて完了ではなく、個々人の個性、価値から見てどのポジションと役割があればその人が輝けるか!

そこは世代、環境、家庭、とそれぞれが違う所が基になるので価値観の違いを受け止めた上でどう近づけていくかが大切だなと。

稲盛さん曰くの

人生・仕事の結果=考え方×熱意×能力
この中でも熱意と能力は見えやすくてどんどんプラスにすることは出来ても、考え方については=価値観と捉えてそもそも違っていて、いくらでもマイナスになりえる部分。

だからこそ見えないというかぶれる可能性がある考え方についてはまずは自分の価値観を明らかにする事。そして相手も明らかになればどこが違うのか?

を押さえておいて、物事を見る取り組むにつなげていけると。そこにたどりつけないと他人の価値観に生きて「~~すべき」「~~なければならない」「~~であるべき」という義務や責任、社会的理想や権威ある他人の価値観に生きる事になるのだと思います。

そこ結構大きい所で、自分の様に偉人に影響を受けやすい人間としては、稲盛さんはこう言っていた!吉田松陰はこう言っていた!福島先生はこう言っていた!とか○○であるべき!が先に来てしまって、自分の心より先に人の価値観を基にしてしまい、それをスタッフさんにも話する状況だったんだと。

逆に自分の価値観を持っている方を見ていると内からのモチベーションが勝手に湧いて集中力・注意力・持続力が高いというか勝手に当たり前の様に持っていて、いいこと素晴らしいと思われる事でも価値観とズレたことをしていると躊躇、受け身、言い訳が出てくるなと。

分かりやすい入り方だと

好きなこと(情熱)
得意なこと(才能)
大事にしていること(価値観)
の3つの角度から

好きな事は誰かと比較して見つけるものではなく、自分の主観で「面白い」「楽しい」と感じること、興味があってはまる事

得意な事は好きな事(主観)とは別で人と比較した際、人と比べて得意なことストレスなく出来る事だと思います。

例えば自分の場合、対人トークは微妙でもこのブログを書いてる時はかなり思慮深く書けたりします。

大事にしている事はこんな風に生きたいという思い、これは大切にしたいかなと。

例えば
「自由」
誰かに決められた事を作業するのは嫌だ。

「家族・親友」
仕事、お金よりも身近な人を大切にするのであれば、役職や昇給を家族を犠牲にしてまではやらないとか。
家族を一番大事にしたいのに、仕事第一という価値観を持った人に囲まれているみたいな状況があったり。。

この辺りに拘らないと多分、自分の場合は周りの雰囲気に流され続けると思います。

と共にWEB1つを見ても、プランを考え、すりあわせをしながら、役割とスケジュールがあり、途中の報告や説明、その後上手くフォローが出来る体制やSNSとの連携、顧客対応と現状分析と提案などなど

自分の努力や能力だけでは対応が厳しくなりつつある状況下で周りの方と共にがますます増える中において

仕事外でも家族の病気や介護で自分なんかは常々、仕事しなきゃいけない、けど親の病気で戻らないといけない中、抱えてしまって自分が一番悩んで迷惑かけてしまうというのを何度も作り出していたのが、多分きっかけでたくさんの学びの場を与えて頂いたのだと。協力、応援してもらわないといけないのだ!と。感じております。

むしろ、価値観がしっかり出来れば、相手に対しても目の前の業務、これからくる業務に対して何かを行う以上に、あり方生き方からアプローチして、「例:私はこの仕事を通じて業界の悪しき慣習を変えたい」「私はこの仕事を通してご縁があった方の会社の売上げを○○%上げることでお子さんとの海外旅行をプレゼント出来てその子が体験豊かな世界を見て活躍できる子に育って欲しい」とか一段上の層で話が出来れば目の前の現実、課題の解決以上に大きな志命を持って取り組めるのではないかと!

そこにたどり着ければ、他の方の言葉や生き方ではなく自分ごととして捉えれて、今までの自分の稲盛さんの言葉と人生に照らし合わせて他人の価値に自ら進んで生き方や考え方をあわせるところから

自分らしさにたどりつけるかな?と思います。

前置きが長くなりましたが、

ピーチスノウ:推命学から五行陰陽、色彩人間学

推命学は四柱推命と=で古代中国に起源をもつ哲理。一切の万物は陰・陽二気によって生じ、五行中、木・火は陽に、金・水は陰に属し、土はその中間にあるとし、これらの消長によって天地の変異、災祥、人事の吉凶を説明する。(by広辞苑)

陰陽学説とは 世の中に存在するべてもを陰と陽二つ要素から成り立つ考え方

ちなみに、盤古伝説(中国神話)宇宙の始原を意味する神・盤古が死んでその左目から太陽が、右目から月が生まれたとされます。イザナギ神が左目を洗ったときに天照大神=太陽神、右目を洗ったときに月読神=月神が生まれまた(by古事記)

「君台観左右帳記」においては足利義政の同朋衆が銀閣寺でおこなった床飾りでは、華=器+水+植物 を「陰」とし、燭台=火 を「陽」とし、左右の配置はむかって左に「陰」、むかって右に「陽」としています。義政の時代に同朋衆が残した文化はのちの時代に理想とされて広がってゆきますから、古代からの陰陽の配置は中世の室町時代に、この時に完成した『床の間』の飾り方に受け継がれていることが分かります。

また、鍼灸の治療なども陰陽五行を基に西洋医学では厳しい病気(アトピー、鬱病等々)を薬物に頼らず数千年の間受け継がれている根拠として陰陽五行があるそうです。

要は光と影,男と女の様に、相互(相手を必要とする)(バランスが取れる)

反発ではなく相互に成り立つと言う点では西欧のあれかこれかの立場よりあれもこれも!みたいな。

昔の中国の文化、中国仏教で浄土教や禅宗が共存した様に日本も神道、仏教が反発ではなく相互に成り立っている

五行
木 ・ 火 ・ 土 ・ 金 ・ 水
行 : 運行 つまり五の要素運動・変化を表す

世の中に存在する全ては木 ・ 火 ・ 土 ・ 金 ・ 水の要素がある。

中国古代人民が生活や労働の中から形成したもので1つの物事に偏るのではなく多様性を重んじてバランスをとる事が大切と。

例:バランスの良い、食事、睡眠、運動とか、どれか1つではなくどれも大切。

そして、暦も大切なのですが、太陽の力が一番弱い、つまり日照時間も南中高度も最小の冬至(新暦12月22日ごろ)から、その力
が徐々に強まって日照時間も南中高度も最大の夏至(新暦6月22日ごろ)に到り、また弱まって次の冬至に到る、というサイクルが一年という単位。ただし、日本やアジアでは古い時代からこの一年の区切りを冬至や夏至とはせず、冬至から一カ月以上あとの立春の少し前ごろとしました。そして一年を太陽の強さにおうじて春夏秋冬という四季に区切りました。

これは太陽の変化=消長にともなう暦の決め方ですが、これに月の変化・満ち欠けの要素を加えたものがアジア古来の暦。一年の最初の新月(朔)から次の新月の前日までを一月、二番目の新月からを二月・・というふうに十二月までを定めました。

そして色の効果の

色彩人間学を通じて生まれた生年月日で先天的に持っている個性がどの色に該当するかと後天的に作られる環境などを組み合わせて自分を知るという事を行います。


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山本善武

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