イケメン漁師|第1話 「さっき警察来た」

 

 下村亮太が住んでいるマンションで殺人事件が起きたと知ったのは警察が訪ねて来たからだった。ドアの外には刑事が二人と警官が一人。
 年配の刑事が見せた警察手帳が本革(たぶん)に桜の代紋金箔型押し(おそらく)というムダに立派な作りで、こんなもん作るのに一体いくらかかるのか、西友のお墨付きラーメンがいくつ買えるのか、とパスポートや生徒手帳をイメージしていた亮太は一瞬考えていたのだが、
「お仕事は何を?」
と問われ、わずかに躊躇した亮太を凝視する刑事のねっとりとした目線は、手帳以上にたしかに警察であることを感じさせた。
 亮太の部屋は5階建て安マンションの402号室、被害者は階下の住人で23歳の女という説明だったが、4歳年下の若い女の子など見覚えがなく、そもそもマンションの住人の顔など両隣以外ほとんど覚えていないのが事実だった。
 むしろゴミ集積所に出されていた大量の医療器具、時折聞こえてくる男の泣き声などが印象に残っているが、それで自分が迷惑を被るわけではないし、わざわざ言う必要もない。面倒なことに関わりたくはない。何より今の仕事に関して詮索をされるのだけは避けたかった。避けねばならなかった。
「お休みのところ失礼しました、ご協力ありがとうございました。」
と礼儀正しく警察は3分ほどで去っていった。また来るかもしれないな、とTシャツと短パン姿の亮太は思った。被害者と遺族には申し訳ないが亮太にとっては厄介なだけだった。
 2時間ほど前にサイレンの音がすぐ近くで止まったことに気付いてはいたが、風呂に入っていた亮太は外を確認していなかった。以前にも同じようにバイクと車の衝突事故があったからだ。
 部屋の窓から見下ろすと少し離れた路上に報道陣の姿が見えた。午後7時過ぎでも外はまだ薄明るく、スマホで撮影している通行人もいた。
 亮太の格安スマホの画面には通知が表示されていた。平井からのLINEだった。
『これオマエんとこじゃないの』
画像とニュース速報のリンク。見出しに『23歳女性、自宅マンション前で刺され死亡』とあった。
『さっき警察来た』
亮太が返すと、すかさずバカボンパパが笑い転げるスタンプが平井から送られて来た。
 亮太はネットのニュースで事件の概要を知った。被害者のフルネーム、『新堂美羽さん(23)』。不動産会社勤務で入社1年目。犯人はストーカーの可能性。
 自分の住むマンションで起きた事件を世の中の方がよく知っていた。どこか奇妙だが、そういうものなのだろう。情報は速い。
 ツイッターの検索では『こわい』『いつも女』『警察はどうせ』など大量のコメント付きRT、『ぐうぜん現場見た閲覧注意』とバズる投稿動画、さらに『これは使える!女性が刃物から身を守る方法』『モラルハザードの原因は安倍政権』などというものがRT数を重ねていた。だが明日の朝には話題から消えているだろう。次の話題は芸能人か、可愛い動物の動画か。
 半額シールが貼られたパックのかき揚げをうどんに乗せて亮太は晩飯にした。コストは80円てところか。
 明日は仕事がある。もうじき給料も入る。しばらくは食いつなげるだろう。平井からの借金も返さなきゃいけない。
 歯を磨いた亮太はワンルーム6畳の窓際に敷いた布団に潜り込んだ。
 深夜、亮太は目を覚ました。窓の外、遠くから救急車のサイレンの音。隣室からかすかにセックス中の声と物音。だがそういうことではない。玄関からキッチンにかけて何かが動いていた気がした。ゴキブリだろうか、と亮太は思った。起きて叩き潰すべきか。見つからなければ殺虫剤を撒くか。仕事に差し支えなければいいが。ああ面倒だな。亮太はしばらく耳を澄ませていたが、そのまま眠りに落ちていった。

 私鉄沿線の駅から国道沿いにシャッター商店街が続く。駅前に多少の活気が見られたものの、そこから先は100均とコンビニ、そして牛丼チェーンやラーメン屋ばかりが目立っていた。
 社用のワゴンを亮太が運転し、助手席には指導役として組まされた片山が乗る。
 首都圏の数カ所に拠点を持つこの会社に亮太が採用されたのは3週間ほど前だった。名前はNEXUS(きずな、つながり)といった。ネット利用のホームセキュリティやCATV、有料チャンネルなどの「あんぜん・あんしん・べんり」なサービス契約を各家庭と取り結ぶのが主たる内容だが、それは表向きでの話だった。
 片山がカーステに繋いだスマホからは椎名林檎の曲がずっと流れている。
「椎名林檎好きなんすか。」
「もうババァだけどな。音楽は年取らないから。」
「片山さんは右すか、やっぱ。」
「下村くんはパヨクなの?」
「中間のボンヤリした感じですかね。」
「俺も右でも左でもないよ。普通の日本人。」
『NIPPON』を聴きながら亮太は胃がわずかに引き攣るのを感じていた。日の丸が掲げられてた以前の職場を思い出したからだった。気違い沙汰のノルマと白痴的な社訓の復唱。それに比べれば今の仕事は遥かにマシだった。
 国道からのバイパスの急カーブは山の上へと続いていた。やがて広大な住宅地が目の前に広がる。片山の話によれば、経済成長期の宅地造成で山林を切り崩し開発された、かつて夢の住宅地と言われた地区だった。現在は老人率が50%を越えていた。

 昼食で片山と立ち寄ったラーメン屋のテレビでワイドショーが流れていた。『新堂美羽さん(23)』の事件が大きく取り上げられていた。公開された被害者の写真がテレビの画面に映っていた。コスプレ姿の美少女がそこにいた。東日本大震災の津波で両親を失くし、親戚に預けられたのち、苦学生として大学を卒業した悲劇の美少女という扱いだった。話題が消え去ることは全くなかった。亮太はワイドショーに興味のないフリを続けた。事件の現場がどこなのか会社に気付かれたくなかった。モリカケでもなんでもいいから一刻も早く別の話題に切り替えてくれ、と思った。
「えらくカワイイな。」
と片山が言った。

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