イケメン漁師|第2話 「介護スナックさゆり」


 ワイドショーでは大学時代の『新堂美羽さん(23)』が学費や生活費のために性風俗でバイトしていたことを取り上げていたが、片山はそれ以上興味がない様子だった。タイミング良くラーメンが出され、片山は食べることに集中していた。
 女子大生が学費や生活費を稼ぐため風俗で働くこと自体は大して珍しいことではなかったが、3・11の津波で両親を亡くした過去、殺人事件の被害者とセットになることで、どこか悲劇性のバイアスがかかって感じられた。何よりワイドショーには格好のネタだった。
 猫耳コスプレの性風俗というものがあるのかどうか知らないが、写真はその時のものなんだろうか。だとすれば情報提供者は店の関係者か。報酬が目当てならいくら貰ったんだろう。と380円の醤油ラーメンを食べながら亮太は考えていた。
 あの容姿ならアイドル、せめてグラドルとして売り込んだ方が稼ぎになったんでは、いや実際には大して儲からないのか、時間的な制約もあるし。やっぱり風俗のバイトが割が良かったのか、単に好みだったのか、何かこだわりや考えがあってのことか、もしや人前で見せられないようなカラダの傷を被災した時に負っていたとか。
 いずれにしろ理由は本人にしかわからないし、すでに死んでいる。考えたところで自分に何かメリットがあるわけでもない。
 亮太と片山は黙々とラーメンを食べていたが、テレビでは警察が公開した路上監視カメラの映像、黒Tシャツで身長175cm前後の容疑者とされる男について語り始めていた。顔までははっきりとわからないその映像を、それとなく亮太は確認した。特徴のないその容姿はまるで自分のようだった。むしろデメリットばかりだ、と亮太はため息をついた。警察は自分をマークしているかもしれない。
 店を出ると曇り空から雨が降り始めていた。期待は全くしていなかったがラーメンはその通りの味だった。1食100円を基本に生活している亮太にとっては高価な食事だった。食べ終わってもずっと黙っていた片山が、
「まさに中間のボンヤリした味だったな。」
と笑って言った。そのセリフが気に入っているようだった。自分という人間を食べ物に例えるとあのラーメンになるのか、と亮太は思いながら片山と一緒に車へと急いだ。
 私鉄の線路と国道を間に挟んで連なる山の片側、補強工事が施された崖の真上に大きな介護付きマンションが建っているのが見えた。かつて豪雨のたびに土砂崩れを起こし、地域住民から建設反対運動が起きていた場所だが、アベノミクス以降突然工事が始まりあっという間に建設された、と片山が説明した。2000万円以上という高額な入居費もあって、5年以上経った今も利用者は2名のみということだった。NEXUSはこうした情報をよく把握していた。
「反対運動はどうなっちゃったんですか。」
「どうでもよくなっちゃったんだろ。中心になってた住民はほとんどが老人になったし。」
「行政も絡んでるんでしょうね。」
「数値では安全基準をクリアしてるんだろうな。偽装かもしれんけど。」
 何か起きたらそれは想定外の事故だし、と片山は笑った。
 崖下付近の国道沿いにはさらにアパートのような作りのこぢんまりとした老人ホームが建っていた。『おもいでの里』という看板。入居費15万以下の格安老人ホームで、こちらは常に満室とのことだった。以前は廃棄物処理の鉄工所があった跡地だという。土壌は汚染されているだろう、と亮太は思った。
 車内で片山が開いたタブレットには、山の上の広大な住宅地の地図が表示されていた。奥地にマンションが建ち並び、中心部に郵便局と診療所とスーパーが一軒、それ以外は全て戸建てで埋め尽くされている。その一つ一つが無色、赤、黄、緑、青に細かく色分けされ、ポップアップで開くタグに住所と世帯主の名前、そのリンク先で開く別画面は世帯別の個人情報リストになっていた。無色は二世代同居、赤は済み、黄色は要注意、緑は通常の老人世帯、青は夫婦共に認知症の世帯を示す。地図上の4割近くが緑と青で表示されていた。
 この街はかつて自動車産業を中心に発展し、経済成長期の宅地造成計画もその一環だった。80年代バブル期には土地開発グループによる巨大な駅ビルが建設され、街には南米やアジア、中東からの外国人労働者もあふれていたが、その後の不景気で生産ラインの90%を停止、関連製造工場のほとんどが閉鎖に追い込まれ、街は急速に衰退していった。つい先日も安全検査偽装が発覚した大手自動車メーカーだった。
 開発グループが手放した駅ビルは地下食品売り場と1Fの飲食店、ドラッグストア、2Fの100均ショップ以外ほぼ空き店舗となっていた。かろうじて生き残った駅前商店会の一部が顧客としたのは、かつての経済成長期を担い、その子供達である第二世代が衰退した街を離れ、広大な住宅地に取り残された大量の老人達だった。
 片山が手にしたデータの情報提供元に、この地元商店会も関与していた。訪問修理を請け負う電気店や工務店、宅配サービスの飲食店、植木屋や新聞販売所まで、様々な小規模店舗が情報を持ち寄っていた。データはさらに外部の、美容・健康食品販売、名産品の通販、介護用品販売、廃棄物処理業者などへと共有されていた。全ての業者が割高な料金や不必要な契約で、街ぐるみで老人達を食い物にしていた。
 車が再びバイパスを上っていくと、20分おきに循環する路線バスに続いて巡回中のパトカーとすれ違った。道路沿いに『振り込め詐欺に注意!』の看板が立っている。過去に窃盗団や訪問販売詐欺による被害が相次いだため、老人達の防犯意識は異常なまでに高かった。
 NEXUSの手口はそこを逆手に取っていた。ネットを利用した最新の防犯システムという切り口に、老人達は自ら食いついてきた。あとはそれぞれの世帯状況に合わせて、不必要な追加サービスや高額なネット回線契約への無意味な切り替えなどを次々と行っていくだけだった。
 広大な住宅地はどこも不自然なほどに静まり返っていた。生気がまるで感じられなかった。日本中にこんな街が増え続けているのだろう、と亮太は思った。
 片山と共に車から下りた亮太は『青』の家のインターホンを押した。インターホンの右下隅に小さく○印が書かれていた。地元商店会の誰かが書いた目印だった。

 ノルマをこなし会社に戻る途中の信号待ちで、国道沿いのシャッター商店街で営業中の店が目に入った。
「介護スナックさゆり、だって。」
片山も気になったらしく、そうつぶやいた。
「やっぱママが客を介護するんすかね。」
「マスターが母親を介護してるだけとか。」
「ああ、お母さんがさゆりさんで。」
 信号が青になり、亮太は車を発進させた。

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