2019.10.14 月曜日

最近で最も恥ずかしい失敗は何であるかと考える。
可愛らしく僕に好意的だと思われる女の子に「趣味は何ですか?」と聞かれた時に何故か血迷って「健康です。」と答えてしまい、その子のこれ以上ない苦笑いを引き出してしまった事を思い出す。

これから先は無駄の空間なのでここでぜひ引き返してほしい。恥ずかしい。

朝起きてボサボサの髪の毛で飲むコーヒーは自分らしいと思う。
先日少し田舎の町でふらっと寄った古着屋で買ったスラックスを履き友人から譲り受けたジャケットを羽織る。想像以上に洒落た格好になる。
車窓に映った自分が何とも模倣的な都会男児のようで恥ずかしくなる。もう何年も東京にいるのに何故だろう。
祐天寺を歩き友人の美容室に行く。
都会的な服装を着て祐天寺にある友人の美容室に向かっている。なんたるシティーボーイだ。何故かより小っ恥ずかしくなる。雑誌やそれらで憧れの模倣として現れる1日のようだ。
髪の毛を気持ちよく切ってもらう。理解してくれる友人と話すのは良い時間で友人が真剣に仕事をする様を眺めていられるのは素晴らしい時間だ。
散髪後、そわそわとウキウキと少し散歩をし小汚れた飯屋に入りラーメンと半チャーハンをかっ食う。ただ食いたいものを食った筈なのにこの感じもまた洒落た都会人の抜けたチャーミングさのようでラーメンと半チャーハンを一気にドカッと食べ一服している間に小っ恥ずかしさが込み上げてくる。何だこれは。
その後、友人が開店したタピオカ屋さんにお祝いの挨拶を伝えに行く。実に洒落ている空間に「やあやあおめでとう」など言いながらこなれた感じで入っていく。
美味しいタピオカを飲む。おや、甘く美味しいではないか。待て待て。ちょっと待て。何と都会的か。アルファベット表記のTOKYO CITY LIFE という文字が脳内に浮かぶ。嗚呼、小っ恥ずかしい。
少しは恥ずかしさを捨て大人になりたい。冒頭に書いた恥ずかしい失敗は子供が大人ぶって起こしてしまう失敗である。恥ずかしい。大体が全部恥ずかしい。
恥ずかしさは変化の兆しであるかもしれない。そして恥ずかしさは客観性を保っているからこそ現れるものであろう。
恥ずかしさを捨てるわけでもなく恥ずかしさに囚われるわけでもなく恥ずかしさとは上手に付き合っていかねばならないと思う。
いい文章が書けない。恥ずかしい。いつかこの文章は書き直したい。でもここまで書いたら今日の文をもう一度書き始める自信がないからもういい。
どんまい僕。万歳。恥ずかしい。

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