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「B面昭和史1926-1945」 半藤一利著 平凡社

600ページもの大著ですが、一気に読めました。第一次世界大戦後の好景気で浮かれていた日本が、その20数年後には、太平洋戦争に突入しそして敗戦を迎えているのです。


好景気のあとの反動で就職難が続くところ、円タクガール、キッスガールなど、援交にも似た男女関係があるところなど、なんとなく現代に似ています。


そうした中で、満州事変が起こり、国際連盟を脱退しなどの事件が起きました。その後、日本は戦争に一直線に進んでいくのです。昭和10年頃から言論統制が厳しくなり、天皇機関説が批判され、小林多喜二が拷問死をとげ、自由主義的なとレッテルを貼られた学者たちは誹謗中傷され、マスコミは政府軍部に反するようなことを言わなくなります。そうしたことはあっても、昭和9年〜12年あたりまでは、国民は比較的のんきだったようです。そして、国民の中に「戦争は儲かる」という思いが広がっていきました。


著者の半藤一利氏は、「過去の戦争は決して指導者だけでやったものではなく、わたくしたち民草がその気になったのです。総力戦の掛け声に率先して乗ったのです。(P.591あとがきより)」と言っております。


そして、昭和16年に日本は真珠湾攻撃を行い、太平洋戦争に突入していきます。


以下、この本の中から、目についたトピックをメモしておきます。

第一次世界大戦・・大正3年(1914年)〜大正7年(1918年)
好景気・・大正5年(1916年)〜大正9年(1920年)
モボ・モガ・・大正末期から昭和初期 
大学は出たけれど・・昭和2年〜4年 
世界大恐慌・・昭和4年
帝都復興祭(関東大震災から7年)・・昭和5年
円タクガール、キッスガール、エログロナンセンス・・昭和5年頃〜 
濱口首相狙撃事件・・昭和6年
満州事変勃発・・昭和6年
爆弾3勇士の作られた美談・・昭和7年
5.15事件・・昭和7年
桃色スト 松竹歌劇団レビューガールたちのスト・・昭和8年 
国際連盟脱退・・昭和8年
小林多喜二拷問死・・昭和8年
原理日本社が自由主義的な学者に誹謗攻撃を強める・・昭和8年頃〜
景気好転・・昭和9年
天皇機関説問題・・昭和10年
陸軍軍務局長永山鉄山少将刺殺される・・昭和10年
2.26事件 知識層・批評家は我関せずの態度・・昭和11年
軍部大臣現役武官制 広田弘毅内閣・・昭和11年
渡辺はま子の「忘れちゃいやヨ」 発売禁止 官能的歌唱であるため・・昭和11年
阿部定事件 マスコミが扇情的に書きたてる・・昭和11年
23.7%の経済成長;日本は世界的不況からいち早く抜け出したと言われる。国民に戦争の危機感なし。戦争は儲かるという思いが広がる。・・昭和12年
南京陥落;陸軍将校による「中国人百人斬り競争」の記事が東京日日新聞に載る。・・昭和12年
「国民政府を相手にせず」;近衛文麿首相の発言。日本陸軍中国で連戦連勝・・昭和13年
ノモンハン事件・・昭和14年
独ソ不可侵条約;平沼首相「複雑怪奇」発言・・昭和14年
日独伊三国同盟・・昭和15年
「バスに乗り遅れるな」近衛文麿首相・・昭和15年
ぜいたくは敵だ」米内光政首相・・昭和15年
ヒトラー著「我が闘争」10万部突破・・昭和15年
紀元2600年祝祭・・昭和15年
日ソ中立条約・・昭和16年
南部仏印進駐決定・・昭和16年
アメリカによる石油の全面禁輸令・・昭和16年
落語協会による、不謹慎と思われる古典落語の自粛・・昭和16年
真珠湾攻撃日米開戦・・昭和16年
南方攻略作戦順調に進む・・昭和17年
大日本婦人会綱領制定・・昭和17年
ミッドウェー海戦の敗北・・昭和17年
ガダルカナル島より撤退・・昭和17年
言論弾圧が厳しくなる・・昭和17年
大東亜戦争1周年記念・国民決意の標語で、小学5年女子の「欲しがりません勝つまでは」が入選・・昭和17年
山本五十六長官戦死・・昭和18年
学徒出陣始まる・・昭和18年
アッツ島玉砕・・昭和18年
東京都疎開計画発表・・昭和18年
インパール作戦失敗・・昭和19年
サイパン島放棄・・昭和19年
アメリカ陸軍レイテ島に上陸・・昭和19年
特高雑誌編集者を大量逮捕・・昭和19年
鬼畜米英が流行語になる・・昭和19年
東京など大都市への大空襲始まる・・昭和19年
ドイツ降伏・・昭和20年
硫黄島玉砕・・昭和20年
特攻始まる・・昭和20年
沖縄戦敗北・・昭和20年
全国各地で竹槍訓練・・昭和20年
広島・長崎に原爆投下・・昭和20年
日本敗戦・玉音放送・・昭和20年
進駐軍特殊慰安施設設置・・昭和20年
大日本帝国降伏・・昭和20年

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