チャットは検索をかえるのか?

はじめに

昨年の11月にOpen AIが公開したChatGPTは、わずか6日間で利用者を100万人にまで伸ばし、がぜん世の中の注目を集めるところとなった。今年に入ってからも、Bingが検索にチャット機能を搭載したり、Googleも同種の機能を開発中であることを発表するなど、この狂想曲とも言える状況は続いている。ChatGPTの出現により、一部では検索エンジンが不要になるとの声もあるため、ChatGPTを含むチャット形式の検索が従来型の検索エンジンに与える影響を考えてみたい。

Open AIの公式サイトより)

ChatGPTが得意なこと

検索に代わると存在となるかもしれないと言われているChatGPTだが、現時点ではその答えには間違いも多い。これはその背後にある大規模言語モデルが質問の意図を理解して答えているのではなく、言葉の組み合わせを予測しているのにすぎないからで、起こるべくして起こっているといえる。今後の改善によって精度は向上するかもしれないが、少なくとも現時点では、ChatGPTの答えを鵜呑みにして物事を判断するというのはリスクが高い。答えを探すためというよりも、考えを整理したり、アイデア出しをするための壁打ち相手と考えるのが良いだろう。

「新しいBing」の発表とその反響

ChatGPTが爆発的な広がりを見せるなか、その開発元であるOpenAIに兼ねてから出資してきたMicrosoftは今年の1月にそのOpenAIとのパートナーシップを拡大し、今後数年間で数十億ドルの投資をすることを発表した。
そして2月6日には大規模なイベントを開き、 OpenAIの技術を活用したチャット機能を載せた「新しいBing」の発表を行なった。
一部のユーザーへのプレビュー版の限定公開という形式をとった「新しいBing」は、メディアでも大々的に取り上げられ、公開から48時間で全世界で100万人以上が順番待ちリストに登録するなど大きな注目を集めている。

(MSの公式ブログ「AI を搭載した新たな Microsoft Bing と Edge が検索を再発明」より)

プレビュー版を利用しているユーザーのなかには、この機能に熱中している人々もいるようで、2週間もしないうちに利用制限(当初は1日50回、5ターンまでだったのをを後に1日60回、6ターンまでに変更)がかけられたほどである。
利用状況を踏まえた改善というのは他にも行われており、スポーツの結果のような即時性を求められる情報や、財務報告書の数字といった正確性を求められる情報は苦手であるため、学習データを4倍にする取り組みを始めたことをリリース後1週間の振り返りレポートで述べている。
また、同じレポートの中で、「新しいBing」のチャット機能が生成した回答に対し71%のユーザーが「いいね」のリアクションをしたことも報告されている。

(「新しいBing」の検索結果の例)

その後も頻繁にアップデートは行われており、PC版に限定したいたものをアプリにも広げるのと同時に音声にも対応し、またSkypeでの利用も可能にしている。これは検索の枠を超えて、対話アプリでも使われることを意味しており、いわゆる検索エンジンの市場シェア以外のところにも影響を与える可能性がある。これはかつてGoogleがAlloでやろうとしていたことに、Bingが改めて取り組むということでもある。
マイクロソフトで検索担当のバイスプレジデントを務めるユスフ・メディ氏は、日本のメディアのインタビューに応え、日本からも10万人以上が登録し、約200万の質問(クエリ)を投じたことを明かしている。
また、Windows11のメジャーアアップデートで新しいBIngが搭載されることも正式に発表されているし、「独創性」「バランス」「厳密」の3種類のモードを提供するなど野心的な試みも行なっていて、日本でも今後多方面で利用が拡大する可能性を秘めている。

「新しいBing」とChatGPTとの違い

「新しいBing」に搭載されているのは、OpenAIが開発した GPT3の次世代モデルであって、ChatGPTそのものではない。
より具体的にいうと、GPT3の次世代モデルとBingの検索インデクス及びランキングのシステムをつなぐPrometheusというシステムがあり、それがユーザーが入力した質問(クエリ)を内部的に制御することにより、ユーザーにできるだけ正確な答えを返すような仕組みがとられている。

(MSの公式ブログ「新しい Bing の構築にあたって」より)

つまりこれは、Bingがこれまで検索エンジン提供事業者として培ってきた経験を活かし、ChatGPTの技術を検索にうまく融合しようとしているということである。
検索エンジンにはその性能を改善するために、Relevancy(関連性)、Freshness(新鮮さ)、Comprehensiveness(網羅性)、Trustworthiness(信頼性)、Presentation(見え方)からなるRFCTPという評価軸が存在しているが、「新しいBing」はこの基準に照らしても、それぞれの軸で手当がなされていることがわかる。
ランキングシステムや検索のインデクスとつなぐことにより、Relevancy(関連性)、Freshness(新鮮さ)、Comprehensiveness(網羅性)をカバーし、また、関連リンクを表示することでTrustworthiness(信頼性)を担保しようとしているし、Presentation(見え方)についていうと、質問(クエリ)ごとに従来の検索結果とチャットのどちらで表示するのが適当なのかの判断した上で表示している。

(MSの公式ブログ「新しい Bing の構築にあたって」より)

さらにいうと、この質問(クエリ)の特性に応じた分類というのは、Googleの検索品質評価ガイドラインにも記載があり、簡潔な答えで解決するような質問はKnow Simpleクエリ、ユーザーが何を知りたいのかが分かりづらい質問をKnowクエリと規定している。「新しいBing」はこのKnowクエリに対するソリューションと見なすこともできる。

Googleの焦慮

この流れでGoogleの話をすると、ChatGPTが爆発的に利用され始めたことにより、同社は自社のビジネスに深刻な打撃を与えかねないと判断し、コードレッド(非常事態宣言)を宣言したと報道されている。創業者であるラリー・ペイジとセルゲイ・ブリンを呼び寄せて対策を練っているという報道もある。そしてこれを受けて、以前から存在したLaMDAという対話型の言語モデルをベースにしたBardという会話型 AI サービスを2月7日に発表している。これは情報の正確性と計算量の少なさが売りとのことだが、一般にはまだ公開されていない。さらに宣伝のために投稿したツイートに誤りがあることを指摘され、直後に株価が急落するという憂き目にはもあっている。まさに今のところは踏んだり蹴ったりの状況ではあるが、公開に向けて、CEOのスンダー・ピチャイ氏からは毎日数時間をBardのテストに費やすように指示が飛んでいると報じられるなど、一刻も早くリリースをすべく躍起になっていることがうかがえる。

(Googleの公式ブログ「AI の次の重要な一歩」より)

検索エンジンは、エージェントからパートナーに

Bing、Googleのそれぞれが熱狂的に取り組んでいる大規模言語モデルをベースにしたチャット形式の検索は、答えに間違いがないかがまずは重要であるし、その次に、その答えが倫理的に許されるものなのかが問われる。
これらに加えてチャット型の検索により、検索エンジンとの関係性がかわる可能性があると私は考えている。
検索エンジンというのは、ユーザーと情報(ウェブサイト)を結びつける存在として長らく発展してきた。約10年前にナレッジグラフが登場し、直接の情報提供者となっているケースもあるが、検索エンジンが情報の仲介者であるという大枠に変化はない。
というのも、一言で情報と言っても、事実、意見(解釈)、提案など様々な種類があるが、ナレッジグラフ等で回答しているのは、事実の部分にすぎないからだ(これは上述の分類でいえばKnow Simpleクエリにあたるもの)。例えば「富士山の高さ」という問いに対しては、答えが「3,776 m」という一つしかないが、現在検索エンジンが直接回答しているのは、この部分だけで、その他の情報については、答えを他のウェブサイトを中心とするコンテンツに委ねている。
チャット型検索がやろうとしていることは、検索エンジン自身が、意見(解釈)、提案にも踏み込むことを意味する。事実であれば答えが一つしかないので、情報の提供者は責任を問われないが、意見(解釈)や提案を提供するとなれば、その答えにますます責任を問われることになる。つまり、逆に言えば、検索エンジンというのは情報の提供者とのしての直接的な責任を巧みに避けながら(検索結果に表示したという間接的な責任はある)発展してきたともいえる。
これは検索エンジンがこれまでのユーザーの依頼を受けて実行するエージェントからパートナーへと役割をかえることを意味している。Bingがいみじくも表現した副操縦士というのはこのことを示している
検索エンジンの覇者であるGoogleは、以前から対話型検索に取り組んでいた。彼らが及び腰だったのは、対話型検索により、検索連動型広告というビジネスモデルが破壊される危険性があるということももちろんがあるが、それに加えて、事実を越えたことを直接回答してリスクをとることを避けてきたのではないかとも考えられる。
検索の領域で20年以上ぶりにゲームチェンジを起こそうとするBingの試みは今後うまくいくかどうかはわからない。しかしながら、「検索エンジン戦争」の口火は再び切られてしまった。
今はただ、Googleがこの状況に、まずはいったいどんな「答え」を提示するのかを注目したい。


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