サカナクションのライブと「ヤバい」という形容詞、およびアーティストの1つのゴールについて。

こんな記事を読んだ。

BUMP OF CHICKENやサカナクション、KANA-BOONといった、名だたるロックバンドのプロデューサーを務めるHIP LAND MUSIC常務取締役・野村達矢氏が、音楽ライブでの視覚表現に特化したクリエイティブ部門を設立した――という件に関するインタビュー。

記事では、野村氏らがサカナクションを中心に、これまでテクノロジーを用いた演出を行うことに関わってきたことなども語られているが、それとは別件で、「DMM VR THEATER」という3DCGライブホログラフィック劇場(文字面だけでもスゴそう)で開催したイベント後の、お客さんの反応に関して語る場面があった。

棟廣 イベントが終わった直後のお客さんのSNSの感想が“ヤバい”、“ヤベー”ばっかりで(笑)。要はああいうエンタテイメントを観たことなかったので、すぐには言葉で表現出来ない“ヤバい”“ヤベー”だったんです。それがタイムラインに並んだ時、成功したかもしれないと実感できました。

――確かに体験したことないから、その良さを言葉で表現できないですし、お客さんは例えようがないショックを受けたということですよね。

ヤバい」。今や日常的に使われているこの形容詞だが、わざわざ話題に上がるときは大体「今の若者は表現力が低くて云々…」といった切り口であることが多いように思う。

確かにそれも一理ある。文脈によってポジティブな意味にもネガティブな意味にもなり得るこのような言葉は、特にこうして、文字として何かの場面を表現する/共有する場合に用いる言葉としては、あまりに抽象的で漠然としている。

しかし、この「ヤバい」という形容詞を発してしまう理由を、”これまでに経験したことがなく、すぐには他の言葉で表現できないから”とするこの記事での論理は、なかなか的を射ているように思えた。


サカナクションのライブも「ヤバい」

前述のように、記事での「ヤバい」に関する節は、サカナクションの話とは直接の関係がない。だが、個人的にはサカナクションにも共通することだと思った。

他人に彼らのライブの魅力を伝えるとき、「ヤバい」ではどう考えても伝わりきらないことは分かっているので、例えば

「ロックバンドとしての形態を取りながらも、ダンスミュージックを音楽要素として取り入れており、ライブもまるでクラブに踊りに来たように感じられる部分がある」

とか、

「演出が緻密に組み上げられており、単に照明が音楽に合わせて光るだけでなく、映像も用いて、より音楽と視覚表現を密接に関わらせ、ときには視覚表現の方がメインにもなり得るような時間・空間を作り上げている」

などと、出来るだけ何とか具体的な言葉に落とし込むようにはしている。

しかし根底にあるのは未だ「ヤバい」という言葉だと常々思うし、言葉では到底、伝えきるのが困難だと思わざるを得ないのだ。


オーディエンスに「ヤバい」と言わしめることは、アーティストの1つのゴールかもしれない

「アーティスト」とは。

《「アーティスト」とも》芸術家。特に美術家や演奏家・歌手をいう。
アーチスト【artist】の意味 - goo国語辞書

「芸術家」とは。

芸術作品の創作活動を行う人。「―気取り」
げいじゅつか【芸術家】の意味 - goo国語辞書

「創作」とは。

1 新しいものをつくり出すこと。「新式の工具を―する」
2 文学・絵画などの芸術を独創的につくり出すこと。また、その作品。「物語を―する」「―舞踊」
そうさく【創作】の意味 - goo国語辞書

改めて考えると、やはりアーティストに求められていることは、新しいものを作り出すこと。「誰も体験したことがないことを作り出すこと」と考えると、「オーディエンスが”ヤバい”という言葉で表現するしかないものを作り出すこと」とも言えそうだ。

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サカナクション

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