MV「雨のまにまに」によせて
長距離を移動するのが好きです。
座席に身を委ね、窓の外の移り変わってゆく景色を眺めてるのが好きです。
新天地に向かっているようでもあり、元いた場所から逃避しているようでもあり。早くついてほしいというそわそわと、ずっとこのまま揺られていたいという倦怠が同居しています。着実に前へ前へと進んでいるはずなのに、身体はすっかり脱力しきっています。
期待と不安と安らぎとがごちゃまぜになった、なんとも不思議なえも言われぬ感覚です。
高松へゆく高速バス
15歳のときに『海辺のカフカ』(村上春樹 著)という小説を読みました。主人公のカフカ少年もまた15歳で、家出をして深夜バスで東京から高松へ向かいます。
初めて触れる村上春樹、隠喩に次ぐ隠喩、当時よくわからなかった描写も多々ありましたが、この小説は強烈に僕の原体験として根付いています。
東京という街のこともよく知らないし、四国にも行ったことがなかった僕は、その移動がどれくらいのものなのか体感として想像はつかなかったけれど、でもとにかく「遠く」へ移動していることはなんとなくわかりました。車窓の外の灯りが繰り返し過ぎ去って明滅する様子も、隣の席の女性からいちごジャムのサンドイッチをもらってサービスエリアで食べたことも、ただ読んだだけのはずのその情景は確かに記憶に残っています。
行く先は四国ときめている。四国でなくてはならないという理由はない。でも地図帳を眺めていると、四国はなぜか僕が向かうべき土地であるように思える。何度見ても、いや見るたびにますます強く、その場所は僕をひきつけ
る。(村上春樹『海辺のカフカ』新潮文庫, 2005年, p23-24より)
「海辺のカフカ」を読んだのを端にして、今になってもなお心の隅で"どこか遠く"に行きたいという気持ちを抱くようになりました。
遠くへ行くということ
15歳にとっては四国も東京もおいそれとは行けない場所でしたが、大人になるにつれて、その物理的・心理的距離は縮んでゆきます。福岡から東京なんて飛行機で1時間半だし、金銭的にもそんなに大きな額ではない。新幹線ならふと飛び乗っても5時間でつきます。今はアメリカも行こうと思えば1日で行けるものなのだと知ってしまいました。
でも、どこへ行くにせよ移動するときの車窓の外を眺めるのが好きで仕方ないのです。いつも所在なさを抱えている自分にとって、場所から場所への移動の最中という、その所在なさが当たり前になる時間が心地よいのではないかと思います。
雨の間に間に見えた薄い光は
全てを許してるようで
僕は僕を抱きしめたくなったんだよ
(「雨のまにまに」より)
楽曲を繰り返し聴いていると、この一節でふと移動中の窓の外の情景が思い起こされました。薄明光線が降り注いでいる、広い景色。遠景は変わらず、近くのものはビュンビュン通り過ぎてゆく。長いトンネルは灯りを通り過ぎるたびの明滅が延々と続く。エンジンで微細に揺れ、地面の凸凹で大きく揺れる。
これを映像にできないだろうかとずっと思っていました。
曲が語りかけてくること
今年の春、AMENOMANI2さんの「叫び」というMVを作りました。文字通り魂の叫びのような、力強く、切実さに溢れる楽曲でした。
はらわたが煮えくり返って仕方がない時、大声で叫びながら走り出したくなることってありませんか。僕はしょっちゅうです。どいつもこいつもぶん殴りたくなるくらいに腹が立って、でもよくよく考えてみると、その怒りは全部自分に返ってくるんです。自分が情けないし腹立たしいし悔しいし泣けてくるし逃げたいし、痛烈な自己嫌悪に苛まれるし、それらはネガティブだけど、強烈なエネルギーを孕んでいます。
久しぶりに「叫び」MVの企画書を見返すと、えらく物騒なことを書いていました。
ともかく、この曲は徹底的な自己との対峙だと思い、"とある一人"を主軸として、パワーあふれる俳優・納葉さんに死ぬほど走ってもらいました。必死に走る納さんという"外の人"と、強く叱咤するように歌い上げるイナホさんという"内の人"を描きました。
一方で、今回の「雨のまにまに」を聴いたとき、優しさと慈しみを感じました。 心が前向きなときも後ろ向きなときも寄り添ってくれるようでした。しんどいことも、うれしいこともたくさんあって、その人たちのそれぞれをたくさん描きたいと思いました。
これから向かう旅行にワクワクして、久しぶりの帰郷に懐かしんで、全部吹っ切れてせいせいして、恋人との別れにしみじみして、新しく越してきた街にそわそわして、仕事仕事で疲れ切ってしんどくて、親しい人の危篤の報せに涙して、これからライブだと気合いを入れて、そしてみんな空を眺める。
尾道絵菜さん、斎藤陸さん、新川千華さん、藤本直人さん、増本聖さん、溝口裕介さん、吉見茉莉奈さん、渡邊雛子さんら素晴らしい俳優陣に旅路の一幕を演じていただきました。みんな素敵なんです、ほんとに。
AMENOMANI2のメンバー、ワサダマサキさんにはベースを背負ったリアルな「ワサダマサキ」さんを演じてもらうことでMVと現実とを繋いでもらい、イトウナホさんには語りかける人としてそれぞれが独りのMVの登場人物たちを繋いでもらいました。
彼らはきっとまだ移動の最中で、これからも進み続けて行くのだろうと思います。きっとこの中に、ご覧になってくださったみなさんも居るのだろうと想像しながらこのMVをつくりました。
電車やバスに乗ったとき、もし気が向いたら窓の外を眺めてみてください。
とかく最近は、電車やバスに乗ったとき気づけばスマホに目を落としてしまっているのを痛感します。でもふと目をあげると、鉄塔が流れ流れてゆき、ビルに陽の光が反射し、雲は大いに赤く焼けて、思いがけないほどに美しい景色が広がっていることがあります。
自分の足で歩いて進んでゆかなければすぐに置いてかれるしんどい世の中です。ただ、天のまにまに身を任せることを時折り忘れないようにしたいと思います。
ああ、遠くへ行きたい。
-「雨のまにまに」AMENOMANI2-
作詞 イトウナホ 作曲 イトウナホ
編曲 AMENOMANI2
歌・ピアノ イトウナホ
ベース ワサダマサキ
ギター 永山かずみ
ドラム 早川 峻
プログラミング いしいひろき
ボーカルディレクション Satsuki
レコーディング 永島美佳(Sumika Records)
ミックス・マスタリング 中村久志
出演
尾道絵菜
斎藤陸
新川千華
藤本直人
増本聖
溝口裕介
吉見茉莉奈
渡邊雛子
ワサダマサキ
イトウナホ
グラフィックデザイン minamo
監督 / 撮影 / 編集 角洋介
AMENOMANI2 2nd single「雨のまにまに」好評配信中!
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