クリティカル・デザイン振り返り 2/3(2013年版)

以下のテキストは2013年のものです。ウェブサイトのリデザインを機にブログをnoteに移行するにあたって転載しました。

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以下転載記事

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活動まとめ第2回は、

1. 「クリティカル・デザイン」とは、自分なりのまとめ
2. RCA デザイン・インタラクションズ学科で何を学んだか
3. 今後どういった活動をしていくか、していくべきか

です。前回はかなり抽象的に書いたので「で、何やってんの」と思う方もいたでしょうが、今回はちゃんと例が入ってます。

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前回より、僕の中でのクリティカル・デザインの定義は、「人々がテクノロジーや地政学などがつくる未来について考えたり議論したりするための、またはそのスペースをつくるためのデザイン」。RCA デザイン・インタラクションズ学科(RCADI)では、これを実践するための技術を極めて行き当たりばったりに学んだので、後から振り返ってみて「こういうことを学んだんだなー」ということを整理してみる。ちなみに、体系的な教育ではまったくないので、僕はこの定義を自分で設定してクリティカル・デザインを学んだけど、他の人は違う意味の何か別のものを学んだことだろうと思う。なので、学科公式見解でもなければ、RCADIに行けばこれが学べるよ!とかでもない。

未来、パラレルワールド

どんな未来やパラレルワールドを考えるか。技術屋が提示する未来は、この図でいうところのPreferable Futuresにとどまっていることが多い。クリティカル・デザインでは、それ以外の可能性や不可能性を提示していく。テクノロジーの「Application=応用」ではなく「Implication=意味」。「これが未来だ!こういう未来にしよう!」ではなく「こういう未来もあるかもしれないし、ああいう世界もあったかもしれない。で、皆さんどうしましょう?」。

実際にどんな世界を想像するかはたぶん自分次第。どんな技術や歴史に興味があるか、土地、政治、宗教など、自分の興味や怒りやリサーチに応じてとにかく想像の羽を広げてみる。ここではそんなに教授陣からのツッコミはこない。理由は後述。

TANGIBLISATION

構築した世界を、今度は自分のデザインスキルやディレクションスキルに応じてタンジブルな状態にする。これは「表現する」というよりは、「それを通すと構築した世界が見えるようなレンズをつくる」という感じ。「Tangiblise」という言葉をRCADIではよく使ったのでこう書いたけど、一般的な「Tangible=触れられる」を広くして「皆が同じものを想像できる」とすればしっくりくるかも。

レンズの効果は、見た人・体験した人の脳内で起こるのでコントロールが難しい。誰がそれを見るのか、レンズがどういうメディアであるか(映像/プロダクト/テキスト/プロトタイプ…)、レンズと世界の間にどれくらいのジャンプがあるか、過去か未来か、現代社会の価値観では受け入れ難い世界か…。テクニックやセンスを駆使して、これを意図の通りに起こすのがデザインスキルであり、RCADIで学んだことだと思う。あくまで「アイデアを他人に伝えるための技術」がデザインで、それを教えるところだから、「どういう世界を想像しているか」自体は本人まかせのことが多いのだと思う。

このデザイン過程で重要なポイントやテクニックを、僕と一緒に卒業した人たちのプロジェクトを通して列挙してみたい。

Diegetic Prototype = 物語世界内のプロトタイプ

Design Fiction is the deliberate use of diegetic prototypes to suspend disbelief about change. – Bruce Sterling on Design Fiction

SF作家のBruce Sterlingが言うように、Diegetic Prototype = 物語世界内のプロトタイプは、クリティカル・デザインの根幹とも言える部分。想像上の世界で広く使われている道具や技術をプロトタイプとして提示すること。

Social Teletext Network / Post Cyberwar, Philipp Ronnenberg

Philippの作品は、「インターネット終了ボタンが押された後の世界」。今僕らが依存している、巨大インフラ+巨大権力を背景にしたGPSやSNSがなくなったときに、それらの代わりになる技術は全く違う性質のものになるかもしれない、ということで、そのプロトタイプ群。地震動を使った位置検出システム、使われなくなったテレビのアナログ電波を使ったソーシャルネットワーク(写真)、下水に生息するバクテリアのDNAをクラウドデータストレージとして使うサービス、からなるシリーズ。

どのプロトタイプも、よりオープン・アドホック・グレイで、今のインターネットシステムとは全然違う世界を想像させる。

The Big Atlas of LA Pools, Benedikt Groß

Philippのプロトタイプは、特に実際に使えるわけではない想像上のプロトタイプだけど、Benediktの作品は「未来先取りやってみた系」のプロトタイプ。「LAにあるプールを数えてみた」という作品で、衛星データ、画像処理、クラウドソーシングなどを駆使することで実際にLAにあるプールを数えたという作品。数えただけなのに、個人で扱えるデータの量が膨大になっていく世界の様々な側面を考えさせてくれる。派生作品に「LAにあるプールいってみた」というGoogle Street Viewで数えたプールを訪れてみる映像もある。2月にメディア芸術祭で展示予定。

Future Mundane = 未来の普通

SFヒーロー作品の対局にあるアイデアで、「未来のつまらない日常」という意味。ヒーローよりも凡人、新しいオブジェクトと過去から引き継がれた物とが雑多になった風景、部分的にだけほころびのあるシステム、などが特徴で、より未来ビジョンを説得力のあるものにしてくれる。詳しくはCore77のコラムを参照のこと。

Operation Easy Burger, Owen Wells

Owenの「Operation Easy Burger」は、禁止されている合成肉製造現場が、格安ファストフード店の裏側で明らかになるというストーリー。ワイドショーでみる捜査資料のように映像がつくられているのもMundane。

Domestication of Technology

「Future Mundane」に通じるところがあるが、テクノロジーがどんなふうに生活に入ってくるかをリアルに描写すること。美少女掃除ロボは夢でしかなく、実際には猫がルンバに乗って走り回ってる動画がYoutubeでヒットする。

Infinite Souvenir, Bertrand Clerc

Bertrandの作品は、イギリスのカンブリア州が原発観光ビジネスを始めるというストーリーで、原発を模した夢のおみやげ「無限スノードーム」を展示。夢のエネルギーでさらなる大きな夢を見せるのではなく、ただの旅行記念のお土産になるというのが説得力ある。

Uncanny = 不気味さ

現代社会の価値観との相違からくる不気味さも、鑑賞者の想像を喚起するのによく使われる。「こんな気持ち悪いこと許されるはずないのに、だめだとも言えない…。なんで!」

Transfiguration, Agatha Haines

Agiの作品は、遺伝子工学的かつトランスヒューマニズム的な意味での「デザイナーズ・ベイビー」。トランス・ヒューマン、身体改造な技術が赤ん坊に施される様子を、かなりリアルな赤ちゃんモデルで表現。展示では叫び声があがる。

Parody = パロディ

これも、想像上の世界を日常に近づけるのに役立つ。クリティカル・デザインでは、嘘か本当かよくわからないラインを突く作品が多いが、政治や宗教やジェンダーなど、トピックによっては途方もない精妙さがないと怒り出す人がでてくるものもある(それもまた一興ではあるが)。ここでパロディや笑いを入れると、「嘘だというのが一発でわかる」+「現実世界とのアナロジーを簡単にみせられる」という効果が期待できて、鑑賞者の想像をより遠くまで飛躍させられる。

Commoditised Warfare, Yosuke Ushigome

僕の戦争模型シリーズはこの意図でつくられていて、「戦争に係るリソースがまるっと別のスペクタクルに向かったら」というかなり飛躍した世界を伝えるのに役立っている、はず。

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というわけで今回はここで終わって、最終回の次回は「これからどうするか」というのを書いていきます。

今回書いたあたりのテクニックをもう少し理論だって知りたい場合は、RCADIのチューターJames Augerの論文「Crafting the Speculation」をあたるといいと思います。今回は僕の卒業年縛りで選んだのですが、RCADIでの僕の一個上のTobias Revellのブログエントリーには、それ以外の作品例や、別の側面から選ばれた作品がまとまっています。

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