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目指せ! 写真甲子園(第5話)コーチ登場

 アカネさんに連絡を取って頼んで見たら、
 
「ツバサ先生に相談してみる」
 
 そしたら日曜日にコーチを寄越してくれることになったんだ。それもボランティアで。それを聞いた野川君は部員を集めて、
 
「ボクの代でサークルに格下げされたくない。そのためにはみんなの協力が必要だ。どうかボクを信じて付いて来て欲しい」
 
 そしたらね、他の部員が口々に、
 
「よっしゃ、オレは石に噛りついても野川に付いていくぞ」
「みんなで頑張れば、きっとなんとかなります」
「私は部長に、どこまでもついて行きます」
 
 さらに野川君は、宗像君たちに勝つためには日曜や休日にも練習に参加してもらわないといけないって話すと、
 
「当然やろ」
「それぐらいの努力もしないで勝つなんて甘すぎます」
「日曜だけでなく、夏休みも毎日やりましょうよ」
 
 みんな即答だったものね。なんか野川君が立ち上がってくれるのを、ずっと待ってたのよね。野川君のお母さんとは班研究の時から親しくさせてもらっているんだよね。なかなかさばけた人だし、こういう企画への乗りも良くて助かってる。
 
「お昼もちゃんと準備してるから頑張ってね」
 
 みんなが集まって待ってると、オフィス加納のコーチが来てくれたんだ。若い女性だけど、どこかで見覚えが。野川君なんて焦りまくって、
 
「あ、あ、あ、麻吹先生・・・」
「知っているのなら話が早い、麻吹つばさだ。アカネの話では、うちの弟子をボランティア・コーチにする話だったそうだが、アイツらじゃヘタクソすぎて話にならん」
 
 麻吹先生はそういうけど、弟子だって西川流の師範だよ。それをヘタクソすぎるだなんて。
 
「ただ悪いが、わたしもいつも来れるわけじゃないから、アカネとマドカにも手伝ってもらう」
「マドカって白鳥の貴婦人の新田まどか先生・・・」
「サトルは初心者を教えるのが案外下手だし、タケシはまだこういう指導は慣れてない」
「サトルって和の美の探求者の星野サトル先生・・・」
 
 野川君は完全に絶句。他の三人は目をシロクロ。エミも名前だけは聞いたことがある、有名、いや超有名写真家の名前にみんなの目が点。
 
「とりあえず見せてみろ」
 
 麻吹先生は野川君たちのこれまでの作品と、宗像君たちの作品に目を通し、
 
「ちょっと差があるな。でもこれぐらいは大した差じゃない」
 
 麻吹先生の指導はシンプル。
 
「とりあえず撮ってこい」
 
 一時間ばかりあれこれ撮って来て帰って来ると、その写真を根こそぎチェックされて、細かい指摘が山のように。エミなんかド素人同然だからそうなって当然だけど、B3級の野川君にも変わらないぐらい入ってた。

 麻吹先生が帰った後だけどみんな大興奮してた。エミだって麻吹先生がどれぐらい有名な写真家かぐらいは知ってるぐらいだもの。その麻吹先生が撮って来たすべての写真にチェックを入れて頂いて、指導してくれるなんて現実のものとは思えなかったんだ。でもちょっと気になったんで、
 
「野川君、あの指導はどうなの」
 
 野川君は呻くように、
 
「ボクたちはトンデモない指導を受けてるよ」
 
 野川君も説明がしにくそうだけど、写真教室では被写体の効果的な撮り方を教えてくれるんだって。ここも単純化すれば、こういう被写体はこう撮るみたいな教えられ方かな。でも麻吹先生のはちょっと違って、被写体の魅力の引きだし方を教えてるらしい。
 
「これは上級者どころじゃない対象の教え方なんだ。でも、この指導を血にして肉と出来れば勝つのは夢じゃない」
 
 平日は麻吹先生から受けた指摘を念頭に置きながら、ひたすら撮影。部室に帰ったら部員同士で批評会やるんだけど、もう野川君の評価会じゃなく、みんなあれこれ意見が飛び交ってボルテージは上がりまくる感じ。週末になると今度はアカネさんが来てくれたけど、やっぱり指摘のヤマ、ヤマ、ヤマ。

 こんな毎日を過ごしたんだけど、とにかく楽しい。エミなんて完全にド素人だったから一番わかりやすいのだけど、目に見えて上手になってるんだもの。エミだけじゃなくて、野川君や他の部員もそうみたい。
 
「これだったら」
「この調子だったら」
「そうよ、勝つのは夢じゃないよ」
 
 部活ってこんなに楽しいんだ。仲間がいて、励まし合って、一丸となって目標に突き進むってこんな感じとわかった気がする。そんな時に野川君からみんなに相談があるって、
 
「前に麻吹先生が来られた時に相談させてもらったんだけど、夏休みに強化合宿をやろうと思うんだ」
 
 うわぁ、なんか楽しそう。
 
「麻吹先生も快諾してくれて、なんとか都合をつけて下さるそうだ。出来れば全員に参加して欲しい」
 
 エミはお父さんやお母さんがなんて言うか心配だったんけど、
 
「泊まりになるんだったら旅行カバンを新調した方がイイわよね。修学旅行もあるからこの際そうしましょ」
「服もやで」
「わかってますよ」
 
 そして夏休みに入り、待ちに待った強化合宿。麻吹先生が手配してくれたんだけど、六甲山のどこかの会社の保養所みたいなところ。電車とバスを乗り継いで到着したら、驚いたことにあの三先生が待ってたんだ。
 
「強化合宿だからコーチの人手は増やしておいた。もうすぐ第二陣も到着する」
 
 言葉通りに星野先生も青島さんも現われたんだ。つまりマン・ツー・マンでの指導になったんだよ。
 
「とりあえず撮ってこい」
 
 荷物を置いたらすぐに撮影に出発。合宿に入ってからは先生からテーマを与えられて撮るんだよ。撮り終えたらすぐに指導が入り、また撮りに行くの繰り返し。とにかく写真漬けの生活で、朝も早いなんてものじゃなく、夜明け前から起されて、
 
「風景写真に朝夕の光は基本中の基本だ」
 
 日が高くなると、再びテーマを与えられて撮影。お互いがモデルになっての人物写真とか、静物写真もしごかれた。夜も夜景や室内写真の練習。練習が終わると写真談義。写真を撮る時の心構えだとか、目の付け方、考え方、構図のとらえ方とか・・・

 先生方は誰もが優しいんだけど、全然甘くないのよね。それこそ少しでも満足できないところがあると容赦なく撮り直しで、それが出来るようになるまで、嫌な顔一つせずに、ずっと付き合ってくれる。それもエミでもわかるように丁寧に撮り方を説明しながらだよ。それで、それがクリアできたら、ステップ・アップしていく感じ。

 エミも夢中になって撮ってた。これだけ写真に集中すると風景の見え方が変わって来るのよね。あれをどう撮ろう、どう撮ったら効果的になるのか、アングルを替えたら違って見えないか・・・そりゃ、もう、グイグイって感じで実力が付いてく感じなのよ。

 
 これはエミだけじゃなくて、みんなそうみたい。みんな手応えを感じてた。そんな時に野川君が麻吹先生に言ったんだよね。
 
「ここまで力が付いたら宗像君にも勝てる気がしてきました」
 
 エミもそんな感じがしてるんだけど、麻吹先生に腹抱えて大笑いされた。
 
「寝言は寝てから言え。わたしが目指してるのは写真甲子園の優勝だ」
 
 いきなりって思ったけどアカネさんが、
 
「それがオフォス加納流。だからこそ五人をそろえたんだよ。時間もないし」
 
 そうそうアカネさんにカメラのお礼もしたんだけど、
 
「カメラってね、写真を撮る道具なんだ。写真を撮るために使わないと意味がないんだよ。エミさんに使われて喜んでると思うよ」
 
 合宿も最後になり、エミたちはキチンと並んで、
 
「先生方、御指導ありがとうございました。必ず写真甲子園で優勝して見せます」
 
 心を込めて感謝の礼をした。そしたら麻吹先生は、
 
「よく最後まで付いて来れた。だが勝負は時の運。だが、時の運まで持ちこめるようにはしてやったよ。後は健闘を祈る」
 
 これに続けてアカネさんが、
 
「がんばってね、でも優勝できなくともガッカリすることないんだから。写真には無限の可能性があるんだ。気が向いたら写真家を目指してくれたら嬉しいな。そしてね、オフォス加納の門を叩いてくれたら歓迎するよ」
 
 それから、アカネさんと麻吹先生の会話が聞こえちゃったんだけど、
 
「ツバサ先生は初心者の指導が上手ですね」
「あれか、もっと、もっと、もっと程度が低い奴で鍛えられたからな。あれに較べれば、あの連中は、はるかに素直でやりやすい」
「それは、もう堪忍してくださいよ」
「だいたいだな、アカネは・・・」
 
 これも合宿中に教えてもらったんだけど、アカネさんは高校の写真部を出ただけでオフィス加納に入門してるって聞いて驚いたもの。西川流の認定試験どころか、写真教室にも通ったことがないんだって。
 
「それでもツバサ先生、ありがとうございます」
「礼を言うのはこっちの方かもしれん。若い奴が伸びる姿は刺激になるからな。こういうのもたまにはイイな」
「ツバサ先生の歳でもそうですか」
「こいつ、人をいくつと思ってるんだ」
「シオリ先生からでも百歳越えてるローマ」
「それを言うならローマじゃなく老婆だろう」
 
 これなら宗像君にも勝てる。勝って写真部を守ろう。

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