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目指せ! 写真甲子園(第13話)西川流の師範

「麻吹先生、前に野川君に聞いたのですが、西川流の師範って、赤坂迎賓館スタジオでA1級まで取得して、さらにその上の資格ですよね」
 
 西川流は故西川大蔵先生が作り上げたものだけど、辰巳先生が大改革したのは野川君に教えてもらってる。とにかく師範は大変なものなのはわかったけど、川中写真教室の川中先生もそうだと言うのがおかしい気がしてる。

 今回の宗像君のインチキだけど、別に東京の村井先生に頼まなくても川中先生が撮れば良いようなものじゃない。なんてったって師範だから、あれぐらい撮れるはず。そこが今回の校内予選でわかりにくいところだけど、
 
「ああ、あれか。師範も最初はそうだったのだが・・・」
 
 辰巳先生の大改革の前は、今の倍ぐらいに段級分けがあって、師範を取るのは途轍もなく難しかったそうなんだ。
 
「マドカが取ってるよ」
 
 さすが新田先生。でも今だってA1級の上でしょ。
 
「写真教室と言っても昔は細々としたもので、写真好きが片手間でやってたぐらいだ。西川流の段級試験だって、赤坂迎賓館スタジオがやる程度で間に合うぐらいだったからな。まあ、わざわざ段級を取得する物好きがいるぐらいだったでイイと思うぞ」
 
 流れが変わったのは空前とも言われる写真ブーム。スマホのカメラ機能の高性能化で誰もが、いつでも、どこでも気軽に写真が撮れて、それをお手軽にネットで公開できる出来る時代が来たのよね。写真投稿サイトが社会現象と呼ばれるぐらいの大人気になり、それこそ百花撩乱、無数の写真が溢れたぐらい、もちろん、今だってそう。

 次に来たのが投稿される写真の評価合戦。自分の写真がどう評価されてるかはやはり気になるものでイイと思う。これも評価サイトが乱立し、そこで少しでも良い評価を得るために狂奔する時代に突入したぐらいかな。

 写真の評価を高めるには腕を上げるしかないけど、一番お手軽なのは写真教室で教えてもらうこと。そうなの、写真教室が雨後のタケノコのように増えちゃったのよ。今やちょっとした町なら必ずあるぐらいだし、写真教室同士の競争も激しくなってる。
 
「辰巳の改革はあくまでもオフィス加納に対抗するためのプロ養成のためだったのだが・・・」
 
 辰巳先生の構想は写真教室を二つに分けるものだったみたい、別に写真教室に行ったからって誰もがプロを目指すわけじゃないから、
 
 ・プロ養成のための写真教室
 ・アマチュア対象の写真教室
 
 プロ養成の方はB級認定を行って、A級の養成場である赤坂迎賓館スタジオに送り込むのが目的で良さそう。
 
「辰巳の誤算はアマチュアが級位を欲しがったところにあるで良いだろう」
 
 そのためにまず赤坂迎賓館スタジオで一括でやっていた級位認定が物理的に無理になったそうなんだ。それだけ誰もが級位を欲しがったってところだけど、
 
「問題は場所の問題もあったが、認定資格者の少なさもあったのだ。旧制度ではもちろんだが、新制度でも師範まで行けばピンキリはあってもプロになる。そこで師範とは別に師範資格を作ったのだ」
 
 従来は師範のみに与えられていた認定資格をA級取得者にB級のみの認定資格を与えたんだって。これで写真教室でもB級認定が出来るところが増えたんだけど、生徒はB級認定をもらえるところに集まってしまったんだって。これは、そうやって宣伝したのもあったみたいだけど、
 
「生徒の集まりの問題と連動して、級位試験料・認定料の収入が大きくなったのが話を複雑にしたぐらいだろう」
 
 B級認定が出来ないところは生徒には逃げられる、試験料・認定料も入って来ないから不満を募らせたぐらいかな。
 
「でも認定するからには技量も必要なんじゃ」
「まあ、そうなんだが、カネが絡むと話は迷走するんだよ」
 
 写真の上達メソドは日本では西川流が圧倒的だけど、他流儀もあるのよね。さらに海外流儀もあるから、末端の写真教室が西川流から鞍替えする動きが出たみたい、
 
「辰巳も大きくなった試験料・認定料収入をアテにして赤坂迎賓館スタジオやシンエー・スタジオを運営している部分があるから、末端の写真教室の離反を抑える動きに出ざるを得なくなったぐらいだろ」
 
 この辺の級位認定システムは他流儀の方が先行していたから、泥縄式で追いつかせざるを得なくなったんだろうって麻吹先生は言ってた。そこでB2級取得者に師範資格取得試験を受験できるようにしたんだって。
 
「これをタケシは取ってる。受験資格がB2級だから、B2級までの認定資格になってるが、B1級は赤坂迎賓館スタジオへのキップみたいなものだから、実用的には困らないはずだったのが・・・」
 
 それでもおさまらなかったで良さそう。今度はB1級まで取得できることを謳い文句に生徒を集める写真教室が問題になったんだって。やっぱり、そっちの方がレベルが高そうじゃない。
 
「目くそ鼻くそほどの差だがな。辰巳は頭抱えたって話だよ。師範資格試験だって、最初はB1級にしようだったのが、押し切られてB2級になり、今度はB1級認定資格を寄越せだからな」
 
 開き直った辰巳先生は実績主義を取り、その写真教室からB1級取得者を出せばB1級認定資格を付与することにしたんだって。
 
「じゃあ、川中写真教室は」
「川中はB2級だ。経営の才能こそあったけど、弟子の育成はイマイチでな。あれだけの写真教室なのにB2級さえロクロクいなかったのさ」
「だから宗像君にあれだけ肩入れを」
「そういうことだ」
 
 野川君があれだけ冷遇された理由は、その辺にもあったみたい。野川君は他の写真教室出身の上にB3級まで取得してたから、規定ではたとえB1級を取得しても先生にはB1級認定資格は与えられないんだって。

 そんな規定になったのは、他の教室が優秀な生徒をカネで買い取ってB1級を取らせたことがあるからだそう。川中写真教室にとって野川君は招からざる客みたいな存在だったみたい。
 
「野川もあんな資格にこだわなくてもイイものを」
 
 エミもやっとわかったけど、西川流の師範と言っても三種類ぐらいあって、師範、師範資格、師範資格試験合格者で良さそう。でも他人に言う時にはどれも、
 
『師範』
 
 こう名乗るから、知らない人には区別できないというか、わざと区別できないようにしてるぐらいかな。辰巳先生も整理したいみたいだけど、なにかすれば大反対が起って困ってるぐらいかもしれない。
 
「アイツも良くやってるよ。とにかく西川流は裾野が広すぎてまとめるのは大変だと思うよ。わたしは頼まれてもやりたくないね」
 
 そう言えば、
 
「オフィス加納でプロになれなかったお弟子さんが写真教室を開いた時にはどうなってるのですか。やっぱり加納流とか、麻吹流ですか」
「ああ、それか。原則として弟子の入門条件は西川流の師範資格にしている。だから写真教室を開く時は西川流だ」
 
 えっ、えっ、
 
「でもオフィス加納と西川流は犬猿の仲だって」
「あれはフォトグラファーとしてプライドを懸ける時だけ。サトルも、マドカも、タケシも西川流出身だよ」
 
 大人の世界は複雑だ。
 
「辰巳先生とは勝負しないのですか」
「どうやって?」
 
 写真もアマチュア・レベルとか、プロでも駆け出しや、売り出しレベルならコンクールで優劣を競うのはありだって。エミが目指している写真甲子園もそう。でも麻吹先生クラスになっちゃうと、誰も優劣を判定できる人がいなくなると言われて納得した。校内予選でもそうなりかけたぐらいだったし。一流のプロが優劣を決めるのは、
 
「そんなもの商売に決まってるじゃないか。どれだけ売れるかだよ。そうだな、審査員は客になってると思えば良い。とにかくプロは食えなければ話にならない。食えてこそプロと名乗れるのだ」
 
 言われて気が付いたんだけど、プロは客に買ってもらって商売が成立するけど、客だって素人じゃない。色んな好みがあるから、それぞれに棲み分けてるぐらいのイメージかな。妙な言い方になるけど、麻吹先生への依頼料はすっごく高いらしいけど、安くてそれなりの需要で食べても、
 
「それもプロの生き方。ピンで生きてもプロ、キリで生きてもプロだ。ピンに注目が集まるのは仕方がないが、ヘタクソでもちゃんと食べれてたら立派なプロだ。考えても見ろ、世の中すべて同じ写真でイイのなら機械に撮らせればイイじゃないか」
「だったらどうして西川流と仲が悪いのですか」
 
 麻吹先生は昔を懐かしむように、
 
「西川大蔵は自分の写真こそ究極だと言いやがったんだ。つまり写真の行き着くところは一つで、それが西川の写真だとな」
 
 これもすごい自信だけど、
 
「加納先生はそれを思いっきり嘲笑されたんだよ。ある会合で面と向かって、
 
『テメエの写真が究極だと。寝言は寝てから抜かしやがれ、それともテメエは夢遊病者か』
 
こう言い放たれたのだ。それだけだよ」
 
 こりゃ、子どもの喧嘩だ。最後にもう一つ気になる事を、
 
「エミの写真は西川流ではどれぐらいですか」
「そうやって認定資格を誰もが欲しがるから辰巳も大変なのはよくわかる」
「すみません」
「わたしは西川流ではないから判定しないが、村井はあれでもA1級から師範を取ってシンエー・スタジオに進んでいる。もっとも、もともとヘタクソだったし、今の村井はガクンと落ちてるがな」
 
 ひょっとしてエミたちはA級とか、
 
「よく覚えとき。写真甲子園は勝負だ。勝負に資格は関係ない。その時に出せる実力がすべてだ。頑張りな」

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