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ミサトの不思議な冒険(第4話)ツバサ杯

 ミサトとナオミ、それに寺田さんが入って八人になったフォト・サークル・北斗星ではさっそく新歓コンパが開かれたんだよね。近所のチェーン店の居酒屋だったけど加茂先輩は、
 
「今年はなんと三人もの新入会員が加わって頂いています。それも摩耶学園の尾崎さんと陸奥高校の寺田君と写真甲子園メンバーが二人も加わっています。我がサークルのレベルはこの二人だけなら一番です」
 
 ドット受けてた。やっぱり未公認サークルの運営は大変らしい。公認サークルであれば、学内に活動拠点があるし、学内で公然と新入会員の募集も出来るけど、未公認だとそれも満足に出来ないみたい。

 ただやっているのが写真だから、その点は活動しやすいとしてた。学生対象のコンテストもあるけど、別に写真部とかサークルに所属していなくても、個人の資格でも参加できるところが多いのが写真だものね。

 だからミサトも学生になったら、写真以外の事をやりながら、個人の資格で写真を楽しもうかと思ってたぐらいだもの。それでもってサークルの当面の目標だけど、
 
「ツバサ杯や」
「それって」
「写真好きには夢みたいなもの」
 
 西宮学院は春に学祭があるのだけど、秋に学部祭みたいなものをやることろもあるみたい。これは、専門に上がると別のキャンパスに別れるところもあるからだそうだけど、ツバサ杯は本部で夏休みに行われるらしい。
 
「メディア創造学科の主催で、学科の学生だけじゃなく、他の学生の参加も自由なコンテストだよ」
「そのツバサ杯って、もしかして麻吹つばさ先生に因んでのものですか」
 
 これはミサトも初めて聞いたのだけど、麻吹先生はメディア創造学科出身なんだって。もっとも四年の時に中退してるから卒業生じゃないけど、今は名誉博士になってるらしい。麻吹先生は名誉博士を授けられた時に、感謝の印として、ツバサ杯を贈られただけではなく、
 
「副賞がハワイ旅行なんだ」
「それだけじゃなくて、その時にオフィス加納の先生方の直接指導も受けられるのだよ」
 
 げっ、麻吹先生や、新田先生の指導だって。もっとも、摩耶学園の時みたいな特訓じゃないだろうけど。
 
「尾崎さんは麻吹先生の指導を受けたんだよね」
「あ、はい・・・」
 
 写真サークルやってるぐらいだから、一昨年の写真甲子園のことも良く知ってるのよね。優勝が摩耶学園だっただけでなく、麻吹先生が監督として出場したことも。ケイコ先輩も、
 
「あの大会はミュラー先生や、ロイド先生の参加にも驚いたけど、あの麻吹先生が監督として出場していると聞いてビックリしたなんてものじゃなかったもの」
 
 だろうね。ミサトだって部室に麻吹先生だけじゃなく、新田先生や、泉先生が当たり前のように現れたのは今でも信じられないぐらい。みんなの興味はどんな指導をしてたかなの。そりゃ、聞きたいよね。
 
「あれは・・・」
 
 麻吹先生はプロへの指導じゃなく、素人の高校生に合せたものと言ってたけど、ミサトにしたらまさしく容赦無しのものだった。もっとも新田先生に言わせると、
 
『アカネ先生は手加減が無さすぎます』
 
 そう、あれでも高校生だから手加減されてたみたい。そうなるとオフィス加納のお弟子さんにやってる指導になると想像すらできなかったぐらいだもの。これが最初っから最後まで手抜きなしで続いたぐらいかな。
 
「そんなにか」
「麻吹先生の指導はいつも真剣勝負で、教わる方も魂を常に燃え上がらせておかないと話にならないぐらいです」
 
 麻吹先生の当初の目標は校内予選の対戦相手を凌ぐ事だったはずだった。なんと言ってもB2級とB3級で構成されたチームだったし、こっちは野川部長がB3級、ミサトがB4級、残りはズブの素人だったし。
 
「そんな相手が校内予選の相手だったのか」
「ドリームチームみたいなものじゃない」
 
 どの時点で相手のチームを凌いだかはわからないけど、少なくとも夏休みの強化合宿が終了した時点でミサトだけでなく、藤堂副部長やアキコだって上回っていたと思う。
 
「そんな短期間でB2級を上回るって冗談だろ」
「この辺はまだ序の口で・・・」
 
 二学期になってから麻吹先生が目指されたのは打倒村井プロ。イブの学内予選は対戦相手が反則による失格になったけど、辰巳先生はミサトたちが反則無しでも勝っていたと講評してくれたものね。
 
「相手はプロだって・・・だから写真甲子園で優勝できたのか」
「いえ、そこからがありまして」
 
 一月から始まった地獄の特訓。ミサトはヘロヘロだったし、野川部長なんて半殺し状態だったよ。そこまでやって、ようやく初戦審査会、ブロック審査会を突破出来たけど、
 
「まさか、まだあるのか!」
 
 あったよ。エミ先輩が『雨とモノクロ』ってロマンチックに呼んでたけど、決勝本番で撮影条件が悪い時に備えての特訓みたいなもの。雷鳴轟く中で『弾ける笑顔』をモノクロで三十分で撮って来て、三十分で組み写真にするなんてトレーニングをひたすらやらされた。これを五月から七月までみっちりと。
 
「写真甲子園で優勝するためには、そこまでやらなアカンのか」
「ちょっと違うと思います」
 
 麻吹先生は、はっきりとは言わなかったけど、どうもミュラー先生や、ロイド先生のチームがサプライズで参加することを知ってたみたい。だから開会式でサプライズで参加して来ても涼しい顔をしていたし、その後の緊急監督会議でも、あの上から目線。

 あそこまで徹底的にやらされたのは、たとえミュラー・チームや、ロイド・チームがどれだけの準備とトレーニングを重ねてこようと蹴散らせる力を付けようとしたに違いないと思ってる。
 
「尾崎さんはプロ並みね」
「そうや、写真見てビックリしたもんな」
「違います。本物のプロはあんなものじゃありません」
 
 これも教え込まれたようなものだった。ミサトたちの技量は、高校生にしたら桁違いに上がってた。ミサトは部長になって、あちこちのコンクールで賞をさらえる様に取ったし、全日本写真展の高校の部金賞まで取ったのは間違いない。

 それでも麻吹先生や、新田先生の写真には遠くおよばないもの。指導中にお手本の写真も撮ってくれたけど、どれだけミサトの写真が下手に見えた事か。これは、野川部長もそう言ってた。だから指導されている間は、そんなに自分の技量が上がってる実感はなかったもの。
 
「相手が麻吹先生とか、泉先生だとか、新田先生ならそうなるかもな」
「でも羨ましいね。一度でイイから直接指導を受けてみたいものね」
「そうやな。一生の思い出になると思う」
 
 写真甲子園を目指した時間はミサトにとっても忘れられない宝物。これからの人生で、あれだけ一つの事に集中して、魂を燃やし続けることが二度とあるかないだよ。いや、もうないかもしれない。

 
 話は、ツバサ杯に戻ったんだけど、やはり強いのはメディア創造学科の学生。当然と言えば当然なんだけど、
 
「今年はもっと厳しくなるって話や」
 
 これまでは学内からの応募だけだったけど、麻吹先生の意向で外部の学生にも門戸を開くんだって。麻吹先生らしいと言えばそれまでだけど、
 
「あの噂は本当かしら」
「はっきりせんとこもあるけど、妙に日程が被りそうやもんな」
 
 二年前から始まったのが世界三大メソドの学生対抗戦。写真の上達技術は、
 
 アメリカのロイド流
 ヨーロッパのミュラー流
 日本の西川流
 
 この三つが競い合ってるし、西川流のお膝元の日本でも、ロイド流や、ミュラー流もあるし、西川流だって海外進出してるぐらい。その学生レベルの世界一決定戦がハワイで行われているのよね。
 
「あの三つはたしかに世界三大メソドだけど、幻のメソドがあるのが写真界の定評や」
「幻って?」
「尾崎さんが学んだ麻吹流だよ」
 
 そんなものないけど、二年前の写真甲子園の結果が世界の写真界に衝撃を与えたって言うのよね。あの時も世界三大メソドがそろったけど、優勝したのは麻吹先生率いる摩耶学園。さらに、
 
「そうなんよ。ミュラー流も、ロイド流も敢闘賞に沈んでもたやろ。西川流は辛うじてぐらいは面目を保ったけど、もし麻吹流が世に出たら大変なことになるぐらいや」
 
 だからあれは無理だって。麻吹先生の指導は偉大だったけど、完全なオーダーメイドの指導だもの。どれだけの面子がコーチしてくれてたと思ってるのよ。
 
「そこに、ツバサ杯優勝者が参加するとか」
「そういう噂が出てる」
 
 でもまあ、参加したら面白そうかも。ハワイ旅行はやっぱり魅力的だものね。

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