見出し画像

目指せ! 写真甲子園(第22話)オープニング写真

 エミ先輩の家に泊るのもこれで五度目。五度目と言っても金土日の二泊三日だから、すっかり親しくなっちゃって、可愛がってもらってる。こうやって泊らせてもらうとわかるのだけど、本当に働き者一家ってしみじみわかっちゃった。

 とにかく朝が早いのよね。馬のお世話もあるし、レストランの下準備も大変そう。エミ先輩も風呂掃除、これだってあの露天風呂だよ。さらにクラブハウスの掃除までテキパキと。もちろん馬の世話のお手伝い、馬場の整備、厨房の手伝い・・・
 
「ああこれ、随分ラクさせてもらってる。前は授業が終わったら飛んで帰らなくちゃならなかったから・・・」
 
 だからシンデレラだったのか。日曜の朝は馬場に脚立置かせてもらってスタンバイしてたんだけど、障害を置く位置が大変だった。構想図では左手にある太陽に向かって飛び立つんだけど、それには撮影ポイントと障害の位置関係が重要なの。

 この障害が軽くないのよね。動かすのにエミ先輩と二人がかりになっちゃうのだけど、太陽の昇る速度ってあんなに早いと思わなかった。ウンコラせとセッティングして撮ろうと思ったら、もう微妙にずれてる感じ。
 
「ミサトさん、どう?」
「チャンス・タイムは少ないですね。でも今日でだいたいセッティングが決まったんじゃないですか」
「そうよね。一回で成功すると思うのが甘いよね」
 
 そこから学校に行って検討会。部長は、
 
「今日は初日だからな」
 
 今日の写真を見ながら、
 
「後ろの木はもうちょっとボケにした方が良いな」
「ミサトもそう思います。キラキラ感があった方がイイですものね」
「流し過ぎるのも良くなさそうだな」
「ええ、少し流れるぐらいの方が効果的だと思います」
「それと馬の足元だけど・・・」
 
 馬と騎手をクローズアップ気味にした方が効果的だろうって。それと馬の飛ぶ角度がもうちょっと付かないだろうかって。
 
「障害が高くなれば可能ですが」
 
 今回置いたのは五〇センチぐらいだけど、
 
「小林君はどれぐらい飛べる」
「それが・・・」
 
 エミ先輩は乗馬クラブの娘だから馬に乗れるけど、あれは預かっている馬の運動のためだけだそうで、本格的な障害飛越の練習はやったことがないんだって。
 
「どれぐらい飛んで欲しいのですか」
「150センチぐらい飛べたら理想的だ」
 
 ちょっと待ってよ、ほとんど人間の背丈ぐらいになるじゃないの。
 
「そこまで行ったら大障害のBでうちでも飛べるのは三人しかいません」
「そんなに難しいの」
 
 部長は後ろの並木との高さ関係も気にしてるみたいで、
 
「せめて高さだけでも、もう少し上がらないかな」
「それはマウンドでも作らないと無理です」
 
 だよね。でもエミ先輩の目を見たら燃えてた。
 
「無理か」
「今なら無理ですが、少し時間を頂ければ出来るかもしれません」
 
 聞くと、あの馬なら一七〇センチの障害でもラクラクと飛び越える能力があるそう。
 
「でも時間はあまりないよ」
「わかってます。それでも欲しい絵があれば努力するのがカメラマンです」
 
 部長もムチャ言うな。後でエミ先輩に、
 
「一五〇センチなんて無理に決まってるじゃないですか」
「馬はテンペート、それに障害と言ってもオクサーじゃなく垂直じゃない。やれば出来るはず。野川君はその絵が欲しいと言ってるのよ、なんとかするのが部員の務め」
 
 オクサーって何かと聞いたら、バーが二本並んでる幅のある障害だって。
 
「それでも・・・」
「ミサトさん、エミたちが目指してるのはなに」
「写真甲子園です」
「そう、どうしても北海道に行くのよ。そのためには出来ることはなんでもしなきゃ、勝てないよ。チャレンジもしないであきらめるのは最低。どんなに可能性が低くとも、そこに可能性があるならば挑戦しなくちゃ」
 
 エミ先輩の背中からオーラを感じるぐらい、メラメラ燃えてるのがミサトにも良くわかったの。
 
「だからミサトさん、かならずモノにしてね」
 
 その日からエミ先輩は学校が終わるとシンデレラになり家に直行。週末も、
 
「ゴメン、もう一週待って。必ず間に合わせるから」
 
 難しいのもわかるけど、部長が設定してるスケジュールだったら来週がラストチャンスになっちゃうじゃない。もっとも週末は曇りだったから、撮れないのは同じたったけど。さらに翌週の金曜日も、
 
「もう一日、もう一日待って」
 
 ミサトもジリジリして部長に、
 
「日曜しか残ってません」
「間に合ってくれると良いが。天気は良さそうだが」
「延長は」
「やりたくない。オープニングの一枚が出来ないと次に進めないし、これを撮るためには二人が必要だ。なんとか決めて来て欲しい」
 
 土曜日の夕方になって乗馬クラブに行って見るとエミ先輩のお父さんがいて、
 
「エミやったら、馬場や」
 
 馬場の周囲には、あれは照明車。さらに近づいていくと見えて来たのはミサトの背丈ぐらいありそうな、化け物みたいな壁じゃなかった障害。
 
「エミさん、もうちょっとや。踏み切るタイミングに気を付けて、タメを利用して飛ぶんや。そうそう、リズムも忘れたらアカン」
「これぐらい簡単よ」
「ユッキーは黙っとれ」
 
 あれはユッキー先生、もう一人は誰だろう。それだけじゃない、
 
「次は飛べる。自信を持て」
「そのまま月まで飛んで行け」
「そんなに飛べるか!」
 
 あれは麻吹先生に泉先生、青島先生までいる。エミ先輩が走って来て、
 
『カラン』
 
 ああ惜しい。ほとんど飛べてたのに。
 
「もう少しや」
「イイ感じだよ」
「もうちょっと、ほんのもうちょっとだけ」
「次は必ず飛べます」
 
 エミ先輩が馬を返して来て、
 
「エエ感じや。忘れんうちに、もう一本行こ」
「ガンバレ」
「行け行け」
「銀河系まで飛んで行け」
 
 再び走って来たエミ先輩は、
 
『ポ~ン』
 
 飛んでる、間違いなく飛んでる。エミ先輩があの化け物みたいな障害を飛んでる。夢じゃなく飛んでるんだ。
 
「来たか尾崎。小林はなんとか間に合わせたぞ」
「毎日これを?」
「ああ、そうだ。昨日はまだどうしても飛べなかったが、ついに飛んでくれた」
 
 クラブハウスでエミ先輩が着替えて来るのを待っている間に、
 
「尾崎さんいうんか。わたしはコトリだよ。エミさんは頑張ったよ」
「そうよ、コトリったら、毎日早引きして、付き合ってたんだ」
「日が短いから往生したわ」
 
 聞くと日が暮れても練習してたんだって。そのためにあの照明車まで持ちこんだって言うから驚いた。ここで麻吹先生は、
 
「尾崎、ちょっと来い」
 
 麻吹先生を撮影ポイントに案内して、
 
「設定はそれで良い。ただし明日で決めろ。それも一発勝負で決めてみろ」
「一回でですか」
「そうだ。次があると思うと甘さが出る。小林だっていつも成功するとは限らない。一本にすべてを懸けるんだ」
 
 夜にエミ先輩の部屋で、
 
「麻吹先生はそう言ったの? でもわかる気がする。エミの障害飛越もそうだけど、いつでもやり直せると思うと飛べないかもしれない。朝の一本にすべてを懸ける。ミサトさん、頼んだわよ」
「はい」
 
 夜明け前から起きて準備運動。眠気を覚まさなくっちゃ、エミ先輩のお父さんとインストラクターの人が障害のセッティングしてくれてる。
 
「もうちょっと障害を手前に。脚立は少し右側に。それぐらいだ。それと照明車の影が邪魔だ。動かしてくれ」
 
 あの声は麻吹先生。
 
「尾崎、指を冷やすな、十分温めておけ。それとカメラも冷やすな」
「はい」
「アカネ、タイミングを出してやれ」
「わっかりました」
 
 泉先生まで来てくれてる。
 
「自信を持ちなさい。あなたは、これが出来るように一月からトレーニングを重ねています」
「新田先生!」
「後は次のショットにすべてを集中しなさい。あなたなら撮れます」
「はい」
 
 狙うのはベストの太陽の位置での一発勝負。ミサトは脚立に上がり、カメラを構えると、さっきから馬場で馬を走らせていたエミ先輩がスタート位置にやってきた。泉先生が、
 
「エミさん、スタート」
 
 走って来る、走ってくる。不思議なぐらいミサトは集中してる。撮るのはあのタイミング、あれを絶対に捕まえてやる、逃すものか。全神経をカメラに集中させて、
 
『パシャ』
 
 撮れた、絶対撮れてる。ミサトの快心のショットになってるはず。麻吹先生と新田先生も駆け寄ってきて、
 
「見せてみろ」
「良く撮れてます」
「ああ、文句なしだ。尾崎、よくやった」
 
 緊張がゆるんで、腰がへなへなと。
 
「しっかりしろ。これで、やっと一枚目だ。仕事は始まったばかりだ」
 
 そうだ、これは始まりであって終りじゃない。
 
「だが北海道に一歩近づいたな」
「ありがとうございます、麻吹先生、新田先生、泉先生」
 
 エミ先輩も馬を返してきて、
 
「ミサトさん、やったね。学校で野川君が首を長くして待ってるよ」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?