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皮と肉

 皮肉―遠まわしに意地悪く相手を非難すること。また、そのさま。当てこすり。
 
 
一.休日の手紙
 
ある休日の昼下がり、平穏な一日にすこしずつ時が刻まれていく。
何の変哲もない怠惰で無価値のように見える日々が続いている。
私はベッドでゴロゴロし、こんな日々と自分、どちらが本当に怠惰で無価値なのか区別がつかなくなっている。
こんな毎日が続けばいいのにと思う反面、「少し飽きた」と感じ、自分の脳内でディベートバトルが始まることも少なくはなくなってきた。自分ではその怠惰を変えることができないと嘆いていた中、ポストに手紙が投函された音がした。
長時間ベッドと一体化していた肉体を何とか引き離した。
ため息が床へと落ちていく。いずれこのちょっとしたため息が重なるとそれが私の部屋に飽和し、憂鬱と化したガスに部屋も心も満たされ、堕ちていくのだろうか。
よっこらしょと立ち上がり、玄関のドアを開け、ポストに投函されたものを確認する。一枚のはがきだった。差出人の名前はなかった。嫌な予感を感じる。
こういうの、漫画とかで見たことがある。こういうのは殺害予告とかが多い。「誰かから恨みを買うようなことあったかな」と記憶をたどってみるが、そんなことはない。恨みを買ってしまったことは多々あるが。
そんなどうでもいい心配を横に置き、裏をめくってみる。
すると、こんな文があった。
 
 
皮は傷つけど肉は傷つかんぞ
肉は傷つけぬが皮は傷つけろ
皮は傷まみれに
 
 
 なんとも気色悪い文だと思った。まともにリズムもなければ美しさもない。こういうのを駄文というのだろう。
一応、詩とは言えなくもないが、あまりにも拙(つたな)い。これを書いた作者はセンスがないだろうなと心の中で思う。
 一体、なぜこんなものが送られてきたのだろうか。まったく見当がつかない。
 それから、しばらく、そのはがきとにらめっこを続けていた。
 
二.ホワイトデー
 
朝の八時前。とっくに制服にそでを通し、三月十四日が始まろうとしていた。私は友達の和梨(かずなし)と窓辺で何気ない会話をしていた。和梨とはなんとも変わった名前だ。前に彼に聞いた話だと母さんが和の心と梨が大好きだったからだという。なんだか心の中で妙な突っかかりを覚えたがまあいいだろう。私が気にするほどのことでもない。(第一、名前を考えるのはめんどくさいのだ)
 窓辺から空の青さに交じり、柔らかな朝日が差し込む。その明るさが能天気に見えた。今日は晴れているようだ。昨日は天気が荒れていたので純粋にうれしい。
今日はホワイトデーだ。バレンタインで女子からチョコをもらった(鼻の下が長くなった)男子が女子にお返しのチョコを渡す日だ。当然、私にとっては無関係な話だ。別に僻むこともない。「どうぞ皆さん、恋愛をお楽しみください」といった具合だ。私は無論、恋愛などどうでもいい。
とか思うのは中二病からだろうか。
私がホワイトデーの話を振ると、和梨は「あ、そうじゃん」と思い出したようにつぶやいた。
彼の心は平和だなぁと感心し、少々その平和さに見惚れていた。
 教室を見渡してみる。今日もクラスの雰囲気はいつも通りだ。決して元気というわけではなく、ただ、だからと言って、暗いわけでもない。明暗の絶妙なバランスがこのクラスにはあった。その教室の雰囲気と窓辺からの朝日が良きランデブーである。
今日がホワイトデーだと知っている人間はこの中に何人いるのだろうか。あの、脳みそがピンクに染まっていそうな野球部は当然のごとく、知っているだろう。ほかにも、男たらしな女子は絶対わかっているだろう。まあ、そんな詮索は肉料理で皮と肉に分けて食べるくらい意味のないことだ。
 こういうしょうもないことを考えるのにばっかり脳みそのメモリを使うから肝心の授業で頭が回らないのだろう。
 和梨はいつもの怪訝な顔とは対照的に、なんだか気の抜けたような、能天気な顔をしていた。朝日の力を感じる。いや、朝日の力ではない気もするが。いやいや、そんなこと考えたって脳みその無駄遣いじゃないか。まあ、そんなのどうでもいい。
 そんなわけわからん論争はさておき、クラス内でどんな話がされているのか、耳を傾けて聞くと、やはり、ホワイトデーの話はまったくない。このクラスには男女間でコミュニケーションを阻害する壁のようなものがあったのだ。これを男女の壁とか呼んでいた。今は若干よくなっている気がしなくもないが、依然、根深くその壁の土台は残っているような気がしていた。おそらくその影響でクラスメイトにバレンタインチョコを渡すような青春全開のドキドキワクワクで全員に訪れるかと思いきや、所詮クラスの一握りの俗にいう、陽キャしか勝ち取れずに、私のような陰キャは一生勝ち取れない陽キャと陰キャの差を余計に広げるだけのクソイベントは一か月前になかったのだろう。へっ。ざまぁみやがれ。そして、今日、勿論、そのお返しのイベントは起きないのだろう。
さっきまで燦々と照り付けていた朝日がいつのまにか雲に隠れていた。そして、もう、誰の顔にも朝日はなく、ただ、暗い影が差し込んでいるだけだった。時計を眺めると8時を過ぎていた。私と和梨は席に着いた。
 
三.皮と肉
 
 辞書を眺めていた。暇なときにたまに眺める。眺めるだけでなんとなく語彙力が上がっているようなそんな気がしていた。そんなの幻想にすぎないのかもしれないが。
「ひ」から始まるページをパラパラとめくっていると、こんな言葉が目に留まった。
 
皮肉―遠まわしに意地悪く相手非難すること。また、そのさま。当てこすり。
 
皮肉という言葉だった。皮肉といえば、イギリスが有名だろう。よく、イギリス議会でも目にするやつだ。
皮肉はとても繊細なものではないのかなと思う。皮肉は肉を傷つけず皮だけ傷つけるように馬鹿にするからこのような漢字が当てられているらしい。つまり、自分では肉まで傷つけたつもりはなくとも、相手は肉まで傷つけられたと思ったら、それは皮肉でなく、ただ人を傷つける言葉の刃と化してしまうのだ。肉まで傷つけないから皮肉にはその、ヒヤヒヤとした面白さがあるのだろう。
 こういうこざかしいことをするから、人間は賢いのかなと一人間としてそう思った。
 時刻は正午を少し過ぎたくらいだ。先ほど昼ご飯を食べてきたので、おなかの中は幸せだと言っている。辞書を閉じ、ベッドにごろんと寝ころんだ。
 
ある休日の昼下がり。平穏な一日にすこしずつ時が刻まれていく。
 

note版あとがき
この物語の主人公は、どうやら、皮肉が好きなようです。そんな皮肉を愛する主人公の何気ない日々をお話にしてみました。別に特に大きな変化が訪れるわけではありません。ただの、何気ない日々です。そんな日々が繰り返されていきます。
正直に言うと、主人公のモデルは筆者の私です。日常のワンシーンを切り取って書きました。ガチって書いたわけではありませんのでそこら辺の本よりは浅い内容ではありますが頑張って書きました。頑張るといっても、めちゃくちゃやる気を出して根気だけで書いたみたいなものではありませんが、ふと思いついたらちょろっと書いて…みたなのを繰り返して書いていました。正直言って、この物語は駄文だと思われる方も多いでしょう。私が一番そう思っています。ですが、お許しください。今後はもう少しましな物語を書こうと思っているので。
ではまた。

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