「臨機応変」が組織を殺す

「臨機応変」は人の特性に依存する

企業や役所といった社会に存在する組織は、構成員の入れ替わりが発生するのが常である。定年退職や自己都合退職で去る人もいれば、学校卒業後に新人として組織に加わる人もいる。組織の誕生から終結まで構成員が全く変わらない組織というものはほとんどない。すべての組織は構成員が変わっても社会に対して一定の水準でアウトプット(プロダクトやサービス)を出し続けることが、社会から求められる。

上記について納得いただけただろうか。では提言する。組織の構成員、特に指示命令権限のある人が「臨機応変に対処せよ」と構成員に命令した瞬間、その組織は崩壊を始める。

なぜならば、臨機応変に対処するとは、
・対処作業を行う人に備わっている知識や能力(読み書き、計算、語学、他人との打ち解けやすさ、など)
・対処作業を行う人に備わっている経験(過去の失敗、挫折、成功など)
によって具体的に何をするかが異なり、他の構成員にノウハウを引き継げないからである。

以下に例を示そう。

A、B、C、D、E、Fの6名体制で業務を行う部署があったとする。部署の業務遂行ルールとして「顧客からの要望には臨機応変に対処する」という決めごとがあったとする。

同じ部署で同じ業務を行っていても、各自の特性は異なるものだ。Aさんは英語が堪能、Bさんは長年クレーム対応の経験がある、CさんはExcelの機能に詳しい、といった具合だ。Bさんが顧客から要望を受けたら「以前受けたクレームを考慮すると、今回の顧客への最適解はこれだな」と考えることができたりする。

さて月日は流れて、長年部署に貢献したA、B、Cが退職して新たにG、H、Iが加わり、D、E、F、G、H、Iの体制に変わったとしよう。部署の遂行ルールは相変わらず「顧客からの要望には臨機応変に対処する」だ。退職したA、B、Cと、新人のG、H、Iは特性が異なる。

さて、この新体制で、旧体制と全く同じ成果があげられるだろうか?顧客からの要望に対して、旧体制と同等のサービス品質を維持することはできるだろうか?

旧体制も新体制も間近で見てきたD、E、Fからすれば、「Aさんだったらこう対処したのに、Gはもう少しうまくやれないものか」と思うこともあるだろう。

しかし「臨機応変」という言葉が出てきたら、うまくいかなくなるのは仕方がないことなのだ。経験不足のGが、経験豊富なAと同じ成果があげられるわけがない。

構成員が変わっても一定の水準でアウトプット(プロダクトやサービス)を出し続けるには、構成員個々人の特性に依存した「臨機応変な対応」を排除すべきだ。具体的には、業務の内容を細部に至るまで手順化・文書化し、構成員の誰が遂行しても全く同じアウトプットが出せるように、業務を型にはめることだ。

それは本当にマニュアルと呼べるのか

社会に存在する組織も、上記の「臨機応変」ではまずいことは重々承知していて、組織の中で業務マニュアルと呼ぶ文書をつくる習慣を持っている組織もある。新人を呼び込むときは「うちの部署はマニュアルがあるからすぐ第一線で活躍できる戦力になる」と触れ込むこともある。

ところが、いざその業務マニュアルと呼ぶ文書に目を通すと、単なるタスクリスト・チェックリストでしかなく、手順を明記していないためにその業務のやり方を知っている人の備忘録でしかない文書になっていることがある。

たとえば、業務マニュアルと呼ぶ文書に
・毎朝、掃除すること。
・帰りは戸締まりすること。
とだけ書いてあったとしよう。

この文書を新人が読んで、即戦力として活躍できるだろうか。いきなり「掃除用具はどこ?」とつまづくのが想像できる。

たとえば掃除であれば、下記のように「使うものがどこにあるか」「どういう順序で作業するか」は明記すべきだ。
1. 事務所出入口の水道脇にある雑巾を水で濡らす。
2. 事務所の応接室→休憩室の順にテーブルを水拭きする。
3. 使い終わった雑巾を事務所出入口の水道脇に干しておく。
4. 事務所出入口に置いてある箒で出入口を掃く。

「臨機応変」は怠慢である

上記のようなマニュアルを整備することを提言すると
・そんな事細かに文書をつくっている暇はない
・状況は日々刻々と変化するので、決まった手順にまとめられない
という声があがることがある。

そういう組織に限って、経験豊富な構成員に依存した業務になり、その構成員が組織から去ると機能不全に陥るのである。

本来、組織で行う業務は定型化・手順化を図り、型にはめて行うことで構成員の誰でも同じアウトプットを出せる状態を目指すべきであり、「臨機応変に対処せよ」という命令は定型化・手順化を放棄した怠慢でしかない。「具体的にどうやるか思いつかないけど、良い成果を期待してるからよろしくね」と言っているようなものだ。

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