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心霊写真は撮れるのか?! 赤ん坊が捨てられたコインロッカー

 コインロッカーに生まれてすぐの赤ん坊を捨てる事件が、コインロッカーベイビーの名で報道されたのは72~73年のことだ。現在では報道されることもないが、実は今でもコインロッカーに赤ん坊が捨てられていることがわかった。赤ん坊が死んでいたコインロッカーの写真を撮れば、幽霊か何か写るんじゃないか? そう考え、シャレのつもりで駅や街のコインロッカーを巡ったのだが……。
 なんということもない、扉を開けたコインロッカーの写真だ。だが、それを見ながら俺は吐きそうだ。そもそもは気楽な話だったのだ。

「心霊写真、撮れるかどうか、やってみましょうよ」

 と編集長のK氏。

「やりましょう、やりましょう、どうやってやりましょう?」

 と俺。
 実は、とK氏が取り出したのは『アノニマスケイプ』という写真集だった。明治から平成にいたる官報の“行旅死亡人”の記載に従い、その場所へ行ってその風景を収めた写真集だ。行き倒れ、自殺他殺、なんであれ身元不明の死体は官公庁では“行旅死亡人”そう呼ばれ、官報に載るのだそうだ。たとえば

<本籍・住所・氏名不詳、年齢推定30~50歳位の女性、身長152cm、中肉髪肩まで、黄色カーディガン(中略)上記の者、平成元年5月3日午後1時6分頃、東京都杉並区浜田山3丁目31番井の頭線西永福5号踏切において遮断機をくぐり自殺したが、身元引受人不明のため火葬に付し遺骨を保管しています。心当たりの方は、当区福祉課までお申し出下さい>

 といった具合だ。そして心当たりのある人は遺骨を引き取りに行く。
 心霊というぐらいだから心霊写真を撮るのなら、やはり人が死んだ場所の方が何かが写る確率が高いだろうと思う。殺人事件の現場なら、浮かばれない魂の1つや2つ、写り込むかもしれない。ところが殺人現場の特定は意外と難しい。ほとんどの場合、●●町●●番地までで、●●号までは報道されない。たまにマンションの部屋番号までわかったりもするが、行くとすでに新しい入居者が住んでいたりもする。さすがに「以前、こちらで一家4人が惨殺されたので、ちょっと部屋の写真を撮らせてください」とお願いする勇気はない。そういうわけで殺人現場を見つけるのはひと苦労なのだが、

「行旅死亡人には住所まできっちり書いてあるんですよ」

 ホントだ、住所が書いてある。これはいいなあ。官公庁の人はまさか官報が心霊写真のためのデータベースに使われるとは思ってもみないだろうけど。
 ただし官報に載った後、行旅死亡人がどうなったかまではわからない。中にはちゃんと引き取り手が現れた人もいるだろう。引取り手が現れず、しかも他殺で無念だろうと思われる、そんな都合のいい行旅死亡人ってあるのか? 1週間後、K氏から連絡があった。

「コインロッカーベイビーですよ!」

 さすがK氏! 明らかに殺人事件、生まれてすぐに母親に殺されるなんて無念そのもの、出産自体も秘密だろうから引き取り手も現れそうにない。まさにドンピシャだ。しかも遺体が見つかったのはつい数ヶ月前、フレッシュなものである。

●大久保
平成20年10月20日
名前
本籍・住所・氏名不詳
年齢
生年月日不詳(嬰児)
性別
男性
身長
44.5センチ
身体的特徴
none
着衣
none
所持品
none

平成20年9月9日午前10時22分、東京都新宿区北新宿3丁目1番5号内倉ビル西側コインロッカー内で死亡しているのを発見された。

●池袋
名前
本籍・住所・氏名不詳
年齢
嬰児
性別
男性
身長
約48cm
身体的特徴
体重約2,600g(バスタオル1枚を含む)、臍帯約22cm
着衣
バスタオル2枚にくるまれ、黒色リュックサックに入れられ、更に、黄色ビニール袋に入れられていたもの
所持品
所持金品なし
上記の者は、平成20年10月16日午前11時頃、豊島区南池袋1-28-2、JR池袋駅埼京線下コインロッカー番号394で回収した荷物の中から発見されたものである。死亡推定日時は平成20年10月11日頃

●鶯谷
名前
本籍・住所・氏名不詳
年齢
嬰児
性別
男性
身長
51cm
身体的特徴
体重2.7kg、臍の緒27cm
着衣
none
所持品
none
上記の者は、平成20年11月17日に東京都台東区根岸一丁目4番1号JR鶯谷駅北口コインロッカー「2021」番内にて遺棄されているのを発見されたものです。平成20年11月10日頃死亡と推定。

 俺たちは心霊写真を撮るべく、東京都のコインロッカー巡礼を始めた。
 回ったのは鶯谷、池袋、大久保の3カ所。鶯谷は寺の墓地が駅の真裏にあり、ホームから墓石が見える。他人の子を食らいながら、わが子を失うと一転して仏に帰依した入谷鬼子母神にも歩いていける。偶然だろうが、池袋にも鬼子母神を祭る寺があり、都内屈指の霊園がある。大久保はいわずと知れた外国人街だ。いずれも名うての歓楽街である。そうした町で、コインロッカーに赤ん坊が捨てられていたわけだ。

「今、気づいたんですがきれいに1カ月ごとですよね、これ」

 遺体が見つかったのは、鶯谷が11月17日、池袋が10月16日、大久保が9月9日。何だ、これ? 気味悪いな。赤ん坊捨てがローカルブーム? あるいは組織犯罪? 駅と駅を結ぶとペンタグラムになるとかならないとか? 悪の秘密結社による陰謀に胸を膨らませつつ、鶯谷から順に回ってみた。問題のコインロッカーは駅構内に設置された最新式だった。

「鍵かかってますよ」

 使っているんだ! そうか、ニュースにもなってないし、まさか自分の荷物を預けたロッカーで3カ月前に赤ん坊が死んでいたとは思わないだろう。赤ちゃん写れ! と念じつつ写真を撮ったが、残念、ロッカー以外に何も写っていない。まずはこんなものだろうと次は池袋へ。

「ここも使ってる」

 おいおい、一番端の一番下だぜ? 他に空いてるところがいくらでもあるじゃないか。験の悪い話だな。写真を撮ったが、ここでも別段の怪異も起きなかった。心霊写真がそんなにバンバン撮れたら写真屋さんが困るだろうと軽口を叩きつつ、最後に大久保へ。大久保ではコインロッカーが撤去されていた。赤ちゃんが死んでいたせいか? 一応、撤去後の写真を、とカメラを構えたK氏だったが、

「あれ、動かない」

 やめてよ、バッテリー切れじゃないの? なんだ、動いてるじゃん!

「また止まった」

 そんなことをしている間に、まるで雨雲が広がるように俺たちの空気はどんどん重くなっていった。ここにきてやっと、幽霊うんぬん以前に、駅や街のコインロッカーに生まれたばかりの赤ん坊が捨てられていた現実が肌身に染みてきたのだ。しかも鶯谷の赤ちゃんなんて、

<着衣none 所持品none 臍の緒27cm>

 ようは生まれてすぐにタオル一枚かけられることなく、臍の緒も付いたまま捨てられていた。たぶん風呂場かトイレで生み、そのまま捨てに来たのだろう、その女の姿がうまく想像できずに気持ち悪い。俺もK氏も子どもがいる。生まれてすぐの自分の子どもをコインロッカーに捨てる? そんなことができる人間がいて、それなのにそんなことは問題にならず、そのロッカーが今も使われていて、すでに日常。日常って何なんだ? 赤ん坊が中で死んでいたロッカーを使い続けるなんて、それが日常か? 暗澹たる気持ちになったが、それでもまだよかったのだ、その日は扉を開けなかったから。
 後日、K氏が再びコインロッカーを巡り、使われていなかったことを幸いに扉を開けてロッカーの中を撮ってきた。送られてきた画像を見てみた。写っていたのは底面のステンレス板が鈍く光る、ただのコインロッカー。変なものが写ってくれていた方がよほど良かった。その写真を眺めているうちに、不意に想像力の焦点が合ったからだ。その冷たいステンレスへ、コンビニ袋からつかみ出した、臍の緒がぶら下がった血まみれの胎児を押し込む女の姿がまざまざと目の前に浮かんだのだ。
 ……怖い。幽霊よりも何よりも、今の俺は人間が怖い。

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