曽根崎の観覧車(輪廻転生編)
「大阪の観覧車」twitter アンケート集計結果
大阪の観覧車twitterアンケートに18名の方がご協力いただきました。ご協力ありがとうございました。
アンケート集計を見ますと、「吉田」と「はるこ」の関係は、同級生とお読みになった方が61%と大半でした。この結果をふまえて、観覧車が舞台の短編小説をもうひとつ作ってみました。お読みいただければ幸いです。
アンケート対象の「大阪の観覧車」です。
本編:曽根崎の観覧車(輪廻転生編)
時は享保5年、舞台は、ここ大阪での物語。紙屋治兵衛は、妻と子がいる身でありながら、遊女小春と恋に落ち、ついに、網島の大長寺で心中を遂げました。これぞ、近松門左衛門「心中天の網島」でございます。
あの世でいっしょになろうとした二人ですが、なかなかあの世で出会えなかったようで、紙屋治兵衛も小春もこの世に戻ってまいりました。紙屋治兵衛は「紙谷」として、小春は「こはる」として、それぞれこの世でふたたび人生を送っております。
紙谷は、昔からせっかっちだったので、こはるよりだいぶ早くこの世に生まれてまいりました。今は、妻と子どもがいるサラリーマンで、叔父の経営する印刷会社に勤めており、人生に少しいや気がさしているようです。
こはるは、愛する紙谷の手で殺されてしまったせいか、もとは恋人同士だったのに、なかなか紙谷のことが思い出せずにいます。あまり裕福な家に生まれつかなかったようですが、今は、大学生で、無事、就職も決まったようです。
そんな二人のこの世での出会いは、まさに今の世にふさわしい出会い系サイトでした。この広い世界で、上谷が、こはるを探し出すのはとてもむずかしく、最後の頼みとしたのが出会い系でした。やっとの思いで探しだしたこはるは、大学生で、年の離れた紙谷がこはるに近づくためには、パパとパパ活女子大生という関係しか思いつかなかったのでした。
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「そんなに強よう引っ張ったら痛いやんか。」
「すまん、すまん、乗り遅れたらあかん思って。」
二人は、ゴンドラに乗り込んだ。乗り込んだというより、紙谷が、こはるの手を引っ張って、せーので飛び込んだという感じだった。
「乗り遅れるわけないやん、あほやな。」
こはるが向かいの席に着くと、係員が扉を閉めた。ゴンドラが、夜空に向かって放り出されていく。
「みんな、ぼくらのこと、なんやと思ってるやろな。」
「先生と生徒には見えへんやろな。あんたどう見ても先生には見えへんし。」
ゴンドラは、確かに前後にゆれている。この観覧車は、ビルの上に作られていて、眺めはいいが、その分、風が吹くと、よく揺れる。
「そっち行ってもいい。」
「うん、いいよ。」
こはるは、向かいの席から、紙谷の横に座りなおした。
紙谷は、今月分の入った封筒を座っているこはるの腰のあたりにすっと差しだした。こはるは封筒を受け取り、カバンにしまうと、
「あんな、わたし、カップケーキ作ったの。3つ入ってるし、よかったら、食べてみて。」
と、三人家族と聞いていた紙谷に、クッキーか何かが入っていただろう小さな紙袋を手渡した。
「うまそうやな。」
紙谷は、紙袋をひらけ、中をのぞき込み、また袋の口をしめようとした。
「いま、食べへんの。」
「あ~、3つやし、家帰ってから、みんなで食べよって思ったけど、よう考えたら変やな。いっしょに食べよか。」
紙谷は、紙袋の口を開け、こはるに向けた。
「どれにする。」
「紙谷さんはこれやな。うちはこれ。」
二人は、カップケーキを手にした。紙谷は、1つだけ残ったケーキが入った紙袋を、自分のカバンといっしょに向かいの長椅子に置いた。
「電車に乗るまでに食べときな。袋は捨てといたらいいし。」
はるこは、カップケーキをくるくる回し出来栄えを確かめながら紙谷にいった。
「お母さんといっしょに作ったんや。弟の分も作っといたし、いまごろ、家で食べてるやろ。」
紙谷は、カップケーキの銀紙を外して、頂上からかぶりついた。こはるは、弟なんかいるわけないやろ、「たかし」の分もいっしょに作っといただけや、おいしいといってくれたら、たかしにもあげよと思いながら、紙谷の様子をうかがった。
「うん、うまいわ、これ。こはるちゃん、じょうずやな。」
こはるは、カップケーキを8合目あたりから少しずつかじった。
「紙谷さん、ズボンの上にこぼしてるで。」
「ほんまや。」
紙谷は、ズボンの上に落ちたカップケーキのくずを、手で払うのではなしに、ひとつずつ、つまんで口に運んだ。
「あっちの、あの丘のあたり。ほら、あの電車の駅のあるところ、わかる。」
こはるは、身を乗りだし、紙谷の体を横切って、ガラス窓に向かって、うでを伸ばし、人差し指をくるくる回していった。
「あのへんか。」
紙谷は、こはるが指さすあたりをみた。遠くに、高度経済期といわれる時代にできた団地が見えた。そこには、消しゴムの長い辺を下にして立てたような白いアパートが、規則正しく建ち並んでいた。
「うちの実家、あの辺なんや。おとうさんと、おかあさん、弟と、わたしで住んでたんや。いまは、おかあさんと弟が住んでるわ。わたし、ときどきあの家に帰るねん。」
「おとうさん、あの家出ていったけど、うち、いまでも、おとうさんとは、仲いいんや。どきどき、ご飯食べに連れていってもらったりもする。おとうさんとは、よく、おしゃべりするねん。」
紙谷は、カップケーキを食べきり、銀紙を小さくたたんで、向かいの紙袋に戻した。
「仲いいんやな。おとうさんとは何しゃべるん。」
「大したことは、しゃべらへん。」
こはるは、そういって、カップケーキの最後の一口をほおばり、銀紙を自分のカバンに戻した。
「ほとんど毎日、居酒屋でバイトしてた。大学行っても眠たくて。お父さんに学費助けてもらって、奨学金ももらってたけど、下宿代とかで全部吹っ飛んでしもた。ほんま、しんどかったわ。」
こはるは、こういう話、お客さんにうけるねん。素直でおとなしい女の子を演じてたら、たいていうまく行く、でも、もう、飽きてきたわと思った。特急電車が駅を通り過ぎて行った。
ゴンドラは、頂上に近づいてきた。オフィスビルの窓の光が点のように小さくなって下に見える。
「キスするの。」
こはるは、きいた。
「お願いできる。」
紙谷は、こはるにくちびるを重ねた。うすくて張りのあるくちびるだ。ディープでなくフレンチキッスを少しだけした。
なんでこの人、私になんもしないんやろ。4月に出会って、もうすぐ1年やんか。まあ、お金はしっかりくれてるからいいけど。
観覧車が少し止まったような気がした。
ゴンドラは、頂上を過ぎ、下降しはじめた。
「早いもんやな、もうすぐ卒業なんや。」
「紙谷さんと出会ったんは、4回のはじめの頃やから、まだ1年たってないんやね。」
「そやな。でも、よかったな。りっぱなところに就職決まって。しかも企画やろ。」
「まかしといてんか。バリキャリでバリバリ働くからね。」
そんなとこに就職決まってないわと思いながら、こはるは、紙谷の方ほうを向いて、髪の毛をかきあげた。
「うち、髪の毛染めたんわかる。少し明るくなってるやろ。」
「来週から友だちとイタリア行くし、髪の毛染めたんや、似合ってる?」
「似合ってるで。」
よかった。たかしも似合うって言ってくれるかなと、こはるは少しだけ微笑んだ。
紙谷は、あらためて、はるこを眺めてみた。あどけさが、まだ少し残っている感じがして安心した。イタリアの旅行ガイドにおこづかいを入れた封筒をはさんで、こはるに渡した。
「イタリアのおみやげ、何がいい。」
「そやな、ピサの斜塔のマスコットがええな。」
「そんなんあるんかいな。イタリアで探してあったら、次に会うとき、もってくるわ。」
ゴンドラが地上に近づいてきた。オフィスビルの窓から人影がみえる。電車の音や車の音が聞こえる。
「来月で卒業なんや。卒業したら、こはるとは、お別れや。」
「卒業したら東京暮らしや、大阪とさよならや。」
ほんまに、さよならや、こはるは、心の中でつぶやいた。
ゴンドラが地上に着いた。
「卒業して、どこかでまた出会ったらどうする。」
「どこで出会っても、恥ずかしくないようになっとくわ。また、出会ったら、そのときも、ふたりで観覧車に乗ろな。」
「卒業したら、ぼくらは、もう一生会えないよ。」
こはるは、何かを思い出せた気がした。
「生まれ変わったら···。」
ゴンドラの扉が開いた。
ふたりは、手をつないで、ゴンドラからポンと飛び降りた。
「こんどは、同級生がいい。」
おわり
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