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流しそうめんの旅(岐阜県養老町)

人生なんて、流しそうめんのようなもんだ。ある日突然、鍋でゆでられて、竹に流される。運がよけりゃ、箸でつかんでもらえ、つかんでもらえなりゃ、川まで落ちる。人生なんてそれだけのことさ。

岐阜県養老町にきている。家族三人の日帰り旅行だ。養老町といえば、ご存知、養老の滝伝説の町。いま、養老の滝の少しだけ上にいる。大きな駐車場があって、少し下ると、小さな食堂がある。旅の出発は、ここからだ。

この食堂には、変わった流しそうめんがある。回る流しそうめんだ。4人掛けの丸いテーブルの上に、アクリル板で作られた流れるプールのようなものが置いてある。このプールに川からの冷たい水をパイプで注ぎ込み、水流をつくる。そこに、自分でそうめんを流すのだ。

そうめんと汁は、ガラスの器に入れられて出てくる。薬味には、なんとミカンとチェリーが入っている。そうめんにミカンを入れるのは、関西地方の特色らしい。そうめんを3杯分流すと、白い龍が空をくねりながら飛んでいるように見える。ミカンとチェリーがいろどりを添えている。ある程度そうめんを食べ、残りの分量がわかるくらいになると、私はもう食べない。お父さんが全部食べたと言われるからだ。

流れるそうめんを見ながら思った。何回ここに来たことか。娘が小学校にあがる前から、家族の誰かが思い出すごとに来ている。

そうめんは回るごとに量を減らし、ついに、最後の一筋のそうめんが、目の前を通りすぎていった。誰か取れよと思っていると、突然、そうめんが消えた。

流しそうめん器には、水が流れ出るパイプが付いている。店の人によると、流れ出た水は、滝の上流にもどるそうだ。最後のそうめんは、川に抜け出したに違いない。

満腹になった私たちは、木立の中をとおる小道を下っていった。次第に滝の音が大きくなる。小道が平らになってしばらくするとあたりがパッと開けた。

養老の滝だ。水しぶきがミスト状に舞い上がっている。近づいてみると、ずっと上まで滝だ。滝は、白い布とか糸に形容されることが多いようだが、私には、大人数がバケツの水を無造作に放り投げたようにしか見えなかった。

抜け出した一筋のそうめんは、いま、この滝から飛び降りた。勢いつけて宙に飛び出し、大量に落ちる水に隠れながら、うねりをつけて泳いでいる。

滝を後にした私たちは、流れに沿って、小道を下って行った。道沿いには、いろんなお店が出ている。お目当ては、養老サイダーだ。透明なガラスの瓶に、炭酸水を詰め込み、王冠で閉めている。瓶には、養老サイダーと書かれた紙のラベルが貼ってある。これだ。ここに来るまで、かなり歩いたので汗をかいた。養老サイダーをラッパ飲みする、炭酸がじゅわっと喉をとおる。しかし、まだ何かわからないものが、喉の奥に残っている感じがした。

私たちは、小道から川のほとりに降りた。川辺で靴と靴下を脱いで、大きな石の上に座り、足を水に浸した。冷たくて気持ちいい。ずっとこうしていたい。最後のそうめんは、もう流れて行ってしまったのか。それとも、この辺の子どもたちに、まつわりついて遊んでいるのか。白いそうめんが、足の周りを円を描いて通り過ぎて行った気がした。

私たちは、大きな赤い橋に差し掛かった。この橋で道が左右に分岐する。右に進めば、川の流れに沿ってもっと大きな川へ、そして海へ。左に進めば、親子で遊べる養老ランドへ。そうめんは右に進路をとり、海へ。私たちは、左の養老ランドに向かった。

養老ランドは、有名なキャラクターや新しいアトラクションなど一切ないが、スタッフさんたちがとても親切な遊園地だ。

遊園地に入ると、まだアトラクションは動いていない。空中ブランコに近寄ると、後ろからスタッフさんがついてくる。方向を変えて、メリーゴーランドの方に急ぐとスタッフさんが追いかけてくる。といった具合に、お客さんとともにスタッフさんも移動して、アトラクションを操作するシステムだ。もしかすると、閑散期だけの運用だったのかもしれないけれど。

私たちは、スタッフさんを引き連れ、ティーカップ乗り場に着き、小さな赤いカップに乗り込んだ。発車のブザー音、徐々に回転を増すカップ。三人は、ハンドルを回し続けた。くるくる、くるくる。世界がしだいにゆがんでくる。くるくる、くるくる。重力の方向が変わってくる。くるくる、くるくる。三人の顔も変わってくる・・・。カップは、しだいに減速し、停止した。ブザーが鳴り、カップを降りた。しばらく近くのベンチに座り、酔いをさました。

さあ、帰ろ。

私たちの小さな旅はこれで終わりだ。

今年もまた同じことを繰り返している。前に訪れた時も、その前も、こうして同じことを繰り返している。いや、繰り返せたことを確認しているのかもしれない。

いつか、私たちの内の誰かが、くるくるから抜け出して、大海を目指すかもしれない。でも、それまでは、また、あの回る流しそうめんから旅を始めようと思う。

(おわり)

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