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犬の思い出

お前が死んだら、裏庭の木の下に埋めてやる。

父は、そんな約束を勝手にしてたけど、約束は守られなかった。

今、どのあたりを走ってるのかな。父と仲よくやってるかな。

今夜あたり、夢の中に出てきてくれたらうれしいんだけれど。

おーい、聞いてるか。

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犬の名前は、ゲン。

その頃、私は就職していたが、まだ実家に住んでいた。家の中がいろいろゴタゴタしていて、みんな疲れていたが、やっと光が見え始めたかなと思ったそんなある日、君はわが家にやって来た。

父が、ミニコミ誌のお知らせ欄に載っていた子犬譲りますの記事を見て、どんな犬かもわからないのに、とにかく犬が飼いたくなったようで、私を連れて子犬をもらいに行った。譲りますのお宅にお邪魔してドアを開けると、一番に靴をくわえて出てきた君に父は一目ぼれしたようで、早速君をつまみあげて、段ボール箱に押し込み家に持って帰った。帰りの車の中で、君はとても暴れていて段ボール箱を持った私は困ってしまった。

家に帰って段ボール箱を見ると、横に丸い穴が開いていて、君はそこから鼻を突きだしていた。段ボール箱から出た君を見て母は、脚が大きくて、顔もヘチャで、何なのこの犬とさんざん悪口をいっていたが、すぐに仲良くなった、というか惚れこんでしまったようだ。

君の名は、元気のゲン。わたしが付けた。

君は、あまり俊敏ではなかった。散歩に出かけても、走る姿はイングリモングリといった感じでかっこよくなかった。おすわりとお手、おあずけはできたが、後ろ足で立つちんちんは出来なかった。ボールを投げてやると、持って帰って来ずに、くわえたままどこかに逃げって行った。

君は、甘えただった。家族で食卓を囲んでいると、君は、家の中に入りたがった。柴犬くらいの大きさの雑種なので普通は家の中で飼わないが、夕食の時、一番に、君を家の中に入れたのは父だった。

父と私は、夕食でビールを飲みながら君といろんなことをして遊んだ。ドックフードを片手に握る。両手をグーにして、君の目の前に出す。私がどっちというと、君は、私の片方のグーに手(前足)でタッチする。たいてい正解でドックフードをもらえるが、たまに外れる。その時のキョトンとした君の顔が可愛くて仕方なかった。

父は、いつも君に言っていた。お前が死んだら、裏庭の木の下に埋めたやる。そしたら、寂しくないだろうって。

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私は、結婚することになり、今の妻を実家に連れてきた。その日、食卓の周りを父、母、今の妻、私が囲んでいた。君は、家の中に入りたそうに、ワンワン鳴いていたけど、みんなで無視してしまった。時にはうるさいと怒りもした。君に妻をしっかり紹介しておくべきだった。

結婚式の前の日、君と散歩に行った。君に思い切り走ってもらおうと思って、私は思いっきり走った。君は元気よく走ってくれた。でも、途中で咳き込んでしまってたね。首輪がキツイのかと思ったんけど、あのとき異変に気づいてあげてたら、君はもっと長生きしてたかもしれなかった。

結婚式の朝、君に実家を出ることを知らせたね。父母をよろしくと言って、頭をなでただけだった。結婚してからも、君に何回も会えると思っていたから、簡単にあいさつしただけだったけど、君には何のことだかわからなかったよね。新婚旅行が終わり、実家に帰ったとき、君は私を見て、飛びついてきてくれたね。大歓迎だった。でも、私は君を適当にあやしただけだったね。あの時、君の気持をもっとわかってあげればよかった。ごめんね。

それから、何かと忙しく、実家に帰ることもめっきり少なくなった。

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そんなある日、母から電話があった。君が喉のガンになったとの知らせだった。いくつかの動物病院にみてもらったけど、もうだめらしい。プリンやゼリーだったら喉を通るだろうと思って、スーパーで買って持って行った。ドアを開けると君はノソノソと近づいてきてくれた。でも、もう私に飛びつく元気はなかった。プリンもゼリーも食べられなかった。もっと、何回も君に会いに来ればよかった。

私が床に座って君をなでると、君は、あぐらをかいた私の足の上に乗っかって来た。子犬の時にこうやって君をなでると君は安心して寝てしまったね。そのまま、実家に泊まってやればよかった。

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数日が経って、日中、急に胸が苦しくなった。なぜか空が見たくなったので、窓を開けて見上げると、きれいな青空が見えた。

家に帰ると、母から電話があった。

君は死んでしまった。

君は、どうやら私が急に胸苦しくなった時分に天国に行ったらしい。父と母が買い物に行っている間に、父との約束を守って、裏庭の木の下で倒れていたんだね。

それから、しばらくして父も死んだ。

実家に帰り、裏庭の木をじっと眺めてみた。仏壇の父の遺影の位置からは、裏庭の木がよく見える。裏庭の木からは、父の写真がよく見える。父の言ってたことはそういうことだったのかとわかった気がした。

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お盆になって、今年も実家に帰った。

母、妻、娘、私が食卓を囲む。食卓の奥には仏壇があり、父の写真が飾ってある。父の写真からは、裏庭の木がよく見える。父に缶ビールのお供えをして、みんなは、ビールやジュースを手に持った。

それじゃ、乾杯するね、せーので、

かんぱーい、かんぱーい、かんぱーい、かんぱーい、

わん。

(おわり)

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