プール泥棒

ぼくは、吉田雄一郎、大学二年生、中学の同級生、山口哲也から誘われて、この夏、市営プールのアルバイト監視員をしている。ある日、プールの所長から、夜中にプールに侵入している者がいるから、正体を突き止めてほしいとの特命が言い渡された。

そこで、ぼくと山口は、今夜、市営プールが見える木立の中で、山口の軽自動車に乗って監視任務に当たることになった。

二人が、うとうとし始めた時、プール一面がすごい光に包まれた。光は夜空からプールに向かってまっすぐに降り注いでいた。

運転席を見ると、山口は気を失っていた。ぼくは、車を降りてプールに近づいた。玄関の朝顔が、朝と間違って咲いていた。

プールの中から、

「おーい、こっちに来て泳がないか。」

と、男の声が聞こえてきた。ぼくは、フェンスを乗り越えて、プールサイドに降り立った。

プールの中では、女性に手を引かれた女の子がバタ足をしていた。男は、プールサイドに手を掛けてこちらを見ていた。

「プールの公開時間は、終わってますよ。」

ぼくが近づくと、

男は、

「ほら、水なんて怖くないぞ。」

と、ぼくの腕を引っ張った。

「やめてください。」

じゃぼーん。

ぼくは、プールに落ちた。そのとたん、ぼくは水着姿になっていた。

「ひざを伸ばして、もっと真っ直ぐに、雄一郎。」

「え、お父さん・・・。」

ぼくは、お父さんに手を引かれていた。

「お兄ちゃんがんばって。」

妹の加奈だ。

「泳ぎ疲れたから、みんなで商店街にご飯でも食べに行こう。」

お父さんに連れられて、ぼくたちは商店街に着いた。すべてのお店のシャッターは降りていて、アーケードの照明も消えていた。商店街中、真っ暗だ。

「さて、この店だったかな。」

と、お父さんは、大衆食堂の看板がかかっているお店のシャッターを押し上げた。すると、まわりのお店のシャッターも一斉に開き、アーケードの照明がついて、あたり一面が明るくなった。店の前の朝顔も一斉に咲きだした。

「いらっしゃい。」

店の中は、とてもまぶしかった。

雄一郎はハンバーグ、加奈はオムライス、お母さんは天ぷらうどん、お父さんは焼きそば。

「雄一郎、加奈、いっぱい食べろよ。」

みんな、お腹いっぱいになった。

お店をでると、アーケードの真ん中に笹の葉が飾られていた。

ぼくと加奈は、短冊に願い事を書いた。

「サッカー選手になれますように。」

「バレエがうまくなりますように。」

ぼくは、加奈から短冊を受け取り、二人の短冊を笹の葉の一番高い所に取り付けようと背伸びした。

その瞬間、

ひゅー、ぱあーん、ぱあーん、どーん、どーん。

アーケードの天井が開いて、夜空に何発も花火が上がった。

「お父さん、花火きれいね。」

お母さんは、夜空を見上げて、うれしそうに言った。

しばらくすると、空から霧吹きで吹いたような雨が降ってきた。後ろからは、聞いたこともないお囃子が聞こえる。振り返ると、提灯行列がこちらに迫って来た。みんなキツネの面をつけている。

先頭は花嫁衣裳のキツネだ。キツネは、面をとって言った。

「お兄ちゃん、遅れるわよ。」

加奈だ。

「早くしなさい。」

お母さんだ。

ぼくは、キツネの面をかぶり、行列についていった。

行列は商店街を離れ、中学校に着いた。

中学校の校庭では、盆踊り大会が開催されていた。中学校の同級生、校長先生、自治会長さん、山口も、みんな、音頭に合わせて踊っていた。ぼくたちも、面をはずして踊った。

やがて、ぼくは踊りの円の中心に押し出された。

突然、音頭が止まった。

今度は、みんな、キツネの面をかぶって、くるくる回りながら歌いだした。

「かーごめ、かごめ、かごのなかのとりは・・・。」

お父さんやお母さん、山口までも歌いだした。

「やめてくれー。」

ぼくは、地面に突っ伏し、頭を抱えた。

顔をあげると、みんな、どこかに消えていた。

あたりは、真っ暗だった。

ぼくは、怖くなって走り出した。商店街は、照明が消えていて、お店のシャッターも降りていた。アーケードの中は真っ暗だった。

必死の思いでアーケードを抜けると、路面電車の停留所があった。坂の上から光が見えて、だんだん近づいてきた。電車だ。

扉が開いた。

お父さんとお母さん、加奈がいた。

ぼくがお父さんの隣に座ったとき、運転席から、山口の声が聞こえた。

「おーい、吉田、手伝ってくれ。」

ぼくは、運転席に移動して、山口と運転を替わった。おかしなことに、この電車には操縦かんが付いていた。

電車は、海に向けて坂道を下って行った。どんどん、どんどん加速していく、海が近づいてきた。

海だ。

「操縦かんを引け。」

山口の声に合わせて、ぼくは、操縦かんを引いた。海面を滑るように走っていた電車は、空に向かって上昇し始めた。

ぷしゅ。

プルタブを引く音がした。

「今夜は、もう来ないだろう、一杯やろう。」

「そうだな。」

ぷしゅ。

朝顔みたいな泡がふきだした。

「泥棒にかんぱーい。」

(おわり)

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