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君の好きなうた

想いを伝えることができずに終わった恋は失恋と呼んでいいものなのか。もちろん何度も何回も幾度となく想いを伝えようとした。それでもできなかった。今回くらいは責めずに僕に同情してくれないか。この短い儚い恋の結末をさ。

「今週末よかったら映画館行きませんか?」

勇気を出してラインを送ってみた。これでも1時間くらい君のラインとにらめっこして、書いては消して、書いては消してを繰り返したんだ。今日は月曜日だし週末の一日くらい空いてないかなと淡い期待を込めた。

次に会ったら告白しよう。そう決心してから1か月経っていた。チャンスは2回ほどあったが毎回言えなかったんだ。笑わないでくれよな。

「いいけど、君から誘ってくるの珍しいね」

「からかってるんですか。ありがとうございます行きましょう」

君はバイト先の先輩だった。バイト後に2人で飲むことはたまにあったけど、ちゃんと遊びに誘ったのはこの日が初めてだった。僕たちは音楽の趣味が似ていた。「女がボーカルの歌しか聞かない男は、デートに行ってもちゃんと割り勘をする」とか「ベースがエロい曲が好きな人は、夜に川に一人で行く、そして性欲がお化け並みに強い」などと偏見の塊みたいな会話をよくしてした。

「むしろ私いま暇なんだけど?」

心臓が跳ね上がった。携帯を持つ指が震える。部屋に1人でよかった。自分のこんな姿なんて友達にすら見せられやしないさ。多分僕は今宇宙で一番気持ち悪い顔をしている。

「奇跡的に僕も空いていたのでとりあえず会いますか」
「駅前集合で。10分以内に」
「せめて20分ください」
「1分遅れるごとに1個願いを聞いてもらうよ」

明日までの課題を上書き保存して、急いで身支度を始めた。課題なんてどうでもよかった。こんななら寝ぐせくらい直しておけばよかったと5分前の自分を呪った。日時を約束して会うよりも、突然会うほうが楽しく感じるのはなぜだろう。予定調和が崩れるあの瞬間がとてつもなく心地よく感じてしまうのはまだ若い証拠なのだろうか。焦ってコンタクトが入らない。ワンデイのコンタクトを2枚犠牲にして自転車をぶっ飛ばして駅に向かった。

「はやいじゃん。合格」
「足だけは早いんで」
「ご飯食べようよ」
「お伴しますよ」

5月の夕方でよかった。雨の予報だったけどまだ降っていない。まだ涼しいし真夏だったら今頃汗がダラダラでまともに話せる気がしない。君はよく黒いワンピースを着ていた。それを見越して僕も黒服を着ていったのは今となっては恥ずかしい。ペアルックみたいでいいじゃないか。 そのまま駅前のファミレスに行った。今日の別れ際に想いを告げよう。そう決心して僕はドリアを頼んだ。君は悩みに悩んだ末カルボナーラを頼んだ。あの日は好きなバンドが活動休止をした話とかをしてファミレスを去った。ただの日常の延長線だけどそれが一番楽しいと思う。

「少し散歩しようよ」

そう君は言って河川敷を2人で歩いた。名前の知らない花がたくさん咲き始めている。なんて想いを伝えよう。

「今くらいの曇りの天気の方がちょうどいいね」

あの電柱を過ぎたら告白しよう。

「いつも私に付き合ってくれてありがとね」

そんなことない。電柱を過ぎた。次あの車が通ったら告白しよう。

「公衆電話ってなんかいいよね。時代に抗ってる感じがさ」

その感性がまた好きだ。車も過ぎた。あそこの公衆電話を過ぎたら本当に告白しよう。

「そういえばさ、私彼氏できたんだ」

世界から色が消え去った。葉も花も空もモノクロに見えた。全身の力が抜けそうだった。唇の水分を失った。

「あっ、そうなんすか!?おめでとうございます」
「つい最近告白されちゃってさ、いいかなって思っちゃったんだよね。じゃあ私課題あるから。バイバイ」
「楽しかったです。また」

君は颯爽と家に帰った。声が出てただろうか。動揺を隠せてただろうか。僕の顔は普通だろうか。別れたばっかりなのにどうしてこんなに切なくて苦しいのか。もっとはやく想いを伝えればよかった。公衆電話にもたれかかって空を見上げた。

「らららっはっはーうーおーうおー」

君の好きなうたを口ずさんだ。

「らららっはーはーうーおーうおー」

君の好きなうたが僕の好きなうたになった。

「ららったらー、ららったらー」

このうたを口ずさんで帰るのは最後にしよう。雨も降ってきた。笑っちゃうよな。まったく。



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