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ジュプ・エ・ポァンタロン (5)あちこち行ってみた

 翌日、環状線で対角線の反対側にある駅までやってきた。
 三十分もかかった。
 なんとなく下町に近い印象の街ではあるが、気になったのはそれではなく、大きなスーツケースをひきづって歩く海外からの旅行客が多いことだった。それも一人で二つは持っていて、二、三人のグループだと五、六個のスーツケースが固まって動いてくる。そういうグループが立ち止まってメンバーどうしが大声で会話しているものだから、人が近づいてきても気がつかず道を譲ることもない。お互いの声の大きさが家族どうし、仲間どうしの喧嘩のようにも見えるので自然とそのグループを避けて通る。それが、お目当てのところに向かうまでに何組かいるのだから大変だ。

 駅の周りは再開発が終わっている。歩道は広めのはずなのにこんな状況だが、バスやタクシーは駅からさほど遠くないところで乗り込むことができるようになっていた。駅から少し歩いたところに鉄道と並行に走る大通りがあり、そこまでの間に細い横道が何本もあった。再開発に組み込まれなかったエリアへの入り口のようだった。その横道への入り口には小さい立て看板がいくつか置かれている。横道にある飲食店のランチのお知らせだった。都心に比べてかなりリーズナブルな値段ではあるが、ラーメンやチャーハン、唐揚げとか、重たい料理がほとんどだった。その中の何軒かはまだ食事の時間帯の一時間以上も前なのに出入りする人たちがいて、中には店先に人が並んでいるお店もあった。

 目的地は交差点を渡った先にあった。雰囲気が明らかに駅前とは違う。そこに来ているのはほとんど女性だった。グループで来ている人、二人組、一人で来ている人もいた。平均的な年齢層は高めで、その人たちと比較すると孝子は明らかに若い部類に入っていた。とにかく道路の両側の様子を一通り見て歩こうと、歩道にはみ出したワゴンの中身には気を取られないように先に先にと進んだ。
 そこまで立ち並んでいたようなお店が、その先には見つけられないというところまでやってきた。商店街には似つかわしくない大きな建物があった。何もせずじっと立っているとその建物の警備員さんに怒られるような気がして、急いで来た時とは反対側の歩道へ渡り駅方向へ戻ることにした。そちら側は布地だけではなく、アクセサリーのお店も多かった。衣料品に関係する商品も含め総合的に扱うお店もあった。
『でも、何か違う』
 孝子が考えていたようなお店はその辺りには無かった。

 お昼近くになってお腹が空いてきた。駅前にあった立て看板のお店はジャンクで、孝子は興味をそそられ『一度は試してもいいかな』とも思ったが、ガタイのいい男性たちに挟まれて孝子が大きな声で注文しても、その声はお店の人には届かないような気がした。それよりも次の目的地に向かうことを優先した。

 電車に乗って環状線の出発した駅に戻った。さらにそこを越えて環状線の少し外側にあるシャレた街まで行ってみたいと思っていた。ファッション雑誌だけでなく、いろいろな情報誌で何度も取り上げられたことがある街だった。
 環状線の反対側のエリアから戻ってきて、さらにここまでくるのに一時間とちょっとかかった。まずは遅めの昼食を取ろう。駅前にファストフード店があった。そこでも良かったが他にもおもしろそうなお店がありそうな気がして、孝子は路地に入り込み先に進んだ。

 路地をくぐりぬけると少しだけ広い道路にでた。広いと言っても路地に比べて広いというだけで、片側一車線の道路だ。車がなかなか進まずに渋滞していた。目の前にバスが停まった。十数メートル先に停留所があるのに、たどり着けずにじっと我慢している。渋滞の先に踏切があった。そこでトオセンボされているのがこの渋滞の理由だとわかってきた。
『この道路のどちらに進もうか?』
 えいやーで踏切の方向へ進むことに決めた。警告音が鳴っている踏切の向こう側に何かあるような気がした。少し歩き始めて、道路の反対側に若い女の子たちで混雑しているお店に気がついた。渋滞でじっとしている車の間を縫って道路の反対側に渡った。そのお店の立て看板を見た。ベーグル屋さんだった。お昼休み時間はとうの昔に終わっているにもかかわらず、混雑していた。本当に女の子ばかりだ。ランチセットがあってベーグル二つにサラダかスープを組み合わせることができると立て看板に書いてあった。今日のお昼はここに決めた。

 プレーンのベーグルとキャロットベーグルを選び、サラダとオプションでヨーグルトを追加した。料金を支払うと、用意したら店員さんが席まで持ってきてくれるということで、立てられる番号札を渡された。
 すでに一人が座っている四人席の対角線側に座った。周りを見渡すと一人だけのお客もいるが、大半は二人か三人のグループでテーブルを独占していた。でも、近くに大学はなかったはずだ。ここに集まっている人たちは制服を着ているわけでもなく、高校生でも中学生でもなさそうだ。どうしてこんなに若い子たちがいるのか不思議だった。拒否されるのでもなく、と言って親しくされる雰囲気でもない。その中間の不思議な空間が今の孝子には心地よかった。ゆっくりと食事を終わらせ、お店を出ることにした。

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