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ジュプ・エ・ポァンタロン (13)居酒屋騒動の後始末

 大学の職員が数人、最寄り駅の近くにいた。三月中ではあるが新入生ガイダンスが始まったこの日から実質的な新学期になっていた。大学の近く、特に大学の最寄り駅の近くには飲食店も多く、問題を起こす学生が毎年のように出てくる。それが新入生であれば、お酒がからむ問題になるとさらにやっかいなことになる。二十歳未満がほとんどだからだ。そうなる前に止めることができれば止めるし、問題が発生すれば急いで現場に向かえるように職員の何人かが交代で駅の周りを歩いていたのだ。

 ちょうど居酒屋から大勢が出てきたところに遭遇した。見覚えのある顔がいくつもあったのですぐに新入生だとわかった。その一人に声をかけた。
「君たち、大学の新入生だよね。居酒屋から出てきたけど、どうしたの?」
「レストランで食事会をするというのでやってきたんですけど、そのお店があの居酒屋だったんです。だまされたって怒って、みんなで出てきたんです」

 職員たちが足早に居酒屋に向かい、中に入るとちょうど三人組と居酒屋の店長がもめているところだった。大学に近いお店なので、職員たちは店長とは顔見知りだった。
「店長。どうしたんですか? 何かあったんですか?」
「この三人が新入生であることを隠して予約したんです。同級生もだまして連れてきたようなのですが、その子たちは怒って帰っていきました。料理を作り始めていたので、その分は払ってほしいのですが、この子たちにそのお金が無いらしく困っていたところです」
 職員は三人組にも聞いた。
「本当なのか?」
 三人組は神妙な面持ちで頭をたれていた。その状態でうなずいたので三人の頭はさらに低くなっていった。
「店長。この三人は預からせてもらえませんか。作ってしまった料理をどうするかは何か考えますので」
「わかりました。この三人はお任せします。大学の人たちには、いつも利用していただいていますので…」
 職員は三人組に一人ずつ名前を聞いてから
「今日は帰りなさい。明日のガイダンスは九時からだけど、その一時間前の八時に学部長室まで来なさい。くれぐれも寄り道はしないように」
と言って帰らせた。
 職員はスマホから二か所に連絡をいれた。
 一か所は学部長の携帯に、もう一か所は学生課だった。

 大学の学生課の電話が鳴った。
 職員の一人がその電話を取った。
「はい。学生課です。あー、あなたたちでしたか。はい。はい。そーですか。今年もいたんですね。そういう子が。わかりました」
 電話を置いたその職員は周りに声をかけた。
「今日、夕食に行ける人はいますかー? 今年は駅の近くの居酒屋だそーうでーす」
「僕はいけますよ」
「私も」
「たぶん、そんなこともあるかと思って、覚悟していました」
「あなたはそれを待っていたんでしょ」
 周りで笑い声が起こった。だが、学生課の女性リーダーに睨みつけられて、笑い声が止まった。
 何人かが手を挙げた。

 大学の職員が六人、居酒屋に入っていった。中で待っていたのが三人なので計九人になった。さっきまで子供たちがいた座敷の部屋に入り、戸を閉めた。
「それで宴会は始まっていなかったんですね」
「ええ。首謀者は三人。それ以外の子供たちはレストランに行くと聞かされてここに連れてこられたそうです。女の子の一人は東京のレストランは初めてだと楽しみにしていたのが、着いてみたら地元で父親が行くような飲み屋だったのでがっかりしていたそうです」
「罪な子たちね。その三人って」
「ほとんどの新入生が変だと思いながらも、何かわけがあるのだろうと店に入ったそうなのですが、特段変わったこともなく、そのうちにある女の子が意を決して外に出ていったそうなんです。トイレに行くふりをして席を立ち、その直前にやはりトイレへ行こうとした男の子も引き連れてレジへ向かい、二人の様子に気がついた別の女の子も、男の子が置いていったカバンを持って合流し、三人で出ていったということです」
「なにか戦争映画の決死隊のような話しね。でもそうよね、こういうところに入ったことのない子供たちにとってはドキドキかもね。私だったら『お暇しまーす』って軽く出ていっちゃうけど」
「最初の女の子が出ていくときにレジに千円札を置いていったらしいんです。たぶん、タダでは外に出られないと思ったのではないでしょうか。三人で三千円です。レジの担当者がその三千円を持ってきて、それを首謀者が受け取ろうとしたことをきっかけに、他の子供たちの怒りが爆発して言い争いになり、みんながお店から出ていってしまったということです」
「その三千円はどうしたの?」
「レジの女性店員が、出ていった男の子の一人に渡したそうです。お店では受け取れないので先に帰った三人に返してくださいと」
「大丈夫かしら、そのお金。後で問題にならなければいいんだけど」
「たぶん、受け取ったのは首席で入学するあの男の子だと思います。社会的な感覚もあって、首謀者たちがクラスの子供たちの連絡先を聞き出そうとしたのを個人情報だと指摘して止めさせたらしいですから」
「ふーん。首謀者三人は?」
「すでに誰かはわかっていたのですが、それぞれに自分の名前を申告させて帰しました。明日八時に学部長室に来るように伝えてあります。学部長にもさっき連絡して、対応をお願いしました」
「まっすぐ帰ってくれればいいのだけど。別のお店に入って問題を起こさなければいいのだけど」
「そのことも三人に直接注意しました。まっすぐ自分の家に帰るようにと。それ以上の対策を取るとなると、三人を捕まえたままにしておくか、自宅まで送っていくかのどちらかになりますね」
「今回はいいけど、次からはそれも考えておかないといけないかもしれないわよ」
「大変になりますね。今回は三人だけでしたけれど、これまでは二十人ぐらい捕まえることがほとんどでしたから」
「そうね。大変になるわね」

「それで、残った料理というのは?」
「飲み物を注文する前だったので、ドリンクはありません。席の準備もしていなかったのでお通しもまだでした。作り始めていたというのは予約していた三千円のコースのうち、最初のお造りになります。おつまみとお刺身ですね」
「それが二十人前か。私たちが九人で、ひとり約二人前ね。食べきれる量だけどそれだけだとつらいわね。みんな、何か簡単なものを追加で注文してもいいわよ。唐揚げとか」
「はーい」「ありがとうございます」
「それと、申し訳ないけどアルコールは止めておいてね。子供たちにストップしておいて、自分たちが飲むというわけにはいかないので」
「ウーロン茶を飲むっていうことですよね」
「レモンサワーの焼酎抜きかな」
「ハイボールのソーダ抜き」
「それだとウイスキーのストレートだろ」
 ワハハハハと何人かが笑ったが、女性リーダーに睨みつけられて黙ってしまった。

「でも、僕たちがやっていることってSDG’sですよね。食品ロスを削減するという」
「そうね。ゴール12だったかしら。でも、今回はお店に迷惑をかけないっていう理由のほうが大きいわよね。まったく。あの子たち。最初に口に出したようにレストランに行けばよかったのよ」
 職員のなかには彼らを恨めしく思う人もいたようだ。まったく迷惑なことだと…。


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