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ジュプ・エ・ポァンタロン (14)孝子の結論

「そんなことがあったんだ」
 孝子は、ことの展開に驚いた。
「あなたの勇気ある行動がクラスのみんなを救ったってことになってるわよ」
「そんな、大袈裟な」
「だって。大学の職員の人たちが見回りしていたんだから。みんなが宴会に参加したのがイヤイヤながらだったとしても、誰かが一人でもアルコールを飲んでいるところを見つかったら、全員捕まったのよ。あなたの行動がきっかけで宴会が始まる前にみんなが脱出できたんだから」
「…」
「それで。熱血漢の男の子がいたでしょ。個人情報保護を持ち出してみんなの連絡先収集を止めさせた子。次の日のガイダンスの後に、私のところに来て、あなたは居ないかって聞いてきたのよ」
「たぶん、孝子のことが気になっているんだよ。付き合っちゃえば」
「そうじゃなくて。お店の人が返してくれた三千円を渡したいっていうことだったのよ。『孝子に』って受け取ったのがさっきの千円札。自分の千円もその時に受け取ってるの」
「僕も千円札を渡されたのだけど、これは孝子が出してくれたんだよね。返すよ」
 翔も千円札を孝子に渡した。

「まだ、三月じゃない。私たちは高校生の立場らしいのよ。大学としては授業が始まる前に学校生活に慣れてもらおうとガイダンスを始めたのだけど、補導されるようなことがあれば出身の高校にも迷惑をかけるから、大学はお酒を伴う集まりに神経質になっていたみたい」
 翔が続けた。
「以前だったら学生の自己責任ということで終わっていたのが、何年か前、入学の時期に急性アルコール中毒で死亡者が出たっていう報道があったでしょ。だんだん社会の風向きが変わってきているって言ってたな」

「それって。誰が話していたの?」
 それには答えずカズエが説明を続けた。
「今日のガイダンスは半分がその話だったわよね。いつもより面白かったわ。救急搬送の話しとか統計を使ったりしてね」
「へぇ。その話しは聞いてみたかったな」
「残念ね。入学式の翌日に予定していた話しらしいけど、居酒屋事件があって前倒しで講義したみたい。出てこなかったのはあなたとほかに数人だけだから、もうやらないと思うわ」
 翔がカズエの話しを引き継いだ。
「その講義の先生はだれだと思う」
「だから、誰だったの?」
「あの学部長だったんだ」
「うそー」
「あの先生、プレゼンテーション論とコミュニケーション論も受け持っているんだって」
「えっ。あの先生がそうだったの。でも、裏サイトでの評判は悪かったんじゃー。やることと評価が真逆じゃない」
「うん。調べ直してわかったんだけど、ほとんどのアップの日付が毎年の三月だったんだ。何かあるなと思って、サークルが決まっているクラスメートに頼んで先輩に聞いてもらったら、理由がわかった」
「何だったの?」
「あの先生、ガイダンスの挨拶は時間がないという理由で学生課から話しが脱線しないようにって釘をさされていたらしいんだ。本当はおもしろいらしい」
「…」
「それで、他のソースでは評判がいいのに、裏サイトではつまらないとなっていて。あまりにも正反対だったから裏サイトが正しいと勘違いした。裏サイトはみんなアップしてそのままほおっておくから、最初のつまらない話しの悪い評価だけが毎年、毎年積み重なっていたんだ。リサーチャー希望としてはうっかりしていたな」
「あなた、調査員になりたかったの?」
「いや、ちがうよ。ウェブ見ているのが好きだから、それを仕事にできないかなって思っていただけ」

 翔が続けた。
「それで、孝子に渡したいものがあるのだけど」
 分厚い冊子と、数枚つづりのパンフレットを孝子に渡した。
 分厚いのは講義内容を紹介した大学の資料、パンフレットは今日講義のあった飲酒に関する資料だった。
「ガイダンスで説明があった講座については、書き込みしているので参考にして。孝子にどう伝えればわかりやすいか考えながらメモを取っていたのだけど、それが結構自分の頭の中にも残っていて、自分の参考にもなっているんだよね。おもしろいもんだね。卒業の条件になっている必須講座がどれかもメモしてあるから、それも見ておいて」
「二人で手分けして書き込んだのよ。この二日間、ガイダンスの後で喫茶店にきて、その冊子を作ったの」
「そこまでしてくれたんだ。ありがとう。本当に申し訳ない」
「それで、どうするの? 大学には戻ってこないの?」
「孝子が心配していた二つのポイントはクリアできたと思うよ。あの学部長の話しがおもしろくないのは、あの挨拶だけ。三人組の強引な態度は、大学が確実に目をつけたから、しばらくはおとなしくしていると思うんだけど」
「…実はある衣料品店で働くことにしたんだ」
「そう…」
 カズエはがっかりした。孝子はやっぱり大学には来ないのだと思った。

「でも、大学は続けることにする」
「ほんと」
「よかった。この三日間、頑張ってメモを取っていた甲斐があった」
「でも、どうして。どこで心変わりしたの?」
「そのお店の人たちがみんな親切で、大学に通うことを応援してくれるって」
「へぇー。そんないいところがあったんだ。バイト先っていうと勤務のローテーションを埋めるのが大変なものだから、無理やり当番を決めちゃうところもあるのに」
「それで、二人にもそのお店を見てもらいたいのだけど、土日に時間はある? きっと気に入ってくれると思うの」
「僕は明日の土曜日空いてるよ。日曜日でもいいや」
「私も土日両方とも大丈夫よ」

 三人は翌日の土曜日にお店の最寄り駅で待ち合わせる約束をした。
 カズエも翔も、坂の途中のお店を好きになってくれるだろう。店長や裁縫のお母さん、マダムがいればマダムも、連れていく二人が孝子のいい友だちだとわかってくれるはずだ。孝子は明日からの東京での生活が楽しいものになっていくと思った。

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