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ジュプ・エ・ポァンタロン (12)居酒屋の騒ぎ

 アフタヌーンティーの翌日はガイダンスの日から三日目。孝子がクラスメートのカズエ、翔と会うことにしていた日だ。

 夕方近くに喫茶店に向かった。カズエが行きつけにしている “二駅先の喫茶店" だ。
「こんにちわー。おじゃましまーす」
と小さな声で中に入ると
「タカちゃん? タカちゃんよね。二日間も来なかったけど大丈夫だった。来てくれればいいのに。心配したんだから」
 畳みかけるように話しながら女主人が近づいてきた。
「すっ、すっ、すいません。ご心配おかけしました。私は、どうにか、大丈夫です」
と女主人の剣幕にとまどいながら答えた。
「あー、ごめん。びっくりさせちゃった。ごめんねー。でも本当に心配していたんだから」
 そんなに心配してくれていたんだ。カズエの東京のお母さんっていい人なんだ。
「カズちゃんと翔くんもあなたのこと心配して、毎日ガイダンスが終わったらここにきて、メモを作っていたわよ」
「メモ…、ですか?」
「そう。大学のガイダンスが講義内容の説明に入ったから、どの講座がいいとか、どの講座を取らなければいけないとか、まとめているみたいよ」
 そうだったんだ。二人にも迷惑をかけてしまった。

「あの二人はもうそろそろ帰ってくるはずだから、待っていてくれる? あー、そうだ。テラス席が空いているから、使っていいわよ」
 テラス席のドアを開けて外に出てみた。三日前は夕焼けの時に訪れた。今日はそれよりも早い時間帯で街のようすが明るくはっきり見えていた。少し高い位置からみる風景はきれいで見入ってしまった。
 坂の途中の衣料品店と、ここから見える街を重ね合わせて数日間のことを思い出していたが、そのうち頭の中がからっぽになっていった。

 どれくらい景色を眺めていただろうか。テラスのドアが開いた音で我に返った。
「先に着いていたのね」
「あら、カズエ。久しぶり」
「久しぶりって、何言ってんのよ。三日ぶり。たった三日よ」
 カズエに続いて翔も入ってきた。
「孝子。元気?」
「ええ。ありがとう。翔は?」
「何とかやってる」
 二人は孝子の両脇に座ると、カズエが
「はい。千円」
「えっ。これは?」
「居酒屋のレジに叩きつけた千円札よ」
「どうして、これが?」
「私たちが居酒屋を出てから大変だったみたい」



 孝子たち三人が出ていった後の居酒屋では、クラスメートたちが三人組への不信感を募らせていた。起爆剤になったのは居酒屋の女性店員が持ってきた孝子たちの三千円だった。
「女性おふたり、男性おひとりが、急に用事ができたということでお店を出ましたが、幹事の方はどなたですか?」
 三人組の一人が
「私ですが」
と店員に近づいていった。
「三人がお金を置いていったので、とりあえずお渡ししますね」
 三人組の一人が受け取ろうとしたところで、あの熱血漢の男の子が
「お前ら、そのお金を受け取るつもりか。恥知らずが」
と止めたのだ。そして、
「店員さん。そのお金、いまは預かっていただけますか」
 その声に店員は三千円を持った手を引っ込めた。
「なんでだよ。その三人はキャンセル料のつもりで払ったんだろう。こっちでまとめて割り勘分を安くするのに充てられるだろう」
「キャンセル料ってなんだよ。レストランで食事するってみんなを連れてきたのがこの居酒屋だ。違約金を払わなければならないのはお前らの方だぞ」
「なにー」
 三人組の別の一人が
「夜に集まってどこかに行くっていったら、飲みに行くに決まっているだろう。レストランでも居酒屋でも同じだ。やってきたというのはそれに同意したということだろ」
 別の男の子が
「それじゃー。僕たちのことをだましたってことか。そこまで言うのだったら、ここに居る必要はないな。僕は帰るぞ」
 女の子も
「レストランに行くっていうから来たのよ。お酒を飲みに行くっていうんだったら来なかったわよ。時間の無駄だったわ。私も帰る」
 三人組以外のみんなが座敷の部屋を出て、靴を履き、ぞろぞろと外に出て行った。最後の一人が
「クラスをまとめるために何かしようという奇特な人たちだと思って、協力しようとやってきたのに、がっかりだよ。バイトを直前になって休みにしてもらうのに大変だったんだ。この借りは後でしっかりと返させてもらうよ」
と突き放した。
 三人組は帰っていくのをただ見ているだけだった。

 この様子を見ていたレジの女性店員は、熱血漢の男の子に
「この三千円は、先に帰った三人に返してあげてください。お店で受け取るわけにはいかないので…」
とその三千円を手渡した。

 居酒屋の店長が騒ぎを聞きつけて出てきた。座敷に残って、バラバラに座っていた三人組に
「あなたたち、大学の新入生だったんですね。二十歳未満の人にお酒は提供できませんよ。食事は作り始めていたので、その分は支払ってください。三千円コース二十人分の半分はいただきたいのですが…」
「僕たち三人は食べていきますので、作ったものを出してください」
「いえ。二十歳未満とわかっていてお酒を提供すると、私たちが指導を受けることになります。このお店はお酒が前提ですので、あなた方にはすぐ出て行ってほしいんです。お支払いいただいたうえですぐにお帰りください」
 クラスメートたちに見放され、居酒屋からも追い出されそうになっている三人組はうなだれていた。

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