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ジュプ・エ・ポァンタロン ちょっと長いエピローグ その1

 お父さんがビックリしていた。
「大学というと校門があって、広い敷地に運動場があって、さらに奥に校舎があるものだと思っていたのだけど、最近の大学はいきなりビルなんだな」
 大通りに面してその高いビルが建てられていた。看板があるから大学とわかるが、そうでなければ周りの会社のビルと変わりはなかった。
「東京の中にあって土地を広げるのが難しいから、教室を増やすのに高いビルを建てるしかなかったんじゃない」
 孝子は適当に答えたが、あながち間違いではなかった。周りに住んでいる人たちにも配慮して、ビルの裏にある広場は外部の人も憩いの場として利用できたし、このビルの上層階にある学生食堂は誰もが利用できた。最近は防犯上の理由もあって夕方には閉めてしまうが、お昼時の学食は学生だけではなく、地域の人たちもやってくるので混んでいた。孝子はまだ、この学食を利用したことがなかった。

 新入生の数が多いので、入学式は学部ごとに開かれた。孝子たちは高いビルを通り過ぎ、ちょっと広い中庭を抜けた先にある講堂に向かった。
 入学式はあの学部長のあいさつから始まった。入学式のあいさつはガイダンスとは違って学部長自身の裁量の余地が広がっていたようだ。保護者にもわかりやすいように内容をアレンジし、新しい話題も取り上げていたのだ。孝子は学部長への見方を少し変えていた。

 式が終わって講堂を出ると、お母さんが
「あの高いビルの学食に行ってみましょう。孝子がどういうところで食事するのかを見ておきたいわ」
 学食は東京タワーやスカイツリーの見える方向がガラス張りになっていて、一面に景色が広がっていた。周辺にこのビルよりも高い建物はなかったが、東京タワーとその近くにある建設中のビルは見上げるように感じた。
「あの建設中のビルはできあがると東京タワーと同じくらいの高さになりそうだな」
「東京の景色がまた、変わってしまいそうですね」

 カズエと翔が学食まで上ってきた。孝子がLINEで呼び寄せていた。
「お父さん、お母さん。私のクラスメートで仲良くしてもらっているカズエさんと翔くんです」
 お母さんが
「孝子から聞いてましたよ。孝子を助けてくれたんですって。どうも、ありがとう」
 お父さんが
「二人の親御さんはいるのかな。あいさつしないと」
 翔が
「うちの親は、もう地元に帰りました」
 カズエも
「私の両親は入学式が終わったらすぐに東京観光に出かけちゃいました。もうすこし付き合ってくれてもいいのに」
 孝子のお母さんが
「それじゃ。どこかでお茶でもしましょうか。お礼にごちそうしますよ」
 孝子が
「それだったら、来てほしいところがあるの。いいかしら。二人もいっしょに行かない?」
「いいわよ」「僕も時間は大丈夫だよ」

 孝子の両親は孝子たち三人に連れられ、電車を乗り換え、坂の途中のお店までやってきた。
「店長。私の両親を連れてきました」
 店長と裁縫のお母さんがお店の中にいた。
「こちらが私をバイトとして採用してくださった店長さんと、洋服を作っている『裁縫のお母さん』です」
「孝子の母です」
「孝子の父です」
 孝子のお母さんが続けた。
「ご無沙汰してます。みなさん、お元気でなによりです」
 びっくりしたのは孝子だった。裁縫のお母さんが
「やはりそうだったのね。昔、よくお店に来てくれたお嬢さんですよね」
「ええ。駅の近くにお店があって、そちらにお洋服を探しに来ていました」
 店長が
「私も覚えがあります。その頃はまだ祖父に連れられてお店の裏で宿題したりしていて。その時にお見かけしたと思います。孝子さんが初めてお店に入ってきた時に、なぜか懐かしい記憶が蘇ってきましたから」

 創業当時のお店の名前は「ジュプ・エ・パンタロン」。日本ではパンタロンが裾の広がったパンツを指すようになって、創業者の祖父が「ポァンタロン」に変えたと店長が説明しくれた。
「ジュプはスカートのこと、ポァンタロンはズボンのことで、おじいさまは女性のお洋服と男性のお洋服の両方を扱うお店として始めたと言ってましたよね」
「ええ。でも男性客はだんだん少なくなって。それでも、女性が社会に出て仕事をするようになってきたので、女性はどちらも自由に着ていいのではないかと名前をそのままに続けていたんです」
 孝子が
「駅の近くにお店があったということですが、そのお店はどうなったんですか?」
「いまのお店が『ジュプ・エ・ポァンタロン ベール』。緑という意味なの。駅の近くに『ジョンヌ』『ルージュ』『ローズ』の三店舗があって、若い人向けの黄色、赤、ピンクのお洋服を飾っていたわ。でも、四店舗も持っていると作るのも大変でベールをそのまま残して、他はやめてしまいました」
「お母さんが通っていたのはどのお店だったの?」
「ルージュ。赤の色合いが何段階にも分かれていて、好きな赤を選ぶことができたの。淡い色はローズに近い色もあったけど、お母さんは濃い赤のお洋服が好きだったわ」
 お父さんが
「覚えているよ。お母さんがデートに赤のミニスカートを穿いてきて…。まぶしかったなあ…」


「あら、母娘でミニが好きなのね」
 ドアのところにマダムが立っていた。
「マダム。マダムですよね。お久しぶりです。孝子。お母さん、マダムにお洋服のことをいろいろと教えてもらったのよ」
「今日は孝子ちゃんの入学式だって聞いていたから、もしかしたらお母さんに会えるかもしれないって来てみたの」
「でも、孝子もミニが好きって。買ってあげたのは小学生までだったけど」
 店長が
「淡いグリーンのミニスカートが似合っていたので孝子さんに穿いてもらったんです」
「そう。大人になったわね。孝子は」

 お母さんが店長に聞いた。
「孝子がこちらでバイトとして採用してもらったって言ってたんですけど。いいんですか?」
「ええ。まじめだし、意欲があるし。デッサン画も描いていたから、新しいお洋服を作る時に手伝ってもらえると思ったんです」
 お母さんが
「あら、デザイン画のことは知らなかった」
「デザイン画を描いてることを知られたら恥ずかしいから、こっそりと描いていたんだ」
 お父さんが
「そうだったのか。それだったら大学も芸術系という選択肢もあったな」
 裁縫のお母さんが
「そうでしょ。何か考えてあげたら」
 孝子が
「ううん。いい。この大学で新しいお友だちもできたし」

 

                       (続く)

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