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ジュプ・エ・ポァンタロン エンドロールの後のワンシーンのように

 次の日、孝子の両親は地元に戻ることにしていた。
 お母さんは、お父さんにカバンを持たせて先に東京駅に向かわせた。
 もう一か所、一人で行きたいところがあった。孝子やカズエ、翔が大学に行っているあいだに。

 扉を開けて中に入った。
「こんにちはー。孝子の母親です」
「えっ。タカちゃんのおかあさん?」
 女主人が急いで出てきた。そして
「あらっ、先輩? 先輩じゃないですか」
「やはり、あなただったのね。元気だった?」
「ええ、元気です。先輩は?」
「ありがとう。何とか。子育てもようやく終わりそうよ」
「こちらにどうぞ」
 女主人はお母さんをテラス席に案内した。
「コーヒーを用意しますので、ここでゆっくりしてください」
「すぐに戻らなければいけないの。主人が先に東京駅に向かっているので」
「そうですか」
とお母さんの隣に座った。

「この席は、タカちゃん、カズちゃん、翔くんがいつも座っている席なんですよ」
「そうなのね。ずいぶんいい景色ね」
 目の前に広がる風景を見ていた。そして、
「孝子のことではあなたには大変な思いをさせたんじゃない。大学をやめたいって言いだすし、混乱させてしまったんじゃないかって」
「いいんですよ。思いとどまってくれましたから」
「あなたのおかげよ」
「いえ。私は何もしてませんよ。友だちと相談して、いろんな人の話しを聞いて、自分で行動して、自分で判断して。立派じゃないですか」
「でもね。泣いちゃった。孝子の顔をみて。もう歳よね。涙もろくなってる」
「やっぱりお母さんですよね。タカちゃんはジュプ・エ・ポァンタロンでバイトすることになったらしいじゃないですか。それもカズちゃんと一緒に」
「ええ。そうなの。昨日お店に挨拶にいったら、私の学生時代にお店で働いていた人がいて安心したわ。でも…。あなたにお願いがあるの」
「何でしょうか?」
「何かあったら孝子を叱ってほしいの」
「…。そんな必要はないんじゃないですか。大学を続けるという結論にも自分でたどり着いたわけですから」
「そうよね。でも、あなたにはこれからも見てもらえると安心だわ。私の電話番号を置いていくので、何かあったら電話でもLINEでもどちらでもいいからかけてきて」
「わかりました。大丈夫だと思いますけど、念のため」

 女主人は話しを続けた。
「先輩はご主人とのデートに『ジュプ・エ・ポァンタロン ルージュ』の真っ赤なミニスカートを穿いていったそうですね。それを聞いてびっくりしました」
「ええ、そうだったわね。本当に昔のことだけれどね」
「そんなはっきりしたものを着るなんて、全然先輩のイメージではなかったので」
 お母さんは女主人に微笑むと、椅子から立ち上がりテラス席から退出しようとした。
「それじゃー。もう行かないと」

 立ち止まり、女主人のほうに振り返った。
「もう一つ、お願いしていいかしら?」
「ええ。何でしょうか?」
「孝子がニットのロングワンピースを穿いたらやめさせて」
「…」
「体型がはっきりしてしまうお洋服だけど。孝子の体がだんだん私に似てきているのよ…」
「でも、お二人ともミニも穿けているわけですし。…。いいと思いますよ」
「カズエちゃんは似合うと思うけど、孝子は…」
 お母さんの言葉が止まった。女主人が続けた。
「タカちゃんは大丈夫ですよ。心配いりませんよ」
「……。そうよね」
 お母さんは「カフェ・オン・ザ・クリフ」を出て、お父さんが待つ東京駅に急いだ。


                      (Fin、ファン)



 注:この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称などは架空のものです。実在のものとは関係ありません。



 この物語はこれで終わります。
 note の更新を続けるかは考えているところです。明日か明後日に企画を更新する予定ですが、その先も更新を続けるか、いったんストップして後で再開するか、コンテンツを小説にするか他の形にするか…、まだわかりません。
 それでは、失礼します。
                   2023年2月17日  
                         和泉佑里


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