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現代の名工に出会って確信。腕時計は現代最高のコミュニティツール。で、必要なのは茶室=会員サロン

田村さんが顕微鏡に額を当て、接眼レンズを覗き込んでから30分が経つ。手元には漆が塗られた30数ミリの円盤と筆として用いるつまようじ。先端に鯛の牙がしつらえられたようじを持つ右手は、円盤を乗せたプレートを抑える左手で支えられながら、器用に円盤の加工を施していく。あまりに緻密な作業のため、その全貌をこちらからはよく確認できない。その手は動いているのかすら分からない程、微かな動作を繰り返している。ようやく一服だ、、。ふぅと軽く息を吐くと、こちらまで緊張していたのだと気づく。ふと、田村さんの手から離れた円盤に目をやると、高蒔絵の仕上げを施された''12"の文字が光を浴びて輝き出していた。

コレ何の記事だか分かりますか?

上記は5月発売のウオッチナビで掲載予定の、グランドセイコー新モデルについての記事の一片です。一昨日取材させていただいた内容なんですが、興奮冷めやらぬまま筆を進めています。スイスでは何度もエナメルのミニアチュール・ペイントや細かいエングレービングを拝見しましたが、それらと違ったアプローチでとんでもないクオリティの時計のダイアルを作っている職人さんがいたんです。

先月発表されてすでに話題の、グランドセイコー、エレガンスコレクション新モデル。美しい流線を描く18Kケースに漆ダイアルを搭載したものなのですが、GSクオリティを漆ダイアルの完成度にまで求めたことから、熟練工のなかでも選り抜きのお二人が今作を手がけることになったそう。

お一人は高蒔絵という伝統的な漆の装飾技法を現代に伝える(発祥は奈良時代!)名工・田村一舟さん。さらに、田村さんがタッグを組める唯一の職人と言っていい、漆職人の辻 利和さん。超ベテランのお二方をして、"腕時計のクオリティで生産されている漆器は皆無。通常のレベルの漆芸では、金属に執拗に加工を施す腕時計の仕上がりに程遠いのです。ましてやGSとなれば、なおさら"と言わしめる、困難なお仕事だったよう。しかしながら、漆芸を絶やさずに世界でもっと注目を集める産業にすべく、日夜奮闘するお二人はとても楽しそうでありました。

過去江戸時代などでは、優れた漆器は海外からの引き合いが多く、むしろいま日本人よりも外国人のほうがその価値をわかっていたりする。この現状と可能性を正しく理解し、世界に打ってでたいのだと言います。価値を広めるプロダクトとしてグランドセイコーは、うってつけの製品であるわけですね。

富裕層のコミュニティツール

元々漆器はどんな場所で用いられていたものなのでしょうか。江戸時代以前より、優れたコミュニティツールたりえた漆器がもてはやされた場所は、茶室でした。そう、あの千利休の。一部の階層の人々は茶室で同じレベルの人たちと交流し、時に自慢の漆器を披露したりしていたのだそうです。いわゆる会員制サロン的な、そんな感じですよね。それってなんだか、今日、腕時計の世界でも似たようなことがあります。

腕時計はしばしば共通の感性を持つ人同士が集まる、コミュニティのカギのような役割をします。リシャール・ミルが鈴鹿サーキットにユーザー350人を集めたミーティングをするのも、それに類することですね。そんな存在である時計が、時代を超えて同じ役割を持っていた漆芸と邂逅して合わさるというのは、なんとも妙縁です。日本人にしか生まない価値そのものである気がいたしますね。

と、まあ今回はベタベタに誉めすぎました。。。

ただ、江戸時代から人が求めることは変わっておらず、心地よい空間=サロンのカギになるものが、いまでは腕時計だったりするわけで。この楽しさが、色々なレイヤーで出来ていくことがより楽しさを加速させると感じるので、僕もその現象を作るのにひと役買いたいなと思ったのでした!


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