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論理が役に立たない時

これまで経験したことがないような一大事象。
もしも、そんなものに遭遇したら、あなたはどうするだろうか?

これまで経験したことがないのだから、過去の経験はほぼ役に立たない。

では、どうすれば良い?

事故対応マニュアルも、
取扱説明書も
コンシェルジュも
コンサルタントも
先生も
存在しない、自分1人で何とかしなければいけない時に、あなたはどうするだろうか?

まだ、そういう場面に出くわしたことがないので、仮説でしかないのだが、まず言えることは、「論理的思考」はきっと役に立たないだろう。
論理的思考は、「思考するに十分な」材料がないと不可能だ。

今まで全くと言っていいほど経験したことがない状況で、その材料はほぼ手に入らないだろう。
(地下鉄サリン事件や、大地震の時を想像していただきたい)

人間が発達させてきた、「思考」が役に立たないのであれば、何を頼ればいいのか。

現時点の私の答えは「勘」じゃないかと思う。

生き物として、どう振る舞えば生き残れるのか。
この命題は、顕在的な記憶に入っていなかったとしても、DNAに、潜在意識下には残されているはずだ。

普段から、そういう記憶へのアクセスを行なっていれば、未曾有の事態、想定外の事態で、適切な選択が出来るのではないか、と考えている。

今、生きているという事実だけで、私たちは、過去のとんでもないことから免れてきたという(一般的な意味ではない)経験を積み重ねている、何千年も。

どれだけ論理を使わないかが、そういう場面でのカギになるように思う。

論理に頼ると、意思決定のスピードが落ちる。

そんな場面が来ないことを毎日祈ってはいるけれど。。。

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