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生死を分けた伊豆旅行②

沖を泳いで父の言うプライベートビーチへ行くことが決定し、各自ビーチボートにコンロや食材、折り畳みのビーチチェアやボールを積み込み始めた。
私はシュノーケルと浮き輪。母はまだ何かわあわあ騒いでいるが、一人置いていかれるのも嫌なので渋々フィンを装着していた。
ボートの前方はO夫妻、後方にはTくん。真ん中左右に私と母というフォーメーションで、肝心の父はすでに海の中で待機しており、まるで「特攻隊長」のようだった。

海は静かで風もなく落ち着いていた。私は腰の高さまで海に入ると、ボートを掴みながらシュノーケルを被り、海の中を見て泳いだ。太陽の光が海の中にこぼれ落ち、紫がかった茶色い岩をあちこち照らしていて、見知らぬ貝が蠢いているのが良く見えた。
私は夢中になって、海の中を見ながら泳いでいたらあっという間に足が届かない場所まで来ていたようで、顔を挙げると、こわばった表情の母が両手でボートにしがみつきながら必死に立ち泳ぎしているのが見える。O夫妻やTくんは「えー!これ本当に向こう側までいけるのー?!」と半信半疑な感じで、ずっとわーわー騒いでいる。母はそれを黙って聞いていた。

私はというと、浮き輪もしてるしボートにしがみついてるしで、思いの外余裕だった。途中、ボートから手を離し海の中の景色の探索をしたりしていたが、うかうかすると置いていかれるので時々ボートの方をみてはバシャバシャと泳いでみんなの方へ向かったりした。
島の先端まで来た頃には、静かだった波は荒くなり、ボートから少し手を離すとあっという間にみんなとはぐれそうになる。これが俗に言う「流される」と言うやつだ。私は慌ててみんなの方に泳ぐ。だが、一度流されると思うようにみんなの方に戻れなくて慌てていたらどこからともなく父がヌッと現れ、私の背中を押してくれた。

さっきまで穏やかだった波はより一層荒くなり、岩肌にこびりついた苔は黒く人間の髪の毛のようで気味が悪かった。ともすると、そんな岩肌を思い切り波が打ちつける。

「こ、これ、やばいんじゃない?!」

と、誰かが言う。言っている合間にも波はうちつけ、ボートは大きく左右に揺れた。O夫妻とTくんは何度か沈み込んでは浮かび、かろうじてボートに手をかける。母の方は私からは見えない位置にいたのでわからないが後から聞いたら相当な量の海水を飲んだらしく、本気で死ぬかと思った、と言っていた。

「このままだとボートも沈む!波が来る方向にボートの先端を向けて!」

また誰かが叫び、みんなでボートの向きを変えた。幸いにも半島のようになっている方の岩肌部分には、多少なりとも足をかけられる出っ張りがあるため、そこを誰かが蹴ってボートの向きを変え、なんとかボートは難破することなく島の最先端部分を通過した。

その後もなんとか波をかわしながら後少しというところまでやってきた。岸の方を見渡すと、そこは確かに砂浜はあるが、50メートル程度の砂浜が岩に覆われてポツンとある感じの…、え?これ?みたいな小さい砂浜だった。

しかし、海の中は人魚が泳いでいてもおかしくないような一面の海藻群だった。水の透明度も合間って高い場所で浮いているような感覚に陥る。よくみると見たこともない魚が海藻の間をスルスルと泳いでいてあの魚食べたいと思った。

一行は、ぐったりしながら浜辺に到着し、焚き木をして休憩していると、父がアワビやサザエを採ってきた。そして私には小さい伊勢海老(全て密猟です)を「ブローチだ」と言って手渡してきた。みんなは「今日の記念になるね」と言いながらすぐさま焼いてくれた。

ちなみに帰りも同じルートで、同じように大騒ぎして帰ったことは言うまでもない。

この時の旅行のことを話すと父は決まって

「まるでボートピープルみたいだったな!」

と笑い、母は毎回「私は死にそうだった!」と怒り始めるのだった。

※フィクションです

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