ダイナミックおじさん現る! その1
筆者は対面販売のカウンターに立っていた。
すると齢70は超えると思われる老人がやってきた。
「これ不良品だ! 変えてくれや」
見るとBluetoothマウスである。
筆者の業務はマウスの担当ではない。
なので筆者の脳裏には選択肢が2つ生じた。
A 別の係員を呼んで応対してもらう
B とりあえず用件を聞く
客に筆者の立場を理解してもらうのはほぼ絶望的だ。
そして近くに本来対応すべき係員もいない。
見当違いのクレームでも受け入れざるをえないのでBの選択肢を選んだ。
「ダイナミックって言うパソコンお宅で買ったんだけども……」
この世にダイナミックという名称のパソコンがあるということを筆者はこのとき初めて知った。
「そのダイナミックにマウスついてないからこれ買ったのに、動かなくてどうもならん」
一理あるのかもしれない。
商品不良なら交換も視野に入れねばならない。
だがレシートを見ると半年以上前。
買った当初から不具合があったというのだが、なぜ今になって持ってくる?
マウスの保証期間は半年である。
まあ、盲点かもしれない。
一般的な家電商品が一年だからだ。
おじさんは油断していたのだ。
だが筆者はそこを容赦なくつつく。
「大変申し訳ございませんが、保証期間は半年で期限を過ぎておりますので新品交換等は致し兼ねます」
「そんな事言われても使いものにならないものを売っておいて……」
延々とループする。
さらにはノートパソコンを出してきた。
確かに動かない。
「電池は新しいはずなんだけども」
んー……。
半年経っていると新しいとは言えない。
さらに付属の電池はお試しなのでそんなに長持ちするとは思えない。
だが底蓋を開け、電池の様子を見ると、そもそもきちんと入っていなかった。
これで筆者は老人に同情する余地を見つけたのだが、そのマウスは本当に電池が入れにくかった。
安物だから仕方ないのだが、年配者の震える指先である程度の力と器用さを駆使して脱着するのは些か困難と想像する。
ま、筆者も多少苦労はしたが、無事電池を装着し、おまけにBluetoothのペアリングを施し、きちんと動くようになった。
筆者はマウスを操作し、ポインタが縦横無尽に動くさまを思い切り老人に見せつけた。
「大丈夫ですね。壊れていませんよ」
「あれ、そうかい」
これで無事にクレームが収束し、一礼すると筆者は後続していた次の訪問客の応対を始め、その老人は自分のノートパソコンをしまい、立ち去っていった。
カウンターにマウスを残して。
もう……。せっかく設定してやったのに。
筆者はその老人と2ヶ月後に再開する事になろうとはこの時気づく由もなかった。
つづく
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