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kiite cafeを介したクリエイターとユーザーの相互作用について考える

少し久しぶりです。花粉で死んでおりましたよよよっぴです。

お恥ずかしながらなのですが、つい最近になってkiiteの論文を初めて読みました。普通に全然知らなくて、Twitterで流れてきてびっくりしました。興味深く読ませていただきました。

INTERACTION2022tsukuda.pdf (aist.go.jp)

論文のリンクです 読んでない人は読んで下さい

読ませていただいた中で深く共感したりすることも多かったですが、逆に自分たちの初手の「あああああああああああああああああああ」とかも集計されてたりするのかなと思うと若干恐怖です。まあその衝動は全然抑えるつもりはないですし無理ですが。

さて、この論文の終盤にてとある研究課題の提起がありましたので、そこについて書き殴り、最終的に提案まで行っていこうかなと思います。なお中身はゴリゴリの学生なので炎上は勘弁してください。

ということでこちら。

人々が同じ場所に集まって音楽を楽しむのが困難な状 況下で,(略)人々が一緒 に音楽を楽しむ新たな方法を実現できたことが,オン ラインイベントの成功事例で示された.これにより, そうした場でのクリエータ・聴衆・楽曲の間のインタ ラクション支援という新しい研究課題を切り拓いた.

Kiite Cafe: 同じ楽曲を同じ瞬間に聴きながら 楽曲に対する気持ちを伝え合う音楽発掘サービス INTERACTION2022tsukuda.pdf (aist.go.jp)


新しい研究課題についてとその意義

インタラクションって何?

めっちゃ単刀直入に言うと相互作用という意味です。もっと言うと「2つ以上の事柄が影響しあうこと」。ようはこの課題の大筋は「kiite cafeにおけるクリエイター、楽曲とユーザーの関わりの支援」だと解釈できるのではないでしょうか。

この研究の意義

クリエイターとユーザーのかかわりを通し互いの音楽体験をより良い方向へ持っていけると思ってます。

後述しますが、VOCALOIDシーンはもともとクリエイターとユーザーのかかわりが多く、距離が近いことが特徴的なシーンです。

そういうシーンの特徴をkiiteでも存分に生かしていきたいんですよね~という話です。そういう交流を通して実際ボカロPになるとか音楽の知見を増やすとかすることで私たちの人生って豊かになるんじゃないかな、って壮大すぎたでしょうか。

クリエイターとユーザーの距離感の現在

P名をつけるという文化、気づいたら絶滅危惧種だった話

まあ自分はボカロリスナー歴長くないのであれなのですが、この界隈にはニコニコ動画のタグを通してP名を付けるという文化が存在します。動画で特徴的な部分から名付けられた方もいますし、概要欄からという方もいます。

こうした文化から考えるに、当時は相当距離が近かったことが考えられます。というのも、あくまでボカロシーンは一般人の音楽の遊び場だった、といった話はもしかしたら結構有名かもしれません。ようは商業化されてない時期。

その後、低迷期を経て現在。「プロセカ」が大成功を収めていたり、「ボカコレ」が盛り上がっていたり。以前とはユーザーも大きく変わり、若年層を中心とした立派な音楽市場となりました。(ボカコレよく企業の協賛とか得てるよな~と実は思ってます。赤字そうなのに

そして昨今のシーンで個人的に感じているのがユーザーによる「クリエイターへの崇拝」。言いすぎ。てか全く悪いわけじゃないんですが、普通にテレビとか出てるシンガーソングライターみたいな人と同じような視線だと個人的に感じてます。

また専業ボカロPとかも出始めました。昔では絶対考えられないことでしたが、ボカロPが立派な仕事になったことで、当然そこにプライドが存在しますし、そうやってアーティストっぽい一面が形成されたのも要因だったのではないかなと勝手に思ってます。


P名つける文化、どこ!?!?!?

作曲者とユーザーの距離感が近いこと

考えてみれば、私の中では今まで多くの文化が廃れました。CDプレーヤーとかもう使わないし(CDはPCに取り込んでる)、テレビも私はほとんど見なくなりました。

邦楽シーンにおいても考えてみれば同じかもしれません。昔はCDをレンタルしたり、ディスコで踊ってみたり、カラオケ週5で行ったりしていたようですが、若い人の一般的な話としては多くが無くなったと言えます。

ただ、このボカロシーンにおいて私が一番に感じたことは「作曲者に熱量がそのまま行く」ことで、これは「VOCALOID」としてのフィルターを通しているのはもちろん、Pへの直接のファンあってこそ。

P名をつける文化は絶滅危惧種かもしれませんが、作曲者への熱量と距離感という特徴を生かした文化はせめて絶えてほしくないな~と個人的に思っていますし、そういう面でも今回の研究は意義あるものだと考えています。

インタラクション支援に関する提案

既に行われるインタラクション

代表的なものに「#せきこみごはん幻覚部」があると思います。せきこみごはんさんの曲が流れるとせきこみごはんさんがいつもいる場所が最前になるアレです。本人がいると「#せきこみごはん幻覚じゃない部」になります。

その他にもkiite cafeにはボカロPさんが多く在住しており、そのPさんの曲が流れると一斉に集まる現象が確認されています。ってこの言い方良くないかもしれんw

またクリエイターとユーザーだけでなく、楽曲とのインタラクションも。例えば右に曲ガールが流れたときはアイコンの移動機能を使って右に寄ったり、深海少女が流れたときは沈んだりと、その動きは多種多様です。

こうした文化は社会的つながりを感じさせるものであり、多くの人にポジティブな体験となっていると思っています。実際やってる側としては楽しいしな。

クリエイターとの相互作用を深めたい話

ということで単刀直入、ボカロPやその他楽曲に携わる人たちとおれらリスナーによる相互作用、起こしたすぎる~~!!!!!!という話をしていこうと思います。

クリエイターのお話ってめっちゃ面白いなって個人的に思ってるんですけど、皆さんどうなんですかね?作り手の話って世の中では結構珍しいですし、賭ける思いを聴くことで余計曲に重みが出る気がするんですけど、気のせいなんですかね?

kiite cafeには動画の右にイチ推しコメントが記載される部分があります。kiite cafeにユーザー各自で登録されたリストのコメントを表示するアレです。めっちゃ長文で書かれたりすると「怪文書」とか言われる。

あれをボカロPに書かせたいんですよね

いや、願望か?きしょいか?もうちょっと固い言葉にするか?

というのも、相互作用ってキャッチボールだと思うんです。ボタン押す→音が鳴る みたいな。そういう小さなもので大丈夫なので、キャッチボール=コミュニケーションのことを相互作用って言うのかな、って思ってます。

kiiteではそういう意味では「好き」のキャッチボールが常に行われています。そのキャッチボールについて考えていた時に、ふとあることが浮かびました。

ボカクラです。

いうなれば、DJとボカロリスナーによるボカロ曲のキャッチボールです。まあ私は田舎学生なので参加したことは無いですが、映像などでその熱量は伝わってきます。

ボカクラはボカロPさんなども交えたコミュニケーションの場となっていて、個人的にとても興味があるコンテンツです。ボカロPとしての立場のある人によって楽曲が選ばれ繋がれるセトリ。。。浴びた過ぎ・・・

ということでそのボカロPとのコミュニケーションをkiite cafeでも取ってみたいなと思い立ったのです。怪文書コメ欄で語ってもいいしセトリで語ってもいい。曲を通じたコミュニケーションをすることで多くの反応が得られるのは楽しいんじゃないかと思ったので備忘録として記事を書きました。

つまり何を提案するのかというと、「ボカロP(楽曲に携わるクリエイター)による!選曲リレーイベント!!」(ネーミングセンスカス)をクリエイターとユーザーのインタラクションという観点、クリエイターとユーザーとの距離感の観点において個人的にやってほしいな!という話でした!!

おわりに

いつも通り乱文で推敲もしていないような文章だし、いろいろ解釈とかで炎上しそうで公開時はいつも怖い思いをしています。いい加減見直しの癖をつけなさい。

kiite cafeの論文を通し、kiite cafeの研究についての概要をつかめたとともにこうしてこれからのことを考えることが出来たのは紛れもなくボカロシーンないしkiite cafe関係者いてこそ。いつも感謝でございます。。。

というわけでいかがでしたでしょうか。絶対お見苦しい文章だったかと思いますが、ここまで読んでいただきありがとうございました。
以上、よよよっぴでした~!

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