人それぞれの「お母さんの在り方」はどこからやってくるのか

母親になる人が一番影響を受ける人って誰なのだろう。
私の場合、それは自分の母親だった。

子どもが産まれたら里帰りする予定もあり、つい最近母と電話した。
「産まれてからの方が大変だよー。あんたを育てた時なんて、大変すぎて3年間、育児以外の記憶がないよ。テレビも見れなかったから、その期間どんな曲が流行ってるのかもわからなかったよ」
(母が過ごした時代において「どんな曲が流行っていたか」は今よりももっと重要なことだったそう)
母は決まって、私が産まれたときのことを笑いながら、こう話す。
たぶん、私が中学生くらいのときから全く変わってない。
久しぶりに聞いたこの話でハッとした。

そうか、私の中で「育児は大変なこと」「育児中は自分の時間がなくて当たり前」という考え方は、お母さんによって学生の頃から刷り込まれていたんだ。
ここからはじまっていたんだな、と。

私の母は台所にいる時間がとにかく長かった。
パートから帰ってくるとほぼ毎日、家族全員の食事をつくり、食後の片付けをして、明日のお弁当の準備をする。
食事は全て手作りで、手が込んでいるメニューが多かった。
母の作る料理は美味しくて大好きだけど「料理はめんどくさい」と言っていたので、料理はそこまで好きではなかったと思っている。

実家では亭主関白ぎみな父の元、家事全般は全て母親がすることが当たり前になっていた。
母はパートで日中も働いているのに。
母は「学生時代にこんな趣味をやっていたのよ」と当時のことを思い出話として、話してくれた。
しかし今はどれもやっておらず、家事が一通り終わった後に好きなテレビ番組を少し見て就寝する生活になっている。
私を出産する前は、結構良い会社で正社員として働いていてお給料も良かったと聞いている。
そんな姿を毎日見ていたので、私も母になったら同じようにしなければ母親失格、とどこか無意識に思っていた。
家事以外にも習い事の送り迎えから学校のことなど、本当に何から何まで、母は気にしてくれていた。
(それでいて、子どもにべったりという訳ではなく、子どもの意思を尊重して自由にやらせてくれた)
私から見て「私のお母さんは理想的で立派なお母さんだな」と思うし、本当に感謝している。
感謝している…んだけど「母親と同じように自分の時間をなくして、家族に尽くすこと」は私にはできないな、と思ってしまっているのも事実だった。
できないことに対して「こんなに愛情をかけて育ててもらったのに」と罪悪感を感じていて、苦しかったのである。

家での「母親の在り方」について、幼い頃から毎日無意識に見ているものなので、実際に自分が妊娠するまで考えたことがなかった。
私の中で渦巻いていた「母親は献身的であるべき」というイメージは
社会からの押し付けだけでなく
自分の母親からも無意識のうちに感じとってしまっていたんだなぁ、と今頃気付いたのである。
寧ろ、自分の母親から勝手に感じ取っていた部分の方が大きいと思う。
それを社会からの勝手なイメージの押し付け、と思い込んで悩んでいたのかもしれない。
(社会からイメージの押し付けがないとは言わないけれど)

「母親は献身的であるべき」というイメージに悩んでいる人は
そのイメージが自分にとってどこから来ているのか、一度考えてみると少しスッキリするかもしれない。
時代も令和に変わったことだし
昭和と平成をメインで過ごしてきた母親と同じ母親になることが必ずしも良いことではない、と自分の中で結論がでてからは気持ちがだいぶ楽になった。

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よじ

俗にいう「日本社会が求める妊婦・母親像」から解放されて自分らしく生活する。そのために考えた事などを整理する目的で記事を書いています。少数派だからこそ、同じような悩みを感じている人がが少しでも共感・安心することで気持ちが楽になったら嬉しいです。
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