妊娠生活:妊娠発覚〜お腹の赤ちゃん優先になれなかった妊娠初期のこと

妊娠発覚時のこと

生理が遅れている。
会社のトイレで妊娠検査薬を使うと、うっすらと「陽性」の反応がでた。
「ああ、思ったよりショックを受けなくて良かった」という気持ちが、一番初めに頭に浮かんできたことを今でも覚えています。
妊娠に前向きでなかった私は、妊娠発覚した時のことを想像して、涙が止まらなくなったらどうしよう、仕事が手につかなくなったらどうしよう、と何度も考えていました。

思ったよりショックが少なかった理由としては
いやいや、病院に行って検査した訳じゃないから確定ではないし。
いやいや、まだ流産の可能性だってかなりの確率で残されているし。
いやいや、明日また検査したら「陰性」になるかもしれないし。
と、妊娠していない可能性ばかり探して現実から目を背けていたこと。
妊活があまり楽しいものではなかったので、これで妊活から解放されるかも…という安堵。
この二つの理由から、ショックが軽減されたのだと思います。

妊活からの解放

もともと子供を産むことに積極的になれなかった私にとって、妊活は気の進まないものでした。
夫は将来的には子供が欲しいと言っていました。
一方で私は「私もいつか欲しいと思うのだろうか…」と遠い未来のことのように考えていました。
いや、今の生活で充分だと思っていたので、考えないようにしていたというのが正しいかもしれない。
とにかく、自分のこととして、しっかり考えられてはいなかったのです。

しかし、妊活にはタイムリミットがある。
焦りはじめる夫と、のらりくらりとかわしたい私。
夫が好きなことと、子供が欲しいことは別問題である。
当然衝突する、険悪になる。
どんなに険悪になろうと、時間は待ってくれないのでタイミングを合わせたりして、妊活をするのである。
仕事の帰りが遅いだとか、協力的でないだとか、ずいぶん険悪ムードになった。
あの険悪ムードを来月はやらなくてもいいのか、と思ったら正直ホッとした。

妊娠していたらどうしよう、という不安からの解放

生理がくれば妊娠していないことに安堵する。
いつも遅れ気味ではあるものの、生理が遅れると「もしかして妊娠しているかも?」と不安になり、何も手につかなくなった。
フライングとわかっていながら、安心したくて何回も検査薬を使った。
妊娠して子供を出産したら出来なくなることばかり考えた。
生理予定日が近づくにつれて毎日不安で仕方なかった。
妊娠生活のことを何も知らない私は、妊娠したら私はどうなってしまうのだろう…とひとりで恐怖にとりつかれていた。
妊娠がわかってからはこの「妊娠していたらどうしよう」という不安からは、実質解放されたのである。

どんな顔で報告すればいいかわからなかった

夫にどんな顔で報告すればいいかわからず、数日間報告できなかった。
喜んでくれる、それはわかっている。
でも、肝心の私は全然嬉しくない。
戸惑いしかなくて、全然嬉しくないんだよ。
どんな顔で、どんな風に報告すればいいの?

結局、普通に「妊娠したみたい」と検査薬を夫に見せた。
特に喜びの言葉、戸惑いの言葉などは述べず、事実だけを伝えた。
予想通り、夫は喜んでいた。
とりあえず、報告できて良かった。
喜んでくれたことと、ちゃんと報告できたことに安堵した。

悪阻の事

幸いにして、悪阻はそこまで酷い方ではなかったと思う。
うえーっという気持ち悪さは定期的に襲ってきたが、食事ができなくなったり特定の匂いが苦手になるようなことはなかった。
何もしていないと悪阻の気持ち悪さばかり気にしてしまうので、気持ち悪いのを押さえつけて、出来るだけ仕事に集中するようにしていた。
仕事をしていた方が気が紛れて良い、そう自分に言い聞かせてとにかく働いていた。
気持ち悪さの他には、眠気がすごくて会議中に寝ていることがしばしばあった。

妊娠初期のつらさ

悪阻のつらさもあるのだけど、一番つらいと思ったのは周りの人に言えないことだと思った。
妊娠初期は流産のリスクが高いため、まだ上司以外の職場の人には報告していなかった。
当時マネージャーだった私は、自分以外に頼れる人が周りにはおらず、仕事で問題が起きた際は、最後まで対応に追われていた。
定時も過ぎた22時に、あー気持ち悪いし帰ろ帰ろ、と思っていたところに新しい仕事が舞い込んできたときは「おいおい、こっちは妊娠してるんだぞ…」と流石に思ってしまった。
私は比較的悪阻が軽い方だったのでなんとかなったようなものだけど、悪阻が重い人は本当に大変なことだと思った。

今更洋服を買い漁る

もともと洋服が好きで色々買っていたのだけど「お腹が大きくなったら好きな服が着れなくなるかも」「子供が出来たら好きな服が着れなくなるかも」という焦りから、今しか着れないような洋服を沢山買ってしまった。
そんな自分を滑稽だな…と自暴自棄ぎみに眺めていた。
ちなみに、この時に買ったけど結局着ていない服が2着ある。

働き方や睡眠時間を全く変えなかった

妊娠を理由に仕事や自分の生活がセーブされるのが本当に嫌で、妊娠がわかってからも変わらずワーカーホリック気味に仕事をしていたし、睡眠時間も変えなかった。
23時過ぎに帰宅して深夜3〜4時に睡眠、8時起床、11時出勤(一般的な社会人とは活動時間が少しずれている…)
夫とは「早く寝た方が良いんじゃない?もう少し健康的な生活をしたら?」と喧嘩になることもあったが、朝が苦手な私にとって早く寝る=自分の自由時間が減ること、なので受け入れられなかった。
「初期流産の原因は母体の生活習慣によるものではなく、染色体異常など母体以外に原因があることが殆どである」という情報を全面的に信じていたし、この頃はまだ「妊娠している自分」を受け入れられていなかったので、自分優先の生活を改めよう、などという気持ちは微塵もなかった。
流産したらしたらで、運がなかったと思えるんじゃないか、とすら考えたこともあった。
(流石に飲酒や生魚・生肉のように確実に影響があるものは避けていたけど…)

妊娠初期を振り返って

悪阻が出てきたら、赤ちゃんがお腹の中にいることを実感できるかな?と期待していた時期もありましたが、そんなこと全くなかった。
悪阻があろうとなかろうと、赤ちゃんに対する実感や、妊娠している自分を受け入れることが出来ず、これからどんどん無くなっていくであろう自分の時間にただ恐怖を感じていました。
そのため「妊婦扱い」されるのが本当に嫌で、仕事も以前と同様にこなそうと必死でしたし、生活習慣も頑なに変えたくありませんでした。
完全にお腹の赤ちゃんの状態よりも、自分の気持ちを優先して生活していました。

結論

私には考えたくないことは先送りにする悪い癖があり、妊娠や子育てのことをなかなか自分の事として考えられていなかったんですよね。
妊活に関しても、試してみて駄目だったら夫も納得するかな?と、妊娠してしまった場合のことについては、目を背けてばかりでした。
なので、妊娠が発覚した時にようやく妊娠・育児について、自分のこととして向き合うことになったわけです。

妊娠や育児に対して何も知らない私は「子供を可愛いと思ったことがないのに、自分の子供だからって可愛いと思える自信がない」「自分の時間が奪われる」「子供優先の献身的な母親にならなければならない」という考えに支配され、恐怖しか感じていなかった。
知らないこと・わからないことに対して、不安や恐怖を感じるのは普通のことです。
だから、ちゃんと調べて自分で考えるしかない。
ぐるぐる同じ場所で悩んでいても前に進めず、ただ時間が過ぎていくだけで何も解決しない。
このままでは、私は私のことを嫌いになってしまう、とやっと腹をくくったのでした。

大前提として「妊娠してしまったんだから、腹をくくるしかない」という気持ちは、やはりあります。
しかし、現代の妊娠や育児について調べていくうちに「出産や育児と向き合うためには、母親となる人に心の余裕があることが一番大切」ということがようやくわかってきました。
私の場合「心の余裕」を得るためには「献身的な母親像の押し付け」や「自分の時間がなくなること」や「仕事に打ち込めなくなること」は絶対NGです。
また「仕事や趣味や自分の時間のかわりに、子供がその隙間を埋めてくれるような幸せを与えてくれるよ」という言葉も、私にとってはNGです。
「子供が幸せを与えてくれる」と、なんの疑問もなく信じられたのなら、こんなに悩んでないですからね。
私と子供は全く別のものであり、私を満たすことができるのは私だけ。
そのために必要なのが「私の心の余裕」なのです。

時代は令和になり、昭和と比べると世の中は格段に便利になりました。
妊娠・育児に関しても先人の知恵や便利グッズが沢山あります。
無理に自分を犠牲にしてすり減らすのではなく、
手を抜けるところは手を抜いて「私の心の余裕」を作り出すことを考えれば良い、と思うようになってから気持ちがだいぶ楽になったように思います。
・痛みに弱く、楽しみではない出産に耐える自信がないので無痛分娩を選択。
・仕事に早く復帰したいので、0才のうちから保育園に入れる(保活は大変ですが)
・離乳食は自分で手間暇かけて作らなくてもペーストやレトルトがお店で売っているし、授乳もミルクがお店で売っているので、父親も手伝えるはず。
・ひとりの時間を確保するためには、父親にも育児を頑張ってもらおう。
などなど、まだ産まれていないのでどこまで上手くいくかはわかりませんが…子育てで楽をする方法は色々あることがわかってきました。
こんな調子だと、母親の愛情がーと言われることもあるかもしれません。
でもこれはこれで、考え方の一つとして受け入れられて良いはず、と思えるようになりました。
私はこうしないと「心の余裕」がなくなってしまい「愛情」どころではなくなってしまうから。
「心の余裕」があってこそ、初めて私は子供と向き合うことができるだろうし、それが私のやり方なんです。

ここまで考えるのに、9ヶ月もかかってしまった。
いやー長かったです。
ずっと「私が私でなくなってしまうことの不安」をぐるぐる考え続けて苦しかった。
この9ヶ月をどう過ごすかでもかなりの葛藤や迷いがあり、この9ヶ月でやり遂げたことも、この考えを後押ししてくれたと思います(このあたりはおいおい書いていきます)
今でも「そんなこと言いつつ、自分の時間が減ってしまうのは嫌だなぁ」とか「子供を本当に可愛いと思えるか不安だな」とは思いますよ。
だけど、こんな考えを抱たまま出産しても大丈夫か?私はやっていけるかな?という不安を、かなり小さくすることはできたように思います。
9ヶ月という時間が解決してくれた部分もありますが、私が私らしさを失わない方法は、ずっと模索していきたいし、模索していくしかないんだと思っています。

※この記事は妊娠9ヶ月目にはいってから、妊娠初期の頃の日記を見返して書いています。

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よじ

俗にいう「日本社会が求める妊婦・母親像」から解放されて自分らしく生活する。そのために考えた事などを整理する目的で記事を書いています。少数派だからこそ、同じような悩みを感じている人がが少しでも共感・安心することで気持ちが楽になったら嬉しいです。

よじの妊娠生活

自分の妊娠生活についてまとめています。 妊娠・育児に関してネガティブなイメージが先行して悶々としていた日々を忘れたくなくて記録しています。 「子供ではなく、自分を主体とした育児」を目指したい。
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