ジブリネタ

ママ友にジブリネタを振ったらキングクリムゾンの攻撃をくらった話

私は漫画やアニメに人生を支配されている女なので、作品中の名言は日常会話で使ってやろうと目をぎらつかせて生きている。
そして使う時は、ここだァァァァーーーーーッッ!!!!!というタイミングドンピシャで凸と凹がぴたりとはまるように最高の形でエスプリを効かせて心の中でドヤ顔をしたいと思っている。
これが出来た日は最高のカタルシスを感じ、今日は良い仕事をしたと満足しながら眠りにつく。
ただし頭の回転が速いとは言えない自分にはなかなか難しいことでもあり、あの時思いつかなかった悔しさやつい言い直してしまった反省などが多い修行中の身の上である。
ああ頭が良くなりたい。

オタクが何を言っているんだとお思いの方もいらっしゃるだろうが、これは何もオタクに限った話ではない。
流行語をこなれた感じで使ってみたりとか、芸人やタレントのギャグで日常会話にツッコミを入れたい精神はまさにそれである。
「いつやるの」と言われれば「今でしょ」と言いたくなり、大げさなシチュエーションに出会えば「どんだけ~!」と言いたくなり、不都合なことがあれば「そんなの関係ねぇ!」とリズムに合わせて繰り返したくなる人は多いはずだ。
例えが古い?うるせえ!ばばあ代表私が使い勝手がいいやつ選ぶとこうなるんだよ!

名言を日常フレーズに落とし込みたいという私の欲望が一般的な人々に比べて大きいことは自分でも良くわかっている。
私が現在一番己のモノにしたいと思っているジョジョの奇妙な冒険シリーズの名言・効果音が一般に広く通じないであろうことも分かっている。
それ故、わが子の幼稚園といった一般人の多い環境においては私もこの欲求を封印している。
良識あるオタクを自負する私め、TPOくらいはわきまえているつもりだ。
それでもついついこの欲望に自制が効かなくなる場面が一つだけある。
ジブリネタを思いついてしまった時だ。
ジブリならみんな知ってるよね~という油断が、私の自制心をいともたやすく粉微塵にしてしまうのだ。

ここで一応、念のため、皆さんご存じだから必要ないとは思うがジブリについて軽く説明しておこう。
ジブリとは宮崎駿監督が所属するアニメ制作会社である。
宮崎駿監督と言えば、そう『風の谷のナウシカ』や『天空の城ラピュタ』などでお馴染みですね?
トトロや魔女の宅急便、もののけ姫、千と千尋の神隠し、ハウルの動く城、崖の上のポニョなんかもジブリ作品である。
地上波で放送されることも多く、見たことがないという人はかなり少ないのではないだろうか。
ジブリの映画監督は宮崎駿だけではないし他にも有名な作品はたくさんあるが、ここでは説明をこのぐらいに留めておく。

私は現在四捨五入して40歳である。
次女が通っている幼稚園のママたちとなると同年代か少し下であるが、ジブリ作品は毎年数作テレビ放映されているのでこの場合の世代間ギャップはそんなにないと考えている。
このあたりはテレビっ子世代なので、子ども時代にテレビでジブリ作品が放映されていたらリアルタイムにしろ録画にしろ見ている確率は高いはずだ。
特にナウシカ・ラピュタ・トトロあたりはバンバン地上波放送されていた記憶がある上に万人受けしそうなタイトルなので、どうしても私は「みんな知ってるでしょ」という気になってしまうのである。
例えば、ナウシカの「長靴いっぱい食べたいよ」というアスベルのセリフ。
ラピュタの「40秒で支度しな」というドーラのセリフ。
トトロの「夢だけど」「夢じゃなかった!」というサツキとメイのセリフ。
これらはそのまま使える上に使い勝手が良く、かなり初心者向けだと思っている。
この他にも思いつく名言は多いが、この3つは幼稚園のママ友との会話で実際に使用経験のあるジブリネタの中でも私が「イケる!!」と信じて疑わなかったものである。
ちなみに私はママ友という言葉が嫌いなのだが、使い勝手が良いのであえて使っている。
好き嫌いは別にして、使い勝手がいい言葉というのは良い発明であると思う。

ジブリネタをママ友との会話で使ってどうなったか。
一般人との会話に慎重になっている私は話の流れに違和感なく完璧なタイミングで、完全にハマるジブリネタを叩き込んだ、はずだったのだッッ!!
あ…ありのままその時起こったことを話すぜ!「俺はママ友の前でジブリネタを振ったと思ったらいつの間にか普通に会話が続いていた」
何を言っているのかわからねーと思うが俺も何をされたのかわからなかった…頭がどうにかなりそうだった…場が凍っただとかスルーされただとかそんなチャチなもんじゃあ断じてねぇ、もっと恐ろしいものの片鱗を味わったのである。
そう、時が消し飛ばされたのだ。
私がジブリネタを振った瞬間だけが消し飛ばされ、ママ友たちは何事もなかったかのように会話を続け、私が呆然とするという結果だけが現れたのである。
「時が止まった」のも「変な空気になった」のも「みんなが困った」のも「スルーされた」のも「無視された」のも「スベった」のも違う。
本当に何を言っているか分からないと思う。
正直私もこんな反応(ないけど)をくらったのは人生で初めてのことなので混乱した。
こちら側に「あ~やっちまった~」という感覚すら残さず、全てが文字通りなかったことになった(なかったことに「された」感覚でもない)のである。
これは、時を消し飛ばし、その間に起った過程がなくなり現れるのは結果のみというキングクリムゾンの能力そのものであり、それはすなわちボスが近くにいたことの証明なのである。
便宜上これよりママ友たちの反応を「キングクリムゾン反応」と呼称する。
(ちなみに今更であるがこの段落のくだりはジョジョネタである)

ジブリネタを我慢できない私はそれゆえに失敗したことも、まあ、ある。
ただその場合は、相手が固まるとか、ヘラっと笑われてスルーされるとか、何某かの反応が伴った。
経験上、ママ友たちのキングクリムゾン反応が特殊なのである。
なぜママ友たちの(無)反応が特殊であるのか。
次女が通う幼稚園の保護者の特徴を考えてみた所、割合的にサブカル好きが少ない印象であることに思い至った。
この幼稚園には長女の時代からお世話になって今年で5年目であり、保護者同士の交流は多い方だと思うのだが未だかつて漫画やアニメが好きだという保護者に遭遇したことがない。
今まで生きてきて、学校でも、社会に出ても、程度の差こそあれ漫画好き・アニメ好きは組織の中に必ず誰か居たので、この環境は私にとってかなり特殊に感じる。
学校や職場の人間関係より幼稚園保護者の人間関係は薄いので気付かないだけということもあるが、それを差し引いてもあまりにも見つからない。
オタク友達が欲しいとまでは言わないが、好きなことについてちょっとお話できる人が居たらいいよねと思っていた私は長女の入園2年目に業を煮やして漫画アニメ好きを公言し始めた。
それでも同志は見つからず、遂には次女入園時にLINEのアイコンをオタク丸出しのものに変えた上、カバー画面に愛娘たちのコスプレ写真をでかでかと載っけてやった。
クラスのグループラインがあるにも関わらず、今まで得た反応は「娘ちゃんたち可愛い恰好してるね~」というフワっとしたもの1件だけである。どうしたことか。そなたはプリキュアを知らぬのか。

余談であるが、HUGっと!プリキュア放送時に所持アイテムをプリキュアで固めた次女のクラスメイトがいたので、同じくプリキュア好きな私がその母親に話を振ってみたことがある。
母親がプリキュアを毎週見ていると確認した私は、面白いよね!というジャブを入れてみた。
TPOをわきまえた女、いきなり飛ばしたりなどしない。
結果。
母親「う、うん…」
若干引かれた。
TPOをわきまえた女はそうかと引き下がった。
どうしたことだ。そなたの娘が身に着けた帽子の飾りや移動ポケットや袋物などはそなたの手作りではないのか。どんな気持ちで布地を選びレースを縫い付けたのか。WOW!キュアエール可愛い私も娘も嬉しくてWINWINひゃっほう!とは感じていなかったのかそうなのかそうなのですね。
めちょっくである。(これはHUGプリネタ)

本題に戻ろう。
普段から漫画やアニメに対して意識を向けていない彼女らは、おそらくジブリの名言すら覚えていないのである。
地上波でラピュタが放送されると知ったときに「ツイッターでバルス祭りが開催されるぞ!」とテンションが上がってしまう私とは別の文化圏の人々なのである。
「バルス」とただ言っても何のことやら思い至らず、これはラピュタに出てくる滅びの呪文なんだけどと説明してようやく「ああそういえばそんな感じの言葉あったあった」と思い出す程度のモノなのである。
脳内で漫画やアニメにシナプスが全く繋がっていない状態である。
一般的に多くの人(当社比)は、ネタがスベったにしても「それ何ネタ?」くらいは感じてくれていると思う。
変な間や苦笑いは「何かワシの知らんネタぶっ込んで来やがったぞやれやれ」の表現だ。
ところが彼女らにはそもそも漫画やアニメをネタにするという文化がないので言葉は額面通りに受け取るしかなく、きっと本当に私が何を言っているのかわからないのである。
赤いサンダルを履いた幼児の猛ダッシュに「シャア・アズナブル」とコメントされるのも、同じ状況で「パンナコッタ・フーゴ」とコメントされるのも彼女らにとっては同じことで「なぜいきなり意味のない文字列を…」なのであり、それが何かのネタである可能性には思い至らない。
そしてそれはジブリネタであっても同様なのである。
(一応注釈しておくと、この状況ではフーゴは本当に脈絡のない人物名である。シャアはガンダムネタ、フーゴはジョジョネタである)

ではなぜわざわざキングクリムゾンを発動させるのか。
思うに、それはやさしさではないのだろうか。

日常会話の中で唐突に嬉々として無意味な文字列を叫び始めるママ友。
 ↓
気がふれたのではないか。
 ↓
己の内で一瞬のうちに蔓延する不安、恐怖、焦燥。
 ↓
しかしこのママ友とはそんなに深い間柄でもないから気付かないふりしてあげよう、そう、意図せず出ちゃったオナラと同じように。そうすれば誰も気まずくならず今まで通りの良い関係が続く。
 ↓
_人人人人人人人人人人_
> キングクリムゾン <
 ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y ̄
 ↓
HAPPY!!!!!!!!!

そうか、そうであったのか。

私の渾身のジブリネタは予期せずこいた屁と同義であった。
私はみんなのやさしさに包まれていたのだ。
目に映るすべてのことはメッセージであったのである。

当ジブリネタを持って、本記事の結びとする。

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