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2024年の始まり

もう1月も9日になり、2024年が始まった。
年末年始の時期が一年で一番好きな時期。
というのも、両親はカレンダー通りの休日で働いていた為、小さい頃からずっと年末年始は家族みんなが家にいること、普段とは違うご馳走が食べられること、年末年始特有の静かな澄んだ空気が漂っていること、などが相まって私の中では「特別な時期」なのだ。

去年はクリスマスまでフィリピンで過ごし、その後日本に帰国。一週間ほど滞在した。
フィリピンは11月〜3月頃まで乾季の為、少しは涼しいのだが、今年は日本と同じく暖冬(フィリピンでもこう言うのだろうか?)らしく、例年ほどは気温が下がっていないよう。
その為12月でも30度前後はあり、夏のような気温。だからフィリピンでは年末年始を全く感じなかった。
が、
お正月特有の長時間バラエティ、皆がいま一位がどこなのか気にする箱根駅伝、振袖姿の女優さんたちが沢山出るCM(フジカラーなど)、スーパーに並ぶ蒲鉾、伊達巻き、刺身、お餅、31日付近にだけ大量に用意される海老天…
これが私の知ってる年末年始!と、日本に帰ってきた途端に実感。
気温や天候だけではなくて、テレビやスーパーから入る情報、街の様子でも季節を感じるんだなあ。

31日〜1日は夫が我が家に泊まりに来て、お寿司や刺身、サラミ(妹が大好きなので、うちの正月はサラミが並ぶ)、おせち、雑煮を食べる。ビールも沢山飲む。
2日〜3日は夫家族と近場に旅行。運よく箱根駅伝も見られた。ここでもビールを適度に飲む。
フィリピンでビールを頼むと、大抵は瓶で出されるので、サーバーから注がれる生ビールを飲む機会がほとんどなく、日本のビールのおいしさが沁みる。帰省期間中はいつも以上に飲んでいたな。

結婚してから初めての正月だったので、夫が我が家に来たり、夫の実家に行ったりと、これまでのお正月とは一味違う形になった。この先は、これが当たり前になるのだなあと思った。

のどかなお正月。
ただ、2024年はなんとも気持ちがザワザワする年始となった。
1日には石川県能登地方での地震、2日にはJALと海保の機体衝突。

石川は、祖母の故郷で、私の遠い親戚もいる(父の従兄弟とか、祖母の兄弟とか)。幸いにも親戚の安否は確認できたが、祖母はずーっとテレビを見ていた。その後も地図帳を出してきては、石川県の地図を眺めていた。
私は私にできることを、と思い少しだけ募金した。

JALと海保の機体衝突も、JALの乗客全員が避難できたことはすばらしいと思うと同時に、海保の乗組員さんたちを思うと重いものが心にずーんと残る。
お正月の帰省が終わり、フィリピンに戻ってくる際、出発前にCAさんが説明してくれる緊急事態の対応手順を特に注意深く聞いた。


当たり前になったできごとが増えた。
当たり前は当たり前ではないと実感する経験が増えた。


フィリピンに戻ってからは、石川県や衝突事故の動向を気にしつつ、日常に戻った。
パンを焼いたり、買ったことのなかったソーセージを買ってみたり。

ささやかな日常を大切にしたいと思う年明けだった。


#note書き初め

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