正直に言って、悔しいし羨ましい

人の文章を見ても、悔しいと感じることって、滅多にない。面白いなぁ、参考になるなぁ、と思うことはあれど、「悔しい」まで思うことってそうそうない。

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 先日、ゆうこすと家入さんとホリエモンの鼎談(ていだん)がLIVEでおこなわれていた。自分はその様子を見ていて、記事を書く予定になっていた最所さんはどんなふうにこの内容をまとめるのだろうか……と思っていた。

毎週木曜日に、BAKEに塩谷さんが来てくれているのだが、「あのLIVEってどんなふうに記事になるのか気になります!」と言ったところ、こっそり、記事が公開される前段階のものを見せてくれた。

さらっと、読むはずだった。
なのに、ぐいぐい惹き込まれてしまった。

なんだろう、この感覚。読み終わった後、塩谷さんにこう伝えた。

あんまり人の文章を見て悔しい、って思わないんですけど、同じ時間帯にライブを見ていたひとりの人間として、上のような熱量で記事を書くことはできないし、引きこまれました。すごいですね、、最所さん。。

自分の中でなかなか昇華ができなくて、こんなツイートをしてしまったほど。

そして、完成して公開されたのが、この記事だった。

メディアのルールは変わった。今のプライドを捨てる勇気はあるか?

内容自体はこちらのアーカイブでご覧いただけるのだが、この記事ではあらためて、「リアル」と「カオス」のかたまりだったあの時間を振り返りながら、その可能性を考えていきたい。

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この記事が公開されてから、いろんな人がコメントを残していた。内容ももちろんいい。記事を読んで、最近の自分ってちぢこまってんな、とも思った。

でも個人的には、それよりももっと、最所さんが書いた「熱量が伝わってくる文章」に対して、憧れがありつつ(羨ましさ)、自分ができないということを悔しいと思ってしまった。

自分はどうしても、熱量そのままを文章にぶつけることができない。相容れないところはあるものの、自分はこういう一面を持っているのだと理解して付き合えるようになってきた。

だけど、こういう「熱量を文章全体から感じる記事」に憧れがある。書き手は全面に出てこないけれど、むしろ、書き手の愛が伝わってくるような。そんな文章を書きたいと思った。

自分が「ここはしょうがないか」とか「時間がないから…」ということで妥協していた気持ちを吹っ飛ばしてくれるようなコンテンツだった。だから、簡単な言葉でシェアすることができなかった。

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記事が公開された後、最所さんがこんなnoteを書いていた。

「あぁ、そうか」と思った。自分が「ここはしょうがないか…」とか「時間がないから…」と妥協を許していた気持ちをぶっ飛ばしてくれるような内容だった。

この2つの記事を読んで、素直に「すごくよかった」とか記事をシェアすればいいのだけど、一言だけでは伝えきれないほどの悔しさとすごさと驚きがあったので、いつの間にか時間が経ってしまった。

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やっぱりわかったのは、妥協で生まれるコンテンツは、他人に情熱を伝えられるほど甘くはないということ。

こだわり抜いて生まれるコンテンツづくりを目指して、まずは目の前のことから取り組もうと思った。理想ばかり掲げていても、誰も話を聞いてくれないからね。

(Photo by Maarten Deckers on Unsplash)


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平野太一

タイムカプセル的

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