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わたしの非日常と彼女の日常

 わたしの目の前で親友が顔を赤らめている。何が起こっているのかなんてこっちが聞きたいし、出来ることなら一刻も早く家に帰って冷たいアイスクリームを食べたい。でもそんなことはさせてくれない程の強い視線がわたしの体をビシバシと射るのだ。

高校三年生、夏休みの課外終わりのことだった。

マイとは高校に入学してから出会った。3年間クラス替えか無いこともあり、3年生になるころにはクラス全員には気を使わなくていい和やかな雰囲気が出来上がっていた。わたし達のいる特進クラスの生徒は基本部活に参加しない。それくらいには勉強も課題も課外も大変だったからだ。そんな中でひとりソフト部に所属していたマイは浮いていた。

痛み切った茶色いベリーショートの髪の毛が風で靡く。黒い肌と少しそばかすの目立つ頬。その頬は今、赤い。

「ゆりのことが好きなの」

そう言われた時、わたしの中に最初に出てきた言葉は気持ち悪いでも、信じられないでもなく、『親友じゃなかったの?』だった。

高校二年生になってマイがモテると知った。その頃にはわたしたちは超がつくほどの仲良しだった。移動教室もお弁当を食べるのも、課題をするのもトイレに行くのだって一緒だった。文化祭ももちろん一緒にまわった。ほかのクラスメイトも含めて5人だったが、校内の歩くところ歩くところでマイが後輩に写真を求められるのだ。一つ学年が下なだけの彼女たちはとても幼く見えた。マイとのツーショットを嬉しそうに見て笑顔で去って行く。

「親友のままじゃ、ダメなの?」

情けなく少し震えるわたしの声。だってそうだ。こんな顔のマイは見たことない。わたし達の間にはいつもおふざけがあった。わたしだって何度もマイに『大好き』と言ったし、手を繋いで歩いたり、ハグをしたり、世でいう間接キスも平気でやっていた。でも違う。違う、この子の言う『好き』と、わたしの言う『好き』は。

「だめ、ごめん、ダメだ。ゆりとコイビトになりたい」

よくわからない。だってマイはずっとわたしの味方だったじゃない。彼氏作りに行くために男子校の文化祭に2人でメイクし合って行ったし、わたしが誰かを好きになってしまえばいつも相談にのってくれていた。わたしは親友だと思っていたから、全部を話していたのに。マイはいつからわたしのことが好きだったのだろう。

だからわたしは逃げた。大学受験で頭がいっぱいだったわたしにマイの言葉は鉛のように重かった。教室からカバンをひったくるように持って逃げた。校内はがらんとしていてそれが余計わたしを不安にさせた。非日常に片足を突っ込んでいるみたいだった。

次の日からわたしはマイと話すのをやめた。幸い、お互い他にも友達がいたから特に何も問題なくカレンダーは1歩ずつ進んだ。

勘違いしないで欲しい。確かにわたしはマイを避けたがそれは同性愛への偏見でもなんでもなく、単純に裏切られたと思ってしまったからだ。わたしにとってはマイは大好きな親友で家族のことも誰にも言えない悩みも、恋の相談も全てしてきた相手だったのだ。だから当然マイもわたしを親友だと思ってくれていると、そう思っていたのだ。それがとても悲しかった。マイにわたしはどう写っているのかが全くわからないことが悲しかった。

高校を卒業した。マイとは一切連絡をとっていないし、これからも連絡を取るつもりは無い。あの日のことは『青春』として思い出の中に閉まっている。

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