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バイリンガルニュースの昆虫食回がめちゃくちゃおもしろかったのでメモ

昆虫食に対するイメージがとても変わったので思わずメモ。

佐伯 真二郎さんのtwitter

以下、特に印象的だった箇所(完全なテキスト化をしているわけではないので注意)

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- フンコロガシ糞の中にいるやつは"クリーン"なので食べてよし、フンの外歩いてるやつは何食べてるかわからなくてdutyだから食べるな
  - なので、外を歩いてるやつは一度絶食させて体内を綺麗にしてからクリーンなものと食べ比べてみるとかもやってみてる

- まず虫は茹でて食べる。それが一番素材の味に近い。焼くと虫自身の油などで風味が変化してしまう。
こういう感じらしい↓


- どういう虫が美味しくてどういう虫はおいしくないとかある?
  - 美味しいもの(花の蜜とか?)を食べてる虫は美味しい。ただ、おいしくないものを食べてる虫が不味いかというとそうではない

- 警戒色など、いかにも毒持ってます的な攻撃的な色してるものは不味いものもいるがそうではないものもいる

- 幼虫が美味しいと成虫は美味しいとかある?
  - 基本的にはそう、でもそうではないものもいる
  - 卵幼虫成虫と食べ比べて「食べごろ」を調べたりもしてる600パターンほどやってる

- 虫は触るのも嫌なんだけどという人はどうすればいい?
  - 「嫌い」なのと「食べる・食べない」は本来は別なはず。鶏が好きだから食べてるのか、猫は好きなら食べないのかといえばそうではない。本来は独立した話なのにごっちゃになってる。そこは社会の意識として変えていきたいと思ってる。

- ゴキブリは一般的にみんなたべたくないと思うが、逆に食べやすい虫もいる?
  - 人による。各個人と虫とのストーリーは千差万別なので。愛着があるから食べられない・食べられるは人による。

- 魚の腸取りみたいに虫が美味しくなる下処理とかある?
  - コオロギとかも、尾の部分を引っ張ると腸が一緒に取れるが、取ると味がクリアになる

- 寿司も少し前は生の魚を食べるなんてありえないと言われていたが今ではどこの国でも食べるようになった。タコなどは今でも一部の国では食べない。昆虫食もそうやって変化していくと思っている。

- アートやデザインの力で昆虫食を普及させる動きもある
  - 「昆虫食は見た目と意識の問題」説

- 親が虫をみて嫌がるのを見て子供も虫が嫌なものだと学習してることは大いにあるだろう。虫嫌いは親から移る説。

- 弱視の人にとって昆虫は怖いもの
  - よく視えないので、どんな虫が出ても万が一を考え「最も危険な虫」として対処するしか無い。殺した後も結局その虫がどういったものかを知れるチャンスはない。わからない→怖い が強化される一方。

- 昆虫食の調査で関わってるラオスの人たちからも「こんなの食べるのかよ」と言われる。彼らは食欲の対象として虫を文化的に食べてて、自分は好奇心として食べてる。日本と同じリアクションをされる。

- 牛のA5ランクみたいに、昆虫食に付加価値ってつけれる?
  - バッタも養殖の最後にサトウキビ食べさせると香りが良くなったりする。ただずっとサトウキビで育てると育ちが悪いので最後だけ食べさせるとかする。養殖(エサなど)に一手間加えて値段をあげるとかできそう。

- 毒を持ってる植物を食べてる虫とかはやっぱりやばい。一匹で致死量になる虫もいる。

- でも食べてみないことにはわからないので調査としてトライする。調査は人体実験の一面も持ってる。

- 虫の命にリスペクトを持たず、個人の範囲内でなら自由に殺しても良いと考えている(生態系に負荷をかける・絶滅危惧種を殺す などは除く)。
  - 例えば、研究者は虫の命にリスペクトがあるから殺していい、虫が嫌いな人は命にリスペクトが無いから殺すのは良くないという分断を起こすほうが良くないと思っている。
  - (マミさん)個人がどう感じるかにも寄ると思う。私の場合は対象を自分と置き換えて考えてしまうから雑に殺されたり食べられたりするのはちょっと嫌だな

- 過度な共感や過度な擬人化は昆虫とは相性が悪い(親を食べて育つ虫とかもいるからそれを擬人化すると…)から避けたほうが良さそう

- 佐伯さんからの宣伝
  - NPO法人食用昆虫科学研究会NPO法人 ISAPH への寄付を歓迎しています

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感想

昆虫が怖いし苦手だしよくわからないからもちろん食べれないし食べたこともないが、食べれるようになりたいとは思ってるというマミさん。マイケル含め、この知性のフラットさ・新しい知識を仕入れて世界を偏見なく見ようとする2人の姿勢がバイリンガルニュースの最大の魅力だと思う。本当の知識人とはこういう人なのだろう。

自分にとっても「昆虫食なんてどれだけ栄養があっても絶対無理!」と思っていたが、

- 「虫の好き嫌い」と「食べる・食べない」は本来は別の問題
- 蜜や植物を食べてる虫はそのような味がして意外に美味しい
- 「虫はキモい」というアイデアは他者からインストールされた感情なのかもしれない
- 生魚(刺し身)やタコのように、一昔前は拒絶されてたものが今は日本文化として世界中で食べられているという意識の変化

などを聞いていると、確かに自分の虫嫌いは偏見の固まりのような側面は感じるしトライはすべきものかもしれないと感じるようになった。アーメン。東京でもカジュアルに体験できるところはあるかな。

佐伯さんの「個人の範囲内では遊びでもなんでも自由に虫を殺していいと考えている」という考えもびっくりした。
こういう研究(活動)をしている人なら「一寸の虫にも五分の魂。だからありがたく食べろよ」とか言いそうなのに真逆。しかし「昆虫食」を超現実的に実用化しようとする立場の人ならむしろこのスタンスの方が筋が通っているとも感じた。

話の全体を通して、独自の哲学と価値観、そして好奇心に固執しすぎない実用性、思い込み(ビジュアル)に囚われない挑戦心を自由に行き来するとてもユニークな方だった。

最後に。

ふぐを食べようとしてフグ毒で死んだ人・最初に納豆状のものを食べた人・ウニを食べた人・ナマコを食べた人 などなど、食に関しては歴史の中でたくさんのチャレンジャー、そして毒で命を落としていった人たちを礎にして今の日本の食文化はある。佐伯さんほどの知識を持った人が好奇心で食べた毒虫で倒れられませんようにとマジで心配


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