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悲しみから離れる

11月17日にKANさんの訃報を聞いて以来
ぱっと見はいつもと変わらずなんですけど
何かにつけてKANさんを絡めて考えたり
今まで一生懸命やっていたことから距離を置いたり、年が明けてもまとまらない日々を送っていました。

そう、ここ数日で
ようやく「いました」になったのです!

きっかけはなんでしょうね、
最近のルーティンとして
KANさんの曲を毎日3曲ピアノで弾くというのがあったのですが、そういうことをし続けている自分に、ふと心が不健康な感じを覚えたのです。

そして「もうやめよう」って思いました。

気分としては
「相当がんばり過ぎたね
 少し休もう
 丘にすわり 雲と話をしよう」
です。
(KAN「ときどき雲と話をしよう」より)

私の永遠の推しは
悲しみ続けることを望んでいませんしね。

亡くなった後の元旦に
こんな投稿をしてくださるなんて。
もう自慢の推しです。

このお言葉の意味を
ここ最近ようやく心から理解して、
本当の意味で顔を上げました。

悲しみから離れるように
しばらくは意識して、
そのうちきっとそれが当たり前になるはず。

不義理じゃないって
今はもうちゃんと思えます。

たぶんKANさんのことは
家族のような安心感で
一生好きです。

だから私は
他の好きなことを大切にして
なにも背負わずに普通に生きていきます。

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