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CTO退任にまつわる記録

株式会社オプティマインドの高田です。

私はオプティマインドの取締役CTOでしたが、実は2021年8月に退任しました。とはいえオプティマインドを離れたわけではなく、肩書は変われど現在もオプティマインドで働いています。

取締役CTOを退任するというのはなかなか大きな出来事だと自分でも思いますが、大々的に宣伝することでもないかなーと思い(というのと単に忙しくて後回しにしており)、今まで2年以上特に何も世間様に対してご報告をしていませんでした。

せっかくなので記録として残す意味でCTO退任前後だけではなく私のオプティマインド人生を時系列で書いていこうと思います。一般にあまり面白いものではないと思いますので、ご興味の無い方は適当な見出しのみ読むことをおすすめします。退任したという事実はもう書いたので、ここで閉じてもらっても大丈夫です。


オプティマインドへの参画

オプティマインドへジョインして本格的に活動し始めるまでは以前に記事にしましたので詳細はそちらに任せます。

2017年に私が参加した当時はオプティマインドは「合同会社オプティマインド」でした。

会社として重要なターニングポイントとなった日本郵便様のオープンイノベーションプログラムで最優秀賞をいただいたときも「合同会社」でした。なつかしい。

ここから資金調達に向けて2018年に株式会社となり、そこで私は取締役に就任しました。(ちなみに当時は取締役CIOでした。テック系スタートアップでCIOというのも珍しいですね。全く深い意味は無い肩書でした。)

就任当時はスタートアップ初期だったので、会社全体のいろいろなことをやっていました。
特に私は取締役であり最適化アルゴリズムの開発者でもあったので、会社全体の方針を役員メンバーで話すこともあれば、がっつりとアルゴリズムやインフラ開発をすることもあり、時にはお客様先に行ってお話をしたり、アライアンスの機会を探るために他社様とお話をしたり、という状況でした(ご経験のある方は容易に想像できるかと思います)。

会社の技術トップとして、社外への発信やインタビューなども多くありました。

今思い出しても本当に初めてのことばかりで刺激的で楽しくて、大変貴重な毎日だったなと思います。

自身のポジションに対する考え

そこから2019年、2020年と時は流れていきました。2019年にはシリーズA調達も行いオフィス移転も行いました。社員も20人30人と増加し、プロダクトも複雑になりました。
またお客様も増え大規模な導入なども実現し、他社や社会に与える影響がじわじわと増え、それに伴ってLoogiaを提供することの責任を実感する機会も増えていきました。

そうした中で度々考えたのが、会社の現状と自分が発揮する価値のことでした。

前述した通り取締役CTOという立場では、もちろん会社全体を見た経営のこと、つまり事業のことや組織のことなどを幅広く考える必要があります。事業計画を達成するには?採用をどう進めるか?組織の形はこれでいいのか?将来のために打っておくべき手はないか?評価制度は?特許は?

また会社を代表する技術のトップとして、世間への発信や業界内での交流をしたり、株主や顧客との会話をしたり、様々な会社様との協業プロジェクトを進めたり、などの機会も多くあります。

一方でそのころのオプティマインドは徐々に組織が大きくなりプロダクトも複雑化することで、品質面の問題やセキュリティの不安、運用コストの増加など、開発の現場で解決すべき問題が山積みの状態でした。

まさに取締役CTOとして先導して解決すべきことだろう、というのがもっともな見方かもしれません。しかし私にはどうしても取締役CTOとしての幅広い仕事に対して上手く切り替えながらパフォーマンスを高め成果を出すということができませんでした。

現場の改善というやりたいことに集中しきれないことに加え、取締役やCTOとしての仕事において自分が大きな価値を発揮できているという実感もなく、すべてが中途半端に感じられ自己効力感も上がらない状態でした。

弊社代表の松下にはかなり長期間に渡って何度も相談に乗ってもらい、話し合いました。外部の人たちにも相談に乗っていただきました。自分らしい取締役CTOの形というものを模索しました。そうしていろいろと考えてみるほど、自分がやりたいことは現場の改善へ集中することであり、そのときに「取締役」や「CTO」という肩書に対してどうしても実態として付いてくるものが問題の根本となってしまうだろうという実感がありました。

そして、取締役CTOという肩書を外し改めて開発現場にしっかりと注力することが、オプティマインドにとっても自分自身にとってもより良い状況が作れるだろうという結論に至りました。

そうして、2021年8月で任期満了での退任となりました。

参画からCTO退任まで

退任後の会社

取締役CTOがいなくなるということは、当たり前ですがとても大きなことです。

そもそも「やめま〜す」「は〜い」みたいな簡単な世界ではありません。いろいろな関係者に説明をしたり、会社としての手続きもしたり、ということを私ではなく周りの皆様にやっていただきました。かなり大変なことだったと思います。大変申し訳無い。

また、私は経営に関する仕事を丸々投げ出した形であり、残った取締役2名でこなさなければなりません。その面でも松下と斉東にはとても大きな負担をかけてしまいました。大変申し訳ないですし、私を責めることなく受け入れてくれたことに非常に感謝しています。

取締役の選任

私が退任した約10ヶ月後の2022年6月、取締役COOに吉川さんが就任しました。

役員含め多くの人が迅速にいろいろな対応をしてくれたおかげで、このように社内取締役に長期間の穴を空けることなく乗り切ることができました。本当にありがとうございました。

CTOの選任

CTOはしばらく空白で「テックリード」という肩書の各技術領域のリーダーが集まってなんとかしのいでいましたが、退任から約2年後の2023年6月に柏原さんがCTOに就任したことで、改めて技術のトップが誕生しました。

こうして今のオプティマインドの開発組織はCTOをトップに全力で邁進する体制が整いました。突然の打診で柏原さんも驚かれたかと思いますが、快く引き受けてくださり大変感謝しています。

退任後の自分

2021年に役員を降りた私は、じゃあ何をしてきたのか?というと、まず肩書としては最適化チームのリーダーとして再出発し、徐々に全社的な活動にシフトしていきました。

最適化チームリーダー(〜2022年)

元々最適化チームのリーダーは兼ねていたのですが、よりリーダーとして最適化モジュールの開発方針の策定やチームの開発フローの改善などに全力で取り組みました。

特に最適化チームは元々私を入れて3人だったところに2021年に2名、2022年に1名の新規メンバー加入があり、チームの仕組みを整えないと崩壊しかねない状態でした。

まずは最適化チームの最適化に取り組み、その中でプロダクトの品質向上やチームの成長などに対する経験を積みました。

VP of Technology(2022年〜2023年)

私がCTOを退任した後は各技術領域のテックリードが集まって意思決定を行っていました。しかしそうした合議制の体制ではどうしても意思決定の質・スピードが上がりきらず、上手く開発組織としての改善が進みませんでした。

そこで改めて技術面での意思決定をリードする存在が必要だということで、私がその役割として VP of Technology となりました。

それと同時に前述した最適化チームの改善を一段落させ、次期最適化チームリーダーを選任すべくメンバーとの1on1を行ったり役員とのすり合わせを行ったりして、無事2022年9月からリーダーを移譲しました。

開発基盤チーム(2023年〜現在)

2023年6月から新しくCTOに柏原さんが就任しました。それに伴い従来想定していた意思決定者としての VP of Technology の役割は薄れ、代わりに全社を横断したプロダクトの品質改善やセキュリティ向上などに注力することとしました。

新たに開発基盤チームを立ち上げ、この領域に注力しました。これは別途記事にしています。

それと同時に、最適化チームの改善の経験を活かし、別の新規チームの品質改善やチーム体制の構築にも協力したり、新たにリーダーとなる人の評価制度運用(評価1on1など)のアシストをしたりといった業務も行っています。他にも元々専門である最適化についての登壇や取材対応なども行っています。なんかいろいろやっているので、自分自身でも私が何者なのかを一言で表現することができません。

CTO退任から現在まで

今後の話

今は開発基盤チームとして全社の改善に尽力しています。
今後自分がどこに注力していくべきかというのはまだまだ定められていませんが、品質やセキュリティの知見だったり、チーム構築やマネジメント・評価などの組織面の知見、プロダクトを立ち上がりの頃から見てきたことによる知識、いろいろなチームと関係性が構築できていることなどなど、いろいろ活かせる強みはあると思っています。

さきほど自分が何者なのか表現できないと書きましたが、それでいいと思っています。

会社として必要なことは目まぐるしく変わっていきます。幅広い経験をしてきた身として、柔軟に振る舞いを適応させながら、どうすれば会社が最速で成長することができるかを常に考えていきたいです。

さいごに

正直、取締役CTOの退任は本当に身勝手で周囲に迷惑をかけまくりの大変な出来事であったと思います。しかしそれを受け入れてくれた皆様には本当に感謝しかありません。ありがとうございました。

肩書や役割は変わりましたが、私のオプティマインドへの想いは、大学の研究室で今の事業を始めたあの頃からずっと変わっていません。

引き続き「世界のラストワンマイルを最適化する」というビジョンに向けて人生を懸けて挑んでいきますので、社内の人も社外の人も、こんな私ですが何卒よろしくお願いいたします。


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