福島庭

汚庭がお庭になると……

「ばぁば。痒ーい!」

カリフォルニアに住む娘が3歳になる孫を連れて帰ってきた。部屋の中で遊ぶのに飽きた孫は猫の額ほどの我が家の庭に出て遊び始めたが10分もしないうちに戻ってきた。酷暑のせいで蚊は今年はいくらか少ないと思っていたが、3歳の子供の血は美味しいのか、あっという間に襲撃されたらしい。腕と脚を五ヶ所ほどプクっと赤く腫らしていて痒そうだ。

「ビニールプールをだして、水遊びをさせようか」
「花火は一人では持てないかもしれないけど、見せたら喜んでくれるかなあ」
「絵本は向こうで手に入らなそうな新刊を用意しなきゃ」
「バーベキューをする」といって普段はアウトドアなんか全く興味のない夫もバーベキューセットを買ってきた。

娘と孫の夏の滞在は約1ヶ月。遊園地やショッピングモールばかりでは飽きてしまうので我が家でできる「おもてなし」を考えた。
3歳の女の子は何を喜んでくれるのか。
四半世紀前の娘のことを思い出しながら、楽しんで準備をしてきた。

ところが、到着後まもなく蚊の襲撃にあってしまったため孫娘は庭に出たがらなくなった。
数年前にデング熱騒ぎもあったことだし、嫌がるのにわざわざ外遊びをすることもないのかもしれない。

というわけでビニールプールは出番がなく終わり、花火はパーカーを羽織り、蚊取り線香を二つ炊き、完全武装で決行した。

ジィジのバーベキューはリビングでの鉄板焼きに変更。なんとも残念だった。

「また来年ね〜」と手を振りながら娘と孫は搭乗カウンターの向こうに消えて言った。

この夏のメインイベントは終わった。

 それにしてもこの庭、孫でなくても嫌になる。マンションの専用庭なのだが自転車置き場との間を遮る生垣は下の方が透けて年々美しいとは言えない姿になって来ているし、ほったらかしの地面は雑草だらけだ。見るのも嫌になり最近は庭に面したリビングはレースのカーテンを閉じたままだ。存在を消して過ごしている。

孫たちが帰ってから一週間ほどたったある日、フェイスブックのタイムラインに、あるセミナーの案内が出ていた。

「あなたに伝えたい! 『スタイリッシュライフガーデンの秘密』 雑草だらけのお庭、蚊に刺されるし、夏は水やりも大変! そんな風に庭のことで悩んでいる方におすすめです。経験豊かなガーデンデザイナーが『手入れが大変な庭』 を『とっておきの癒しの空間』 にする秘密をお話しします。夏の終わりの昼下がりにイタリアンデザートを食べながらのセミナーに参加してみませんか」

という内容だった。

「この日はちょうど予定が何もない! まるで私のことを見ていたかのようなセミナーだ。参加者には個別の提案も別途無料でしてくれると書いてあるし、プロの人はこんなダメダメなところでもなんとかしてくれるのだろうか。いや、うちは無理って言われるかな」

ちょっと不安な気持ちもあったけれど、これは何かの縁だと参加ボタンを押してしまった。

セミナー当日。受講生は私一人だった。講師の先生は妹と同い年の女性で気さくな感じだったのでリラックスした気持ちで話を聞くことができた。

「庭ってね室内にはない癒しが結構あるんですよ。まずは木漏れ日…。木漏れ日の揺らぎはどうしても室内では表現できません」
「それに雲が動くでしょう?」
「小鳥も来ます」
「でもその癒しの大敵が3つあるんですね。それは酷暑と寒さと蚊です。私はこの3つを克服する方法を真剣に考えて来ました」
「植物はなくては殺風景になりますが、多くてもダメなんです。多いから維持するのが大変になるんです」
「植物の量に注意してあとはその人のライフスタイルに応じて装置を作っていけば、庭は『もう一つのリビング』どころか最も『身近なリゾートホテル』にもなるんですよ」

先生の話は当たり前のことを言っているのにどれも興味深かった。新しい視点だった。
セミナーの終わりの方になって恐る恐る私の家の写真を先生に見せて、夏の孫の話もしてみた。

先生はちょっと微笑みながらこう言った!

「Nさん、来年はここでお孫さんと水遊びしましょう。いや、それより前に毎晩ここでご主人と晩酌したくなるかもしれませんよ。考えてみますから、あとでもう少し現地の状況がわかる資料を送ってください」

やはりプロってすごいな。どんな提案をしてくれるのだろう。

ワクワク、ドキドキしながら提案を待った。

一週間がたち先生から電話がきた。

「見積もりはまだなんですけど、提案の絵ができたんですが、ご覧になりますか?」
すぐに見たかった! その日の夕方に新宿の喫茶店で会うことになった。

「これが我が家の庭?」

全く想像もしていなかったような絵が描かれていた。生垣は綺麗な壁になっていて、その一部が滝になっていて池もある。中央におおきな木があって木漏れ日が楽しめる位置にベンチもある。わぁ! なんて素敵なの!

雑草と生垣をなくすことで蚊は激減するという。

そこで遊ぶ孫の姿が浮かんできた。
夫との夕飯は最近はほとんど会話もなかったが、こんなベンチでキャンドルを置いて酒を酌み交わしたら会話も弾むに違いない。もともとうちはよく話す夫婦だった。

一枚の絵からいろんな情景が浮かんでは消えて行った。

よく「子はかすがい」というけれど、「庭はかすがい」だなと思った。
美しく適切に作り込んだ庭は家族のつながりを深めてくれる。

貯金通帳とにらめっこしながら工事見積を待っている。

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