巌窟王 #041

 それにはジャニナの四人の貴族の手になつた証明書が入つてゐて、フェルナンドオ・モンテゴオ大佐が二億クラウンの金で主人のアリ・テベランと其城とを敵軍に売渡した事件が詳細に認めてあつた。アルベルは卒倒しないばかりに驚いた。その容子を傷ましげに眺めながらポーシヤンは言葉をついで、

『僕はどうかして君の一家の恥辱を打消したいと思つてゐたんだが、却つて斯う云ふ結果になつて了つた。併しアルベル君、もう斯様な秘密は我々の間だけで葬つて了はうよ。僕は盟つて他言しないから、君も父親の奮い不正事件など忘れることにし給へ。』と悄然と沈んでゐるアルベルを慰めた

『併しアルベル君、茲にもう一つ悲しむべき事があるのだ、と云ふのは……』

 ポーシヤンはその悲しむ可き事と云ふのを話した。それは遂二日前に、今度は二つの新聞に又もやモルセル将軍のジャニナ城事件が前のより更に詳細に現はれたが、ポーシヤン自身がその新聞の編輯者に確めた所に依ると、ジャニナから一人の男が多くの証拠書類を持つて来たからだと云ふのであつた。

『それに尚君に云はなければならんのは、僕がジャニナへ調べに行つた時、遂二週間程前にも同じ事件を探索に来たものがあると聞いたので、それを訊き糺して見ると、それはあのダングラル氏からの問ひ合せだつたと云ふのだ。』

『えつ! ダングラル! ぢやあ彼の男はエウゲニイと僕との婚約を破るために!』

『で、此方に帰る早々ダングラル氏にその事を聞き糺して見た所が、ダングラルは君の家との婚約を纏めるために、兎に角君の父親についての色々な噂の真相を知つてからにしたいと云ふので、モント・クリスト伯爵に勧められて、ジャニナへ問ひ合せを出したと云ぶのだ。』

『モント・クリスト伯爵が勧めたつて?』とアルベルは益々その魂胆の奇怪なのに吃驚して、暫くは言葉も出なかつた。

『では伯爵を究命する必要がある、何であの伯爵が僕の一家にそんな侮辱を敢てするわけがあるのだ?』とアルベルは忽ち嚇となつた。

 ポーシャンは興奮する友人を穏やかに慰めて帰つて行つた。アルベルはもうぢつと家に落ちついてはゐられなかつた。

 アルベルは直ぐ様モント・クリスト伯爵邸へ馬車を駆つたが、伯爵は不在であつた。今夜八時にはオペラ座へ行つてお出でになる筈だと家僕から聞いて、その足で自分も切符を買ひに行つた。

 夜になつた。アルベルがオペラ座へ入つた時にはモント・クリスト伯爵はもう座席について、例の蒼白い冷やかな顔を舞台の方に向けてゐた。アルベルの姿をちらりと見ると、伯爵はこれから起るべき凡ての事を忽ち心中に見抜いて了つた。と幕が下りて間もなく、アルベルが身を顫はせながら、鋭い目付をして伯爵の前に立つた。

  ……#042へ続く

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