ドン、キホーテ物語 #002
ドン、キホーテは馬から下りると、主人に向つて、かういひました。
「この馬は世界中で一番よい馬だからどうか大切にとりあつかつてくれ。」
主人は馬をうまやに入れてかへつてくると、ドン、キホーテは二人の女に、鎧をぬがしました。けれども兜だけは、どうしてもぬぐことは出来ません。自分でむすんだ赤いひもを切りさへすれば、わけもなくぬげるのに、ドン、キホーテはそれをゆるしません。
仕方がないので一晩その兜をかぶつたままねることにしました。
あくる朝になりました。さあ御飯を食べる時となると、ドン、キホーテは兜のをがじやまになつて一人でうまく飲み食ひすることができません。そこで若い女の一人はドン、キホーテの口へ食物ををしこんでやるし、主人は、お酒を口の中へ、長いとひのやうなものをこしらへて流しこみました。主人も女もおかしく吹き出しさうでしたがやつとこらへてゐました。ドン、キホーテは得意さうな顔をして御飯をすましました。
さて、ドン、キホーテはお金を一銭も持つてゐませんでした。それで宿屋の主人を呼んで、
「わたしは騎士ですからお金を一銭ももつてこなかつた。」
といひました。
「それはまちがひです。たいていの騎士といふものは家来をつれてゐるものです。そしてその家来がお金を持つてゐるものです。もしも家来のない時は馬の鞍のうしろの小さいふくろの中へ入れておくものです。これから金がなくてはどこへもゆかれません。」
と宿の主人はいひました。
ドン、キホーテは
「わたしはまだ一度も騎士がお金をもつてゐるといふ話を読んだことがありませんので。」
と答へて、鎧をもつて宿屋の庭へ出てゆきそれを、うまやの、まぐさをけの上にをきました。
するとその晩、この宿屋に一人の馬車ひきがとまりました。馬車ひきは自分の馬にまぐさをやらうと思つて出てきますと、まぐさをけの上に鎧がをいてあるものですから大そうこまつてしまひました。
ドン、キホーテはその男が来たのを見て、
「だれだ、そこへ来たのは、あわて者め、その勇ましい武者修行者の鎧にさはつたら承知しないぞ。」
と叱りつけました。しかしその男は平気な顔をしてその鎧をつかんで投げすてました。これを見たドン、キホーテは、やりを持つてきていきなり、その男をなぐりつけました。男はかなはなくなつてにげ出しましたので、ドン、キホーテは鎧をひろつてまたそのをけの上にをきました。
するとまたほかの男がやつてきました。これを見たドン、キホーテはまたやりをふりあげて頭からぶちつけました。
……#003へ続く
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