ドン、キホーテ物語 #001
一
今から三四年も前のこと、スペインといふ国に、クイザノといふおぢいさんがすんでゐました。
このおぢいさんには一人の姪があつて家のことは何でもやつてもらひました。それからも一人下男がゐて畑の仕事をしたり、白い馬の手入をしたりしてゐました。
クイザノおぢいさんは自分の持つてゐる白い馬をたいそう力のつよい立派な馬だと思つてゐましたが、もうよほど弱つてゐました。
おぢいさんは何も仕事をするわけでもないたゞ毎日本をよんでゐました。その本といふのはおそろしいことを書いた本や勇ましいことを書いてある本でした。おぢいさんは小さい時からそんな話がすきでした。そして自分も立派な馬にのつて勇ましい働きをしたいと思つてゐました、
クイザノおぢいさんの家には古ぼけた鎧と兜とがありました。おぢいさんはそのさびれた鎧兜を出して毎日みがいたり、またつなぎ合せたりしました。
いよいよおぢいさんは仕度が出来上ると、一日も早く冒険に出たいと思ひました。そこで自分の白い馬にロジナンテといふ名をつけ、自分もドン、キホーテと名のることにしました。ところがも一つ忘れてゐることがありました。それは立派な騎士といふものは一人の女を主人にもたねばならぬといふことでしたので、ドン、キホーテも自分の村の近くから一人の美しい娘をもらつたつもりにして、ドン、キホーテはこの娘にダルシネア姫と名づけました。
やがてすつかり仕度が出来ると、ドン、キホーテは鎧をつけ刀をさげ、やるをもつて、白い馬のロジナンテに乗つていよいよ出かけました。
けれどもドン、キホーテはどの道を行けば自分の思つてる冒険をすることが出来るのか少しも分りませんでした。
だんだん進んでゆくと、もう日暮近くになりました。ドン、キホーテも馬もつかれてしまふと、一けんの宿屋が見えてきました。
ドン、キホーテはお話に書いてある通り小人が出てきて自分を迎へに出てくれるにちがひないと思ひました。けれどもだれも出て来てくれませんでした。
やがてドン、キホーテは宿屋の玄関へはいりました。すると二人の若い女が出てきました。女はドン、キホーテの変な様子を見て笑ひ出しました。
ドン、キホーテは大そう腹を立てましたけれども、宿屋の主人が出て来てわびをいひましたのでドン、キホーテもだまつてしまひました。この宿屋の主人は大変ふとつた体をしてゐましたが、ドン、キホーテのおかしなかくかうを見るとどうしても笑はずにゐられませんでした。けれども笑ひをかみころして、親切に、
「どうぞ馬からおおりになつておはいり下さいませ。」
といひました。
……#002へ続く
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