ドン、キホーテ物語 #003

 宿の主人はこれを見て大そうこましきした。すこしも早くドン、キホーテをおひ出したいと思ひました。そこでうまくだまして馬に鞍ををき出發のしたくをしてやりました。

 ドン、キホーテは、宿賃もはらはずに出ていつてしまひました。主人はドン、キホーテの後姿を見おくつて大変よろこびました。

 ある朝早く、ドン、キホーテは馬にのつてあるきながら思ひました。「ちよつと家へよつてお金とシヤツとをもつて来よう。」と、そこで、自分の村のラ、マンチヤの方へ向つて進みました。

 だんだん行くと暗い森の中へはいりました。すると森の奥から人の泣き声がきこえてきました。ドン、キホーテは「これはきつと助けをもとめてゐる泣き声にちがひない。」と思つて大いそぎでその泣き声のする方へかけつけました。

 ドン、キホーテがそこへつくと一匹の馬が木につないでありました。そしてほかの木に子供がなはでしばりつけられて、一人の百姓に散々ぶたれてゐました。

 ドン、キホーテはこれを見ると、

「おい百姓、お前はどういふわけで、自分を守ることの出来ない子供を打つのか。」

と叱るやうにいひました。すると百姓は、

「この子はわたしをごまかさうとするのです。わたしの羊をにがしてしまつたのです。」

と答へました。

 ドン、キホーテはその子供を助けてから半道も来ると、六人の男が大きな笠の下にかくれて進んでくるのにあひました。そのともには馬にのつた者が三人と歩いてゐる者が、三人ついてゐました。

 ドン、キホーテは、その人々の近づいてくるのをまちうけて、

「やあ、やあ、よくきけトボソのダルシネア姫より美しい女はこの世界に ゐないと思はないものは一足もここを通さぬ。」

といひました。

 その人たちは町の商人でした。

「わしらはそんな女の人を知らない。」と口々にいひました。

 ドン、キホーテは、

「なに知らない。あの美しい姫を知らないとはけしからぬ。さあ、かくごをいたせ。」

といひながらやりをふりあげて商人をぶたうとしました。

 この時馬は石につまづいて前へころびました。ドン、キホーテはころころと下へおちました。

 この間に商人共はうまく逃げてゆきました。

 そこへドン、キホーテをよく知つた村の人が通つたのでドン、キホーテを自分の馬にのせ、その馬をひいて村へかへつてきました。

 ドン、キホーテは家へつくとすぐねかされました。それから病気になつて長いあいだねてゐました。

  ……#004へ続く

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