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残酷童話集

ムーンの光

 一人の可愛らしい、女の子が居ました。名前はムーン。
 ムーンはいつも、真っ暗な夜空を見上げて思います。

 「あぁ、光輝く綺麗な夜空が見てみたい・・・。」

 人間の国の夜空は、真っ暗でした。星も無く、月も無い、真っ黒で空っぽな夜空。
 人間は暗い夜空を照らす変わりに、沢山の宝石を身に着けていました。キラキラと光輝く、美しい宝石。
 ムーンは思いました。

 「あの宝石を夜空に散りばめれば、きっと綺麗だわ。」

 ムーンは宝石を、夜空に投げてみました。しかし、宝石は夜空へは届かず、落ちて壊れてしまいます。

 「きっと偽物の輝きだから、ダメなのね。」

 ムーンは本物の輝く光を探しました。太陽の光を集め、夜空へと投げてみました。すると夜から、朝へと変わってしまいます。

 「太陽は朝にしか顔を出さないから、ダメなのね。」

 また失敗。
 次はどうしようかと悩んでいると、嬉しそうに話をしている、一人の男の子を見付けました。
 男の子は、夢について話していました。大人になったら、こんな風になりたいと話している男の子は、とても輝いていました。希望に満ち溢れ、 その瞳はキラキラと光輝いています。
 ムーンは思いました。

 「人間の夢は、とても綺麗に輝いているわ。人間の夢を夜空に投げてみようかしら。」

 ムーンは一人の人間の夢を、夜空へと投げてみました。すると夜空に、一つの光が輝き出しました。真っ暗だった夜空に輝く、一つの光。

 「綺麗!一番星!」

 それからムーンは、沢山の人間の夢を集めました。沢山集めて、沢山夜空に散りばめました。
 気が付くと、空っぽだった夜空は、沢山の光に埋め尽くされていました。真っ暗だった夜空は、沢山の夢で光輝いています。

 「綺麗!綺麗!」

 ムーンは喜びました。夜空に光輝く、人間の夢で出来た、沢山の星。
 夜空が星空に変わりました。
 空っぽだった夜空が埋まると、変わりに人間が空っぽになりました。夢を無くした人間は、ただの人形へと変わりました。
 ムーンは空っぽの人形を、海へと投げ捨てました。海の中も、空っぽだったからです。
 空っぽだった海の中に、沢山の人形が沈むと、今度は海の中が埋まりました。
 海の中は、投げ捨てられた人形の瞳から、真珠が出来ました。真珠は太陽に照らされると、キラキラと光輝きます。

 「綺麗!綺麗!海の中も綺麗になった!」

 ムーンは喜びました。
 夜は綺麗な夜空の星が輝き、朝は綺麗な海の真珠が輝く。ムーンはとても喜びました。
 しかし、人間が皆居なくなり、ムーンは一人ぼっちになってしまいました。
 一人ぼっちのムーンは、とても寂しくて仕方がありません。皆は一緒に夜空に居るのに、自分だけここに一人。

 「夢を戻せば、皆戻ってくるわ。でも変わりに、また夜空も海も、空っぽになってしまう。」

 ムーンは悩みました。
 皆の夢を戻して、また空っぽで真っ暗な夜空にしてしまうか、このまま綺麗な星空のままにして、一人で過ごすか。
 悩んでいると、ムーンはいい事を思い付きました。

 「そうだわ!私も皆の所に、行けばいいのよ!そうしたら、一人寂しくない。夜空も綺麗なままだわ!」

 ムーンの心は、喜びと嬉しさで、輝きました。眩しい位に、光輝いていました。
 ムーンはその輝きを、星空へと飛ばしました。
 星空の中に、大きな丸い光が輝きました。それはムーンの光で出来た、綺麗なお月様。星空の中に、月が生まれました。
 変わりにムーンは、空っぽになりました。空っぽの、人形になってしまいました。ムーンも人間だったからです。

 人形になってしまったムーン。その体を、海に捨ててくれる人は、誰も居ません。それでもムーンは、幸せでした。皆と一緒に居られる。誰よりも光輝ける。
 何かを手に入れる為には、何かを失ってしまう。しかし、それが本当に欲しい物なら、失ってしまっても幸せなのだと、ムーンは知りました。
 ムーンは皆と、光が散りばめられた夜空を見たかったのです。

 こうして夜空には、星と月が生まれ、海には真珠から、命が生まれました。
 ムーンは夜が来る度に、空から空っぽになった自分の人形の体を、見守り続けました。

 いつか新しく生まれた命が、海に捨ててくれる事を願って。


欲降る街

「女の子は如何?可愛い女の子を買いませんか?可愛い男の子も居ますよ。」

雪の中、寒い冬の風に吹かれながら、一人の少女が街行く人々に声を掛けます。

「女の子は如何?男の子も居ますよ。」

真っ白な息を吐きながら、行き交う男性、女性問わずに声を掛ける少女。

そんな少女の元に、一人の女性が近づき、尋ねて来ました。

「女の子と男の子、何に使ってもいいのかしら?」

少女は笑顔で答えます。

「えぇ、好きな様に使って貰って構わないわ。儀式の材料にするもよし、バラして臓器を売るもよし、観賞用として使うもよし、お客様のお好きな様に、どうぞ使って下さいな。」

すると女性は、小さなバックの中からサイフを取り出しました。

「一人お幾らかしら?」

少女は嬉しそうに答えます。

「物によって違いますが、質の良い物だと少し値が張りますよ。」

「構わないわ。商品を見せて頂けるかしら?」

女性がそう言うと、少女は笑顔で頷きました。

そして女性を、商品が置いてある場所へと案内をします。

商品は街から少し外れた所に建っている、建物の地下に在ると少女は言いました。

女性は少女に案内をされ、建物へと到着をすると、そのまま建物の中へと入って行きました。

建物は少し古びてはいましたが、それなりに小奇麗でした。

少女に案内をされるがまま、地下へと進んで行きます。

「この先の檻の中に、沢山の商品が有ります。どうぞ好きな子を選んで下さい。」

女性は少女に言われた通り、地下の奥へと進んで行きました。

少女は女性の背中を見送ると、建物の外へと出ます。

外へ出ると、早速人通りの多い場所へと行き、再び街行く人々に声を掛けました。

「女の子は如何?可愛い女の子を買いませんか?可愛い男の子も居ますよ。」

すると今度は、一人の男性が少女に近づきました。

「どんな子が居るのかね?」

男性の質問に、少女は笑顔で答えます。

「色んなタイプの子が居ますよ。どうぞよければご覧下さい。案内をします。」

少女は男性を、あの建物へと案内しました。

しばらくすると、また少女は戻って来ます。

しかし、建物の中へと入った女性も男性も、戻っては来ません。

少女はまた笑顔で、街行く人々に声を掛けました。

「女の子は如何?可愛い女の子を買いませんか?可愛い男の子も居ますよ。」

雪の降る街中に、少女の声が響きます。

その声に吸い寄せられて来る、大人達。

少女に案内をされ、建物の中へと入っていった大人達は、誰一人戻っては来ませんでした。

只、少女の声に耳を傾けた大人達は、皆高価な物を身に付けたお金持ちばかりだったそうです。


それは欲深い大人と、欲深い子供達のお話でした。


笑顔

 森の中に、一軒の小さな家が在りました。その家の中には、5人の子供達が暮らしています。
 いつも元気な男の子、トビー。少し慌てん坊の女の子、エイミー。物静で臆病な男の子、マイク。気が強くてしっかり者の女の子、ミシェル。そしてもう一人。いつも笑顔を絶やさない女の子、マナ。
 子供達は、皆仲良く暮らしていましたが、マナだけは、他の皆とは少し違っていました。
 皆が一緒に遊んでいる時も、一緒に食事をしている時も、そして一緒に眠る時も、マナは少し離れた所から、皆をニコニコと笑顔で見つめているだけ。決して皆と一緒に、遊んだり、食事をしたりしませんでした。
 いつも一人で食事をし、遠くから皆が遊ぶ姿を、ただ見つめるだけ。夜眠る時も、少し離れた場所から、皆の寝顔をそっと見つめているだけでした。ニコニコと、いつも笑顔で。何よりマナは、一度も喋った事がありませんでした。
 そんなマナの事を、他の皆は少し気味が悪いと思い、余り話し掛けようとはしませんでした。
 トビーが言います。

 「マナは何を考えてるのか分からないから、不気味だ。」

 すると、エイミーも言います。

 「マナはきっと、何かを企んでいるのよ。」

 今度はマイクが、小声で言いました。

 「マナは僕等が寝ている時、呪いをかけているんだよ。」

 それを聞いて、ミシェルが言います。

 「馬鹿馬鹿しいわ。マナは恥ずかしがり屋なだけよ。」

 ミシェルの言葉に、トビーは噛み付く様に言いました。

 「だったら、明日皆で木の実を摘みに行く時、ミシェルがマナを誘えよ。」

 「いいわよ。簡単よ。」

 自信満々で答えるミシェルに、エイミーとマイクは、不安そうにお互いの顏を見つめます。

 「話し掛けて大丈夫?一度ミシェルが話し掛けようとした時、マナは逃げ出したじゃない。」

 心配そうな顏でエイミーが言うと、マイクは不安気な顏のまま、続いて言いました。

 「そうだよ。きっとマナは、呪いをかけているのがバレたと思って、逃げ出したんだよ。」

 ミシェルは二人の言葉を鼻で笑うと、更に自信満々な態度で言います。

 「だから、マナは恥ずかしがり屋なだけだって言っているでしょ?今度はマナが怯えない様に、優しく話し掛けるから大丈夫よ。あの時は少し口調が強かったから、逃げ出してしまったのよ。」

 「よし、だったら明日、ちゃんとミシェルがマナを誘えよ。」

 再び噛み付く様にトビーが言うと、ミシェルは大きく頷きました。

      ◆+◆+◆+◆+◆+◆+◆+◆

 次の日の朝、皆は木の実を摘みに行く為の、仕度をしています。
 相変わらず、少し離れた所から、皆の様子をニコニコと笑顔で見つめているマナ。そんなマナの元に、ミシェルはそっと近づきました。

 「マナ、貴女も一緒に行かない?」

 ミシェルはニコリと小さく笑いながら、優しい口調で言いました。
 マナは笑顔のまま、少し首を横へと傾げると、その後更に笑顔を見せ、小さく頷きます。

 「そう、行くのね。よかった。」

 マナの言葉の無い返事を聞き、ミシェルは嬉しそうに微笑みました。 
 ミシェルは他の皆の所に戻ると、自信満々な態度で言います。

 「マナも一緒に行くわ。ほら、今度はちゃんと誘えたでしょ?マナも逃げ出さなかったわ。」

 自慢げに言うミシェルとは裏腹に、マイクは不安そうな顏で言いました。

 「本当にマナも一緒に来るの?大丈夫かなぁ・・・。」

 「何が大丈夫なの?」

 不思議そうにエイミーが尋ねると、マイクは声を小さくして言います。

 「ほら・・・呪いが・・・。」

 少し離れた所で仕度をしているマナを気にしながら、ヒソヒソと内緒話をする様に言ってくるマイクに、トビーは大笑いをしました。

 「はははっ!お前は本当に臆病者だな。呪いなんて馬鹿げたモノ、ある訳ないだろ。」

 大きな声で、笑いながら言うトビー。慌てるマイクを余所に、ミシェルも可笑しそうに笑い出しました。

 「だから、マナは恥ずかし屋なだけよ。」

 「でも、何を企んでいるのか分からないわ。流石に呪いは無いと思うけど。」

 エイミーも、クスクスと小さく笑います。

 「そんな事より、早く行かないと日が暮れちまう。夜の森は危険だ。出発しよう!」

 笑うのをピタリと止め、トビーが元気よく言うと、他の皆も笑い声を止めました。

 「そうね。早く出発しましょう。」

 ミシェルはマナも仕度を終えた事を確認すると、早速皆で木の実が生っている森へと、向かう事にしました。

      ◆+◆+◆+◆+◆+◆+◆+◆

 バックの中には、パンとクッキーと水が入った水筒。それから木の実を入れる袋に、怪我をした時に塗る薬草。狼を追い払う為の空砲銃を、肩にぶら下げたトビーが先頭に、向かうは赤くて甘い実が生る森の奥。
 森の奥は、家の周りの木よりも大きな木が沢山生え、右も左も同じ様な景色ばかり。迷路の様な森の奥に迷わないよう、二番手のエイミーが、可愛い赤いリボンを木の枝に縛り、帰り道への目印を付ける。帰る時は、リボンを拾いながら帰るのが、いつものやり方。
 今日もエイミーは、途中途中、木の枝に赤いリボンを付けて行きます。しかし、今日はいつもと違って、マナも一緒。皆が木の実を摘みに行く時は、マナは笑顔で見送るだけでした。

 「いい?この赤いリボンを目印に、帰るのよ。」

 初めて木の実を摘みに行くマナに、ミシェルは優しく教えます。

 「それから、狼が出たらトビーを呼ぶのよ。トビーが追い払ってくれるから。」

 ミシェルの説明を聞いて、マナは笑顔で頷きました。

 「リボンは取らないでね。私が取るんだから。」

 横からエイミーが言うと、マナはまた笑顔で頷きます。

 「いいか、狼が出たら走るなよ。走ったら追い掛けて来る。走らずに俺を呼ぶんだ。」

 トビーも言うと、マナはまた笑顔のまま頷きました。マイクは少し怯えながら、マナの後ろを無言で歩くだけです。
 いつもなら、マナは少し離れた所で皆を見ているだけですが、今日はマナは皆の近くに居ました。その事が、皆はとても不思議で、妙な気分になってしまいます。いつもと違う環境に、違和感を覚えていました。

 「きっと良くない事が起きる・・・。」

 誰にも聞こえない位小さな声で、マイクはポツリと呟きました。

      ◆+◆+◆+◆+◆+◆+◆+◆

 目的地へと到着をすると、皆は一斉に周りを見渡しました。
 大きな木々の間から、赤い実が付いた小さい木々が、沢山生えています。

 「よかった、沢山有る!まだ小鳥達に採られてなかったね。」

 嬉しそうにエイミーが言うと、トビーも嬉しそうな顏で、元気よく言いました。

 「よし!皆袋一杯持って帰るぞ!」

 皆は一斉に、赤い木の実の飛び付き、次々と実を摘んで集め始めます。時々摘み食いをしながら、黙々と集めました。マナもニコニコと笑顔で、木の実を摘んでは、袋の中へと入れていました。
 赤い木の実は、そのまま食べても甘くて美味しい実です。だけどお鍋でグツグツと煮て、ジャムにするともっと甘くなり、パンに塗って食べるととても美味しく、皆の好物でした。だから皆は、沢山沢山集めます。
 集めていると、皆は徐々に離れた場所へと、移動をし始めました。木の実は採ってしまえば、無くなってしまう。だからまだ実が生っている場所へと、移動をするのです。
 気付けば皆、バラバラの場所に居ました。

 「おーい!皆大丈夫かー!」

 大きな声で、トビーが叫びました。

 「大丈夫よー!」

 ミシェルも大きな声で、返事をします。続いて、エイミーとマイクも、大きな声で返事をしました。
 姿は見えませんが、声はちゃんと聞こえるので、それ程遠くへは行っていない事が分かり、トビーはホッと安心をします。しかし、マナだけ返事が無い事に気付き、トビーは少し慌てた様子で、マナの名前を叫びました。

 「マナー!マナー!どこに居るー!」

 何度マナの名前を呼んでも、返事が帰って来ません。トビーはマナを探そうと、キョロキョロと辺りを見渡します。すると、少し離れた木々の間から、ヒョッコリと一本の腕が飛び出して来ました。

 「マナか?」

 トビーは腕が飛び出ている所まで走って行くと、そこには嬉しそうな笑顔で、袋一杯に木の実を詰めている、マナの姿がありました。

 「マナ!何度も呼んだだろ!返事くらいしろよ!」

 ムスッと膨れた顏をして、トビーが言うと、マナはニコニコと笑顔で、袋を差し出して来ました。袋は今にも弾けそうな位、パンパンに膨れ上がり、中には木の実がギッシリ詰っています。

 「凄いな!お前1人で集めたのか?」

 怒っていた筈なのに、袋一杯の木の実を見たトビーは、驚きながらも嬉しそうに言いました。マナが笑顔で頷くと、トビーは更に嬉しそうに、ハシャギ始めます。

 「凄いな!凄いな!こんなに一杯、もう集めたのか!ジャムが沢山出来るぞ!」

 トビーはその場でピョンピョンと飛び跳ねると、ぶら下げていた空砲銃を、高く掲げました。そして勝利の雄叫びの様に、勢いよく引き金を引きます。
 ドンッと言う銃声が森中に響いた瞬間、木々の間に隠れていた鳥達が、一斉に羽ばたきました。
 銃声を聞いた、エイミーとマイク、それにミシェルは、ピタリと手が止まり、慌てて周りを見渡します。

 「狼だわ!狼が出たんだわ!」

 エイミーは急いで袋を担ぐと、最初に居た場所へと走って戻ろうとしました。

 「狼だ・・・。ど・・・どうしよう・・・。」

 マイクはその場に腰を抜かしてしまい、身を隠そうと、近くの茂みの中に、ズルズルとお尻を引き摺って隠れました。

 「狼?いいえ、声がしなかったもの。きっとトビーがハシャイで撃ったのね。」

 ミシェルは呆れた顏をすると、再びその場で、木の実を摘み始めます。
 3人は、それぞれ違う行動をしました。

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 急いで戻ろうと、必死に走っているエイミー。しかし、途端にその足は、ピタリと止まりました。

 「あれ?ここ、どこ?」

 慌てていたせいか、気付けば見覚えの無い場所にいる事に、気付いたのです。

 「どうしよう、反対方向に走っちゃったのかな?」

 エイミーはキョロキョロと辺りを見渡し、目印の赤いリボンはないかと、探しました。しかし、どんなに見渡しても、見えるのは大きな木ばかり。茶色と緑色しか目には映らず、赤いリボンどころか、赤い実さえも見当りません。

 「そうだわ!来た道をまた戻ればいいのよね!」

 エイミーは再び走り出し、来た道を戻ろうとしました。途中赤い色はないかと、探しながら。
 しばらく走っていると、遠くの方に、赤い色を見付けました。その瞬間、エイミーは笑顔になり、安心します。

 「見付けた!あそこね!」

 勢いよく、遠くに見える赤い色を目掛け、走りました。赤い色だけを見つめ、走って、走って、走っていると、突然地面が無くなりました。

 「え?」

 気付いた時には、エイミーの体は、真っ逆さまに落下していました。エイミーは宙を舞いながらも、必死に目に映る赤い色を掴もうと、手を伸ばします。しかし、下に落ちるに連れ、赤い色はどんどん遠ざかって行きました。そしてどんどん、大きくなって行きます。
 エイミーの体が空へと向いた瞬間、エイミーは赤い色の正体を知りました。

 「なんだ・・・。太陽だったのね・・・。」

 気付けば太陽は傾き、夕日になっていました。夢中になって木の実を集めていたせいで、時間を忘れていたのです。エイミーが見た赤い色は、夕日に照らされた空の隙間でした。
 赤い色だけを見ていたエイミーは、足元を忘れてしまい、崖から落ちてしまいました。崖の下には、エイミーの真っ赤な血が、太陽の様に丸く広がりました。

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 太陽が傾いている事にも気付かず、ミシェルはまだ頑張って、木の実を集めていました。お昼のパンを食べる事も忘れ、一生懸命集めています。すると、とたんにお腹がグーグーと鳴る音がしました。

 「そう言えば、お昼をまだ食べてなかったわね。」

 初めてお腹が空いている事に気付くと、ミシェルは少し一休みをしようと、バックの中からパンを取り出します。

 「他の皆はちゃんと食べたかしら?」

 皆の事を気にしながらも、ミシェルはその場に座り込むと、美味しそうにパンを食べ始めました。水筒を取り出し、水も飲むと、最後にクッキーを食べます。

 「美味しかった!」

 お腹が一杯になり、満足そうに微笑むと、再び木の実を集めようとしました。すると近くの茂みの中から、ガサガサと物音が聞こえてきました。ミシェルは不思議そうに、物音がした茂みの方を見つめます。しばらく見つめていると、またガサガサと、物音が。

 「さてはトビーね。」

 トビーの悪戯だと思ったミシェルは、呆れた顏をしながら、強い口調で言いました。

 「トビー、いい加減にしなさい。さっきも銃を撃ったでしょう?悪戯も過ぎると、怒るわよ。」

 茂みに向かって言うも、何の返事も帰ってきません。腹が立ったミシェルは、乱暴に茂みに向かって、水筒を投げ付けました。

 「トビー!」

 投げた水筒が、何かに当たった音がすると、ミシェルは再びトビーの名前を、怒鳴る様に呼びます。すると茂みの中から、トビーではなく、鋭い牙を向いた狼が、ゆっくりと姿を現しました。

 「狼!」

 ミシェルの顏は、真っ青になってしまいます。トビーだと思っていた物音は、狼が近づいて来ている物音だったのです。

 「鳴き声が聞こえなかったわ・・・。どうしよう・・・。」

 ミシェルは震えながら、その場にジッと身構えました。

 「トビーを呼ばなくちゃ・・・。トビー!トビー!!」

 ミシェルは何度も、大声でトビーの名を叫びました。しかし、どんなに叫んでも、どんなに呼んでも、トビーの返事は聞こえてきません。狼は鋭い目付きで、ミシェルの姿をジッと睨む付けています。

 「どうしよう・・・。水筒が当たったから、怒っているのね。ごめんなさい、ごめんなさい。」

 ミシェルは狼に向かい、必死に何度も謝りました。しかし、狼はミシェルを睨み付ける事を止めず、唸り声を上げています。その顔はとても恐ろしく、餓えた表情でした。
 狼の表情を見て、ミシェルは辺りが薄暗くなり始めている事に気付くと、ハッと足元に落ちている、パンくずに目をやりました。

 「もう狩りの時間。パンの匂いのせいで・・・。」

 狼が狩りをする時間に、香ばしいパンを食べてしまったせいで、匂いに釣られてやって来た事に、ミシェルは気付きました。そして空腹の狼に、水筒を投げ付け怒らせてしまったのです。

 「そんな・・・。だって声がしなかったもの・・・。」

 狼は勢いよくミシェルに飛び付き、鋭い牙で、ミシェルの喉を噛みちぎりました。そのままミシェルは、狼に食べられてしまいました。

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 ずっと茂みの中で、体を真丸くさせて隠れていたマイクは、トビーの名前を叫ぶミシェルの声を聞きました。その叫び声を聞き、マイクは益々怯えてしまいます。

 「やっぱり・・・狼だ・・・。狼が出たんだ・・・。」

 怖くて、その場から動く事が出来ないマイク。それでも何とかして、皆の元へと戻ろうとしました。1人薄暗い所に居る方が、もっと怖かったからです。
 マイクは恐る恐る、茂みの中から外の様子を窺いました。外はもうすっかり日が沈み、辺りは真っ暗になっています。

 「もう夜になってしまっている・・・。」

 暗闇が怖いマイクは、また茂みの奥へと隠れてしまいます。

 「やっぱり呪いなんだ・・・。マナの呪いなんだ・・・。マナなんかを連れて来たせいで・・・。」

 ブツブツと震えた声で呟いていると、遠くからトビーの声が聞こえてきました。トビーはマイクの名前を、必死に呼んでいます。

 「トビーだ・・・。迎えに来てくれたんだ。」

 マイクは嬉しそうな顏になると、一気に安心をし、急いで茂みの中から出ました。

 「トビー!」

 マイクは精一杯大きな声で、トビーの名前を呼びました。

 「マイクー!」

 マイクの声に答える様に、トビーの声が聞こえてきます。

 「トビー!ここだよー!」

 マイクは大声でトビーの名前よ呼びながら、両手を大きく振りました。
 マイクの姿に気付いたトビーは、勢いよく走って、マイクの元まで駆け付けます。トビーに見付けて貰えたマイクも、嬉しそうに走って、トビーの元へと行きました。

 「トビー!よかった!よかった!」

 トビーと会う事が出来て、マイクはポロポロと涙を流しながら、喜びました。しかし、トビーの顏は暗く沈んでいます。

 「トビー、どうしたんだい?他の皆は?」

 不安そうにマイクが聞くと、トビーは顏を俯けながら、言いました。

 「他の皆は・・・。」

 いつも元気なトビーが、珍しく暗い顏をしている事に、マイクの不安は更に大きくなります。

 「他の皆は・・・。死んでいたんだ。エイミーは崖から落ちていて・・・ミシェルは狼に襲われて・・・。」

 「そんな・・・。」

 トビーから知らされた2人の死に、マイクは大粒の涙を流しました。泣きながら、トビーに尋ねます。

 「何で?何で2人は死んでしまったの?木の実を摘みに行く事なんて、いつもの事だったのに・・・。慣れていた筈なのに・・・。」

 「分からないよ・・・。」

 俯いたまま答えるトビー。
 薄暗いトビーの後ろから、幽霊の様にマナの姿が見えると、マイクの心臓は飛び跳ねました。

 「マナ・・・。マナも居たんだね・・・。」

 震えた声でマイクが言うと、トビーは顏を上げ、小さく微笑みながら言いました。

 「うん。マナは俺と一緒だったからな。無事だったんだ。」

 「マナ・・・。」

 マイクの足は、ガクガクと震え始めてしまいます。

 「どうした?震えているぞ。」

 心配そうに声を掛けるトビーでしたが、マイクの耳には届きません。マイクはただ、ジッと、震えながらマナの顏を見つめているだけでした。

 「やっぱり・・・マナの呪いなんだ・・・。」

 怯えながら言うマイクの言葉に、トビーは半分呆れた顏をして言います。

 「お前、まだそんな事言っていたのか?呪いなんてもん、ある訳ないだろう。」

 するとマイクは、今までで一番大きな声を出し、叫びました。

 「だったら、何でマナは笑っているんだ!エイミーとミシェルが死んでしまったのに、何で笑っているんだ!!」

 怯えた瞳で見つめるマナの顏は、笑顔でした。いつもと変わらない、いつもと同じ、ニコニコと笑顔で、トビーから少し離れた場所に居ました。

 「何言っているんだ。マナが笑顔なのは、いつもの事だろう。こう言う奴なんだ。不気味だけどな。」

 少し戸惑いながらも、トビーは言います。しかし、マイクの体は更に震え、少しづつ後ろへと下がりながら言いました。

 「違うよ・・・。呪いが効いたから、喜んでいるんだ・・・。僕は・・・僕は死にたくない・・・。」

 そのままマイクは、後ろを振り向き、逃げる様に、その場から走り去って行ってしまいました。

 「マイク!どこに行くんだ!夜の森に1人は危険だ!!」

 慌ててトビーはマイクを追い掛けようとしましたが、真っ暗な闇が、マイクの姿をすぐに消してしまいます。何度マイクの名前を呼んでも、返事は帰ってきません。暗い森の中、トビーはマナと2人、取り残されてしまいました。
 茫然と佇むトビー。いつもと同じ様に、木の実を摘みに来ただけなのに、何故こんな事になってしまったのか、トビーには分かりませんでした。ただ1つ、違う事と言えば、マナも一緒に来ていると言う事だけ。しかし、マナは何もしていません。マナは誰よりも沢山、木の実を集めていただけでした。いつもの様に笑顔で。

 「どうして・・・。こんな事になってしまったんだ・・・。」

 ポツリとトビーが呟くと、後ろからマナに、肩を軽く叩かれました。

 「何だよ?」

 不機嫌そうに言うと、マナは笑顔で、トビーが肩にぶら下げている空砲銃を、指差します。

 「何だよ?不気味な奴だな。」

 無言で笑顔のまま、指を差して来るマナは、いつも以上に不気味に思えました。しかし、そこに言葉が加わると、何故かもっと不気味に思えてしまいます。

 「銃。」

 たった一言、マナは笑顔で言いました。
 初めて喋ったマナに、トビーは驚きます。マナに言われた言葉の事も忘れ、ただ驚きました。

 「お前、喋れるのか!だったらなんで返事をしなかった!」

 驚きながらも、怒鳴りつける様にトビーは言います。しかし、マナはトビーの言う事等気にせず、笑顔のまま、空砲銃を指差して、また言いました。

 「銃。」

 たった一言だけ。

 「銃が・・・何だよ?」

 笑顔で一言だけ言って来るマナが、とても不気味に感じたトビーは、少しマナの側から離れました。
 マナはニコニコと笑顔で、トビーの持つ空砲銃を指差し、首を少し横に傾けて言います。

 「貴方が撃ったせいで、皆死んじゃったね。マイクももう、帰って来れない。」

 今度は沢山。

 「撃ったって・・・。俺が銃を撃ったせいなのか?何で?どうしてだ?」

 トビーは今にも泣きそうな顏をしながら、マナに問い掛けました。それはマナが不気味に思えるからだけではなく、胸に不安を感じたからです。

 「マナは知ってるよ。沢山皆を見て来たから。知ってるよ。」

 ニコニコと笑顔で言って来るマナ。それからマナは、笑顔のまま、淡々話し始めました。

 「慌てん坊で赤い色が好きなエイミー。銃声を聞いて、狼が出たと思って慌てて逃げ出した。慌て過ぎて崖から落ちちゃった。臆病者で暗闇が怖いマイク。銃声を聞いて狼が出たと思って、怖くて隠れた。でも真っ暗になっちゃって、また怖くて逃げ出した。呪いだと勘違いして逃げ出した。しっかり者で気が強いエイミー。銃声が聞こえたけど、トビーの悪戯だと思った。ちゃんとお昼を食べて、しっかり休憩したけれど、本物の狼をトビーと間違えて食べられちゃった。いつも元気なトビー。元気過ぎて、日が暮れている事も気付かずに、マナの袋に大喜び。喜び過ぎて、空砲銃を撃っちゃった。ねぇ、皆が死んじゃったのは、誰のせい?」

 トビーはマナの話を聞いて、大粒の涙を流しました。流しながら、震えた声で言います。

 「俺のせいだ・・・。」

 マナは優しくトビーの頭を撫でると、笑顔で言いました。

 「そうだね。」

 マナはトビーの頭から手を退けると、そっとその場から離れて行きました。そしてトビーを残し、1人どこかへと行ってしまいます。
 残されたトビーは、泣きながら、ズボンのポケットに1つだけ入れていた、実弾を取り出しました。実弾を銃の中へと入れると、銃口を口にくわえ、そのまま引き金を引きました。森中に、再び銃声が響きます。今度は本物の、銃弾の銃声が。

      ◆+◆+◆+◆+◆+◆+◆+◆+◆

 マナはニコニコと笑顔で、森の中を歩いていました。帰りの目印の赤いリボンを拾いながら、森の中を笑顔で歩きます。笑顔で、家へと向かいます。

 「マナは知ってるよ。いつも笑顔で皆の事を見ていたから。」

 ニコニコと笑顔で、赤いリボンを頼りに、家へと帰ります。

 「マナは知ってるよ。一番怖いモノ。」

 ニコニコと笑顔で、家へと到着をすると、誰も居ない家の中へと入りました。

 「マナは知ってるよ。ここはマナの家。皆はここに捨てられた子。」

 ニコニコと笑顔だったマナの顏から、初めて笑顔が消えました。初めて笑顔が消えたマナの顏は、無表情でした。

 「マナは知ってるよ。皆がパパとママを殺して、ここに居座った事。」

      ◆+◆+◆+◆+◆+◆+◆+◆+◆

 「マナは知ってるよ。笑顔が一番怖い事を・・・。」


氷のお姫様

ずっと北。

ずっとずっと北の方にある、ある国では、一年中雪が降っていました。

毎日毎日雪ばかりが降る国。そんな国には、氷で出来た大きなお城がありました。

お城は中も外も氷で出来ているため、お城に住む人たちは、いつも洋服を何枚も重ねて着て、体が冷えないように暖かくしていました。

氷のお城には、一人の可愛らしいお姫様が住んでいました。

お姫様は、体をいつも冷やしておかなければ、体温がどんどんと上がり、やがてその小さな体は燃えてしまうという、不思議な不思議な奇病にかかっていました。

だからお城は中も外も、全て氷。

常にお姫様の体を冷やさなければなりません。

ある日の事、お姫様はいつものように、朝目が覚めると体を冷やすために、氷水のお風呂に入っていました。お姫様のお世話をしているメイドたちは、皆もこもこの分厚い服を何枚も来ています。

「はぁ・・・あなたたちはいいわね。体を温める事が出来て。」

お姫様はため息交じりに言います。

たとえ体を冷やさなくてはならないとは言え、氷水のお風呂が寒くないわけではありません。

人より少し、冷たい程度に感じます。しかし、それでも暖かいぬくもりと言うものに、お姫様は憧れます。

「はぁ・・・私も素敵な毛皮のコートを着てみたいわ。」

お姫様はまたため息交じりに言いました。

「お姫様は、こんなに寒くても薄くて素敵なドレスを着られるではありませんか。」

一人のメイドが、お姫様をなだめるように言いました。

「そうですよ。お姫様は白くて美しい肌を、みんなに見せびらかす事が出来るではありませんか。」

別のメイドもなだめるように言います。

「それもそうね。」

お姫様は、二人の言葉に納得をしました。

朝食を終えると、お姫様は町へと出掛けて行きました。

一日二回、お姫様は必ず町へと出掛けます。その理由は、他所から来た旅人の話を聞くためでした。

一年中冬のこの国は、町から出ない限り、他の季節を知る事が出来ません。お姫様は、決して味わう事の出来ない、他の季節の話を聞くため、毎日一日二回、町へと出掛けています。

一日二回と決まっているのは、例え雪国で寒かろうと、お姫様の体は、氷のお城の中にいなければ、どんどん上がってきてしまうからです。

町に下りると、広場には沢山の人だかりが出来ていました。お姫様は不思議に思い、人だかりへと行きます。

「それでいて、香しいかおりがするのだよ。」

広場の中心には、一人の男の旅人が、両手を大きく広げながら、周りの人たちに話していました。お姫様も、旅人の話に耳を傾けます。

「沢山の種類の鳥もいる。花も沢山の種類の花が咲き、色とりどりの世界。こんなに着こまなくても平気なんだ。暖かくて、昼時は穏やかにみんな外でランチを食べる。」

皆は、興味津々に旅人の話を聞きます。

旅人は、春について話していました。

「あの方はどこからいらしたの?」

お姫様は、お付きの兵士に聞きました。

「どうやら東の方から来たようです。」

兵士は答えます。

「東はそんなに暖かいの?」

またお姫様が質問をすると、お姫様に気づいた旅人が答えました。

「これはこれは、可愛らしいお姫様。えぇ、とても暖かいですよ。それだけじゃない、綺麗な花も動物もたくさんいる。」

「花も、動物も?素敵、見てみたいわ!!」

「ならば今度、遊びにいらして下さい。」

旅人の言葉に、お姫様は悲しそうな顔をしました。

「姫は病のため、暑いところへはいけません。」

兵士が答えると、旅人は残念そうにします。

「でも私、春を見てみたいわ。そんなに素敵な場所、ぜひ見てみたいわ。」

お姫様の言葉に、旅人は嬉しそうに笑顔を見せました。

「それならば、見せてあげましょう。東へと行かなくとも、春をお見せします。」

「本当に?なら、ぜひお城へ来て。」

お姫様は、旅人をお城へと招きました。

お城の中へと入った旅人は、余りの寒さから体が凍えて震えます。

「なんと寒い・・・。」

お姫様は慌てて毛皮のコートを、旅人に渡すよう命じました。

「こうも寒くては、手が動かない。暖炉を焚いてはくれないだろうか?」

旅人の頼みに、誰もが口を閉ざし、首を横に振りました。

「そんなことをしたら、私の体温が上がってしまうわ。申し訳ないけど、我慢をしてちょうだい。」

お姫様は自分の奇病のことを、旅人に話すと、旅人は悲しそうな目でお姫様を見つめます。

「おぉ・・・なんと可愛そうに。それならば、なおのこと春をお見せしなければ。」

旅人は、お姫様に大きな氷の塊を用意するよう、頼みました。

旅人に言われた通り、お姫様は大きな氷の塊を用意すると、旅人は鞄の中から沢山の道具と取り出し、を削り始めました。

「いったい何を始めるの?」

不思議そうにお姫様が訪ねると、旅人はせっせと氷を削りながら答えます。

「今春を作っているところです。完成までお茶でもしてお待ちください。」

「春を?春は氷で作れるの?」

「えぇ。暖かさは伝わらないかもしれませんが、見る事は出来ます。」

旅人は、ひたすら氷を削り続けました。

お姫様が春が完成するまで、隣の部屋で冷たいお茶を飲みながら待っていました。すると、隣の部屋の扉のドアが開きます。

「お姫様、完成しました!!」

旅人の掛け声に、お姫様は嬉しそうに笑顔で言います。

「本当に?早く見せて。」

お姫様は、駆け足で隣の部屋へと行きました。大きな氷の塊は、見事なまでに氷の彫刻へとかわり、春を映し出していました。

美しい花の木々に、沢山の鳥がとまり、池の周りには沢山の動物が、水を飲む姿があります。

初めて見る春に、お姫様の瞳は輝きました。

「素敵!!これが春なのね!!なんて素敵なの!!」

喜ぶお姫様の姿に、メイドも兵士もとても嬉しそうです。

冷たく寒い冬しか知らなかったお姫様が、初めて冬以外の季節、春をしりました。

お姫様は旅人にお礼をすると、旅人はまた東へと帰っていきました。氷で出来た春は、お城の中が寒いため、溶けることはありません。まるで永遠に続く春のように佇み、お姫様もまた、飽きもせずに延々と眺め続けていました。しかし、お姫様はある事に気が付きます。

「この春、色がないわ。」

氷で出来た春は、当然透明で、色彩などありません。

確かに初めて見る動物などがいて、とても美しい。だけど、これでは春の色が分からない。そう思ったお姫様は、再び旅人をお城へと招待しました。

「お姫様、どのようなご用件で?」

旅人が訪ねると、お姫様を氷の春を指さします。

「この春には色がないわ。色をつけてちょうだい。」

「色・・・ですか。」

旅人は困りました。氷に色をつけることなど、出来ません。

「そうだ!!」

旅人は、今度は沢山の水飴を用意するように頼みました。

お姫様は沢山の水飴を用意すると、旅人は今度は飴をこね始めます。時々持参していた様々な色の粉を混ぜながら、こねこねと作り始めました。

完成したのは、見事な飴細工で出来た春でした。氷の春とは違い、色が沢山あり、とてもカラフルで、見ていて暖かみを感じます。

「素敵!!これが春の色なのね!!なんて綺麗なの!!」

お姫様は大喜びをしました。

飴細工で出来た春は、やはりお城の中が冷たいため、溶けることはありません。しかし、これだけではお姫様の心は、満たされなくなってしまいました。

今度は「匂いが欲しい。」と願い、旅人はまた東まで帰ると、花から出来た香水をお城へと持ってきて、飴細工の春にふりかけました。

「なんて香しい匂いなの!!素敵!!」

お姫様はまた喜びます。

今度はどれだけ暖かいかが知りたいと言い出すと、周りの者たちが慌ててお姫様を止めました。

「いけません!!お姫様の体が燃えてしまいます!!」

「いけません!!お姫様が死んでしまいます!!」

沢山のメイドや兵士は、お姫様を止めました。しかし、お姫様は言う事を聞こうとはしません。

「私は連れて行って!!東へと、連れて行って!!本物の春が見たいわ!!」

「しかしお姫様、それではお姫様の体が持ちません。東へと行く前に、燃えつきてしまいます。」

「ならばここを!!春に!!」

お姫様は、旅人の鞄からマッチを取り出すと、何本もマッチに火を付け、そこらじゅうに放り投げます。

火は紙に燃え移ると、一気に大きくなり、氷のお城を溶かし始めました。お城の者は、慌ててお城から逃げ出します。

「あぁ!!暖かいわ!!とっても暖かい!!これが春なのね!!」

燃え上がる炎とともに、お姫様の体も燃え上がります。

「暖かい!!暖かいわ!!」

お姫様の叫びとともに、炎は全てを飲み込みました。そしてお姫様の体も飲み込まれ、溶けた氷の大量の水が、町へと流れ込みました。

全ての火が消えるころには、町の雪は水で溶かされ、白く包まれていた木々が顔を出していました。

お姫様の体は、灰となり、風に舞うと、木々に付着し、そこから小さな芽を生み出しました。

次の年、北の国に、初めて春が訪れました。


運命の子

 一つの小さな島がありました。島は森の町と海の町、二つに分かれています。森の町、海の町の人々が出会い、交わる事は決してありませんでした。何故なら昔からの予言で、森の住民と海の住民が出会えば、悲劇が起きると言われてきたからです。だから二つの町の人々は、それぞれの存在を恐れていました。

 嵐の夜、月が真っ赤に染まる夜、森の町では一人の女の子が産まれました。森の町の女王の子。お姫様が産まれたのです。女の子はリースと名付けられました。しかし、森の予言者はリースの誕生に、不吉な言葉を漏らしました。

「赤い月の夜に産まれた子は、災いをもたらす。」

 誰もが怯えました。しかし、女王である母親は予言など戯言と、聞き入れませんでした。

 同日、嵐の夜。赤い月が浮かぶ夜に、海の町でも元気な男の子が産まれました。男の子の父親は、町の独裁者。王子様が産まれたのです。王子様はユノンと名付けられました。しかし、海の予言者もまた、不吉な言葉を漏らします。

「赤き月の夜、産まれる子は絶望をもたらす。」

 予言者の言葉に、独裁者である父親は我が子を恐れ、町から少し離れた塔に、ユノンを幽閉する事にしました。

 こうして同じ日に産まれた、お姫様と王子様。お姫様は森の中、沢山の動物や人々に支えられながら、すくすくと美しく育っていきました。対する王子様は、寂れた塔の中、世話の者に育てられながら、自ら様々な知識を身に付けようと勉学に励み、賢く美しく育っていきました。

 リース、ユノンが十一歳の誕生日を迎える日。森の町ではリース姫の誕生祝で、盛り上がりを見せていました。対する海の町では、ユノン王子の誕生日を祝う者など誰もおらず、ユノンは相変わらず一人、勉学に勤しんでいました。

 リースはパーティーをしている中、一匹の白い猫を見つけました。とても愛らしく、可愛らしい猫に、リースは心を奪われます。猫はパーティー会場から離れ、茂みの奥へと歩いて行きました。その後を、リースは追います。猫を夢中で追いかけていると、空から一粒、二粒の雨が落ちてきました。やがてその雨は激しさを増し、嵐へと変わります。

 リースは慌てて戻ろうとしました。しかし、辺りを見渡してみると、いつの間にか海辺へと出てきてしまっている事に気が付きました。

「大変・・・海の町の近くまで、来てしまったわ。」

 リースは森の町へと戻ろうとしますが、どこをどうやって来たのか、帰り道が分かりません。おまけに外は酷い嵐。強い風と雨で、前がまともに見えませんでした。

 せめて雨風をしのげるところへと、と思い、辺りを見渡すと、一つの塔が見えました。

「あそこなら、しばらく居ても大丈夫かしら・・・。」

 リースは顔を腕で覆いながら、塔へと向かいました。

 塔はとても古く、錆びれており、静かで誰も住んでは居なさそうでした。恐る恐る、リースは塔の扉を開きます。鈍い錆びついた音が、外に響き渡りました。塔の中はしんとしていて、扉を閉めると外の風の音が、ヒューヒューと小さく聞こえるだけで、とても静かでした。

「ここなら大丈夫そうね。」

 ほっと一息とつくと、リースは探検でもするかの様に、塔の奥へと入って行きました。

 塔の中は、外とは違いとても暖かく、温もりを感じます。まるで誰かが住んでいる様な、そんな雰囲気でした。

 塔の中を歩き回っていると、どこからか声が聞こえてきました。その声はとても小さく、何かの呪文を唱えている様に聞こえます。声の聞こえる方へと行くと、一つの小さな扉の前へとたどり着きました。どうやらこの扉の中から、声は聞こえてくる様です。

 リースはそっと扉を開きました。すると、扉の中には、一人の男の子が、沢山の本に囲まれて、歌を歌っています。

 ユノンは本を眺めながら、小さな声で自分の誕生日を祝う、歌を歌っていました。そんな時、突然扉が開き、見知らぬ女の子が中へと入ってきたのです。

 ユノンとリースは、お互いの目が合いました。

「こんばんは。」

 リースは小さな声で、男の子に挨拶をしました。

「こんばんは。」

 ユノンは笑顔で、女の子に挨拶をしました。

「扉を閉めてくれるなか?隙間風が入ってきてしまう。」

 ユノンが穏やかな声で言うと、リースは小さく頷き、扉を閉めて部屋の中へと入ります。

 沢山の本が置いてある部屋の中を、リースは不思議そうにキョロキョロと見渡しました。

「貴方はこんなところで、何をしているの?」

「住んでいるんだよ。」

「この沢山の本は何?」

「色々な本だよ。歴史が書いてあったり、物語が書いてあったり。」

「さっきの呪文みたいなのは何?」

「歌だよ。歌を歌っていたんだよ。」

 質問ばかりするリースに、ユノンは全て笑顔で答えていきます。

「歌?どんな歌?」

「誕生日を祝う歌だよ。」

「誕生日を?誰かが誕生日なの?」

「今日は僕の誕生日なんだ。」

 その言葉に、リースはとても嬉しそうな表情をしました。

「貴方も誕生日なの?私もよ!私も今日誕生日なの!」

 リースの言葉に、ユノンも嬉しそうな笑みをこぼします。

「君も今日誕生日なの?なら、僕達は同じ日に産まれたんだね!」

 二人はお互いの顔を見つめあうと、笑顔で笑いあいました。

「私はリース。貴方は?」

「僕はユノン。初めまして、リース。」

 二人は互いに自己紹介をしました。

「座ってもいいかしら?」

「どうぞ。」

 リースがユノンの横に座ると、ユノンの前に、小さな蝋燭が一本だけ刺さった、一切れのパンを見つけました。

「これは?」

「誕生日ケーキ・・・かな。」

 寂しそうに答えるユノンに、リースまで、寂しい表情になってしまいます。

「貴方はどうしてここに一人でいるの?今日はお誕生日なのに。」

 リースの質問に、ユノンは悲しげに答えます。

「僕は絶望をもたらす、呪われた子なんだ。だからここに、ひっそりと暮らしている。」

「絶望を?どうして?」

「僕が産まれた夜は、今日みたいな嵐で、赤い月が浮かぶ夜だったんだ。だから予言者

に絶望をもたらす子だと言われ、父上が恐れ、僕をここに幽閉してしまったんだよ。」

「何て酷い話なの・・・。」

 リースはそっと、ユノンの頬に両手を添えました。

「大丈夫よ、貴方は呪われた子なんかじゃないわ。だって、私も同じだもの。」

「同じって・・・?」

「私も嵐の夜、赤い月が浮かぶ夜に産まれたわ。予言者には、災いをもたらす呪われた子だと言われたわ。でもお母様は、そんな事は気になさらずに、私はとても大切に育てて下さった。私も呪われた子。貴方の呪われた子。だけど私は、こんなにも幸せよ。だから貴方だって、幸せになれるはずだわ。」

「君も、呪われた子なの?」

「えぇ、そうよ。」

 リースは優しい笑顔で答えます。

「そうか、同じ呪われた子なのに、こんなにも違うなんて・・・。君の母上は、とても強い方なんだろうね。」

「えぇそうよ!お母様はとてもお強いわ!だって森の町を、一人で守っているんですもの!」

 自慢げに言うリースだったが、森の町と言う言葉に、ユノンは悲しそうな表情を浮かべました。

「君は・・・森の町のお姫様なの?」

「えぇ、そうよ!」

「そう・・・。」

「どうしたの?」

 ユノンは悲しげな表情のまま、改めて自己紹介をしました。

「僕は・・・僕は海の町の王子、ユノンです。リース姫、ここから早く、お帰り下さい。見つかったら大変です。」

 ユノンの海の町と言う言葉に、リースはショックを受けてしまいます。

「貴方は・・・海の町の王子様なの?そうなのね・・・。」

 二人はしばらくの間、無言でお互いの顔を見つめました。

「大丈夫よ・・・大丈夫だわ!」

 突然リースは、大きな声で言いました。

「だって、私は呪われた子。それでもこんなにも幸せ!予言なんて嘘よ!だから森の町の者と、海の町の者が出会っても、悲劇は起こらないわ!予言なんて全て嘘よ!」

 リースは更に言います。

「それに、呪われた子同士一緒にいるのに、何も起こらないわ!起こっているのは嵐だけ!怖い物なんて何もないわ!」

 リースの力強い言葉に、ユノンの顔からは自然と笑顔が零れました。

「そうだね・・・そうだね!」

 ユノンも力強く答えると、二人は強く握手を交わしました。

 それから二人は、色々な事を話しました。森の町のお話、海の町のお話、二人の両親のお話。二人は時間が経つのも忘れ、夢中で話します。気付けば二人は、互いに惹かれ合っていきました。それはとても、自然な事でした。

「ねぇ、ユノン。恋って、こういう風に始まるのかしら?」

「人それぞれだね。でも僕達の場合は、運命だと思うよ。」

「運命?」

「うん。同じ嵐の夜。赤い月の元に産まれ、また嵐の夜に出会った。二人とも呪われた子だと言われている。」

「そうね、私達、とてもよく似ているわ。私達が出会ったのは、きっと運命なのね。」

 二人は嬉しそうに笑います。しかし、森の者と海の者。結ばれる事は町の者達が許しません。予言を恐れているからです。

「どうすればいいのかしら?」

「どうすればいいんだろう?」

 二人は必死に考えました。どうすれば、町の人達に分かって貰えるのかを。

「話し合うのはどうかしら?」

「それだ無理だよ。お互いに会おうとはしない。」

「なら、私のお母様と、貴方のお父様の二人が話し合ったら?」

「父上は予言を誰より恐れている。決して君の母上には、お会いしないだろう。」

 二人は深く考え込みました。どうすれば分かり合えるのかを。

「こんなのおかしいわ。間違っている。皆予言に振り回されているのよ。」

「そうだね。外の世界では、もう予言者などいないと聞いている。誰もが平等に過ごしていると。」

「そうだわ!それなら、二人で外の世界へ行きましょう!」

「島を出るのかい?」

「えぇそうよ!」

 リースの提案に、ユノンは少し悩みました。

「でも、どうやって島を出ればいいんだろう・・・。島には船はあるけど、長旅が出来るような船も、食糧も僕達だけじゃ調達出来ない。」

「それもそうね・・・。」

 確かにリースの提案は、いい案でした。しかし、それを実行するには、幼き二人には余りにも難しい事でした。

「そうだ!来世で再び出会うのはどうだい?」

 今度はユノンが提案をします。

「来世で?」

「うん。本に書いてあったんだ。運命で結ばれている二人は、来世で再び出会い、結ばれる事が出来るって。」

「それは素敵ね!どうすればいいの?」

「来世で再び出会うには、死んでからなんだよ。だから僕達が大人になり、老いて命尽きるまで、待たなくてはならない。」

「私はそんなに待てないわ。」

「僕もだよ。今すぐ結ばれたい。」

「私もよ。」

 二人は互いの手を取り合いました。

「「今すぐに・・・。」」

 二人は強く決意をしました。今すぐ命を絶ち、来世で結ばれようと。

 気付けば外は晴れ間が見え、嵐はとっくに過ぎ去ってしまっていました。星空が顔を出し、綺麗な月も光輝いています。

 リースのユノンは、二人で手を繋ぎ、崖の上に立っていました。

「来世で会おう、リース。」

「来世で会いましょう、ユノン。」

「僕達は運命の子。」

「だから再び巡り会えるわ。」

 そして二人は、崖から身を放り投げました。来世で出会えると信じて。                                                                      今宵の月は、とても赤かったのです。二人はまだ幼き、お姫様と王子様。森の者と、海の者が出会い、予言通りに悲劇が起こりました。


狼と友達

独りぼっちの少女が居ました。

赤毛の少女はいつも独りぼっち。

とてもとても友達が欲しかった赤毛の少女でしたが、友達の作り方を知りません。分かりません。

赤毛の少女は、いつも沢山の友達に囲まれているジョニーの事が、羨ましくてたまりませんでした。


「どうすれば私にも、あんなに沢山の友達が出来るのかしら?」


赤毛の少女は悩みました。

そしてある日、いい事を思いついたのです。


「そうだわ!ジョニーは沢山友達が居るから、ジョニーと仲良くなればいいのよ!」


しかし、赤毛の少女はどうやったらジョニーと仲良くなれるのかが、分かりませんでした。

どうやって声をかけたらいいのか。

どうやったら仲良くなれるのか。

ある日赤毛の少女は、ジョニーの友達が彼の話をしている事を耳にしました。


「ジョニーは甘いお菓子が好きだから、今度皆で作って持って行ってあげよう。」


赤毛の少女は思いました。


「ジョニーは甘いお菓子が好き・・・。そうだわ!!沢山お菓子を作って、家に招待をすればいいのよ!」


いい事を思いついたと、赤毛の少女は早速沢山の甘いお菓子を作りました。

そして勇気を振り絞って、ジョニーが一人で居る時に、ジョニーに話しかけます。


「ねぇジョニー。今家に沢山の甘いお菓子があるのだけれども、食べに来ない。」

「本当に!?是非行かせてもらうよ!」


ジョニーは嬉しそうに、赤毛の少女の招待を受ける事にしました。赤毛の少女もジョニーが家に来てくれる事になり、とても嬉しそうです。

早速ジョニーは赤毛の少女の家へと行くと、そこには赤毛の少女言う通り、沢山の甘いお菓子がテーブルの上に沢山置いてありました。


「さぁどうぞ。好きなだけ食べていいわよ。」


赤毛の少女にそう言われると、ジョニーは早速沢山のお菓子を頬張り始めます。


「君はとても優しいんだね。名前は何て言うの?歳はいくつ?昔からこの辺りに住んでるの?」


ジョニーはお菓子を食べながら、嬉しそうに赤毛の少女に沢山の質問をしました。

赤毛の少女はそれが嬉しくてたまりませんでした。

赤毛の少女とジョニーは、沢山の事を話しました。

あぁ・・・このままずっと時間が止まってくれればいいのに・・・。そう思う程に、楽しい時間が過ぎていきます。

初めて友達が出来た赤毛の少女は、ずっとジョニーと一緒に居たいと願いました。

しかし、日が落ち外が薄暗くなってくると、ジョニーはそろそろ帰らないといけないと言い出します。


「どうして?もっとここに居ればいいわ。お菓子もまだこんなに沢山ある。」


赤毛の少女は必死にジョニーを呼び止めました。

しかし、ジョニーは帰らないと皆が心配するからと、赤毛の少女にお礼を言い、帰ろうとしました。

赤毛の少女はとても焦りました。


どうしよう・・・せっかく友達が出来たのに、帰ってしまう。明日はもう来ないかもしれない。このまま帰してしまってはダメ!せっかく出来た友達!!ずっと一緒に居るの!!!


赤毛の少女は、家の中にあった斧を手に取り、帰ろうと背を向けているジョニーに向けて、思い切り振り下ろしました。

斧はジョニーの背中に刺さり、ジョニーは悲鳴を上げます。

それでも赤毛の少女は、何度も何度もジョニーの背中に斧を振りかざしました。

沢山の血しぶきが舞います。

気付けば家の中は、ジョニーの血で溢れ返っていました。

滴り落ちる斧からは、ジョニーの血。

床に横たわる血だらけのジョニー。

赤毛の少女は、ジョニーを殺してしまいました。

しかし、赤毛の少女は被虐的になる事はありませんでした。


「なんだ、最初からこうすればよかったのね。こうすれば、ずっと家に居てくれる。」


赤毛の少女は、ジョニーの死体を持ち上げ、椅子に座らせました。


次の日、昨日からジョニーの姿が見えないので、他の者達は心配して、ジョニーを探していました。

そんな大勢の中でも、エミリーは特に心配そうに必死で探します。エミリーはジョニーの一番の友達だったからです。

その事を知っていた赤毛の少女は、そっとエミリーに近づきました。


「ねぇエミリー。ジョニーなら家にいるわよ。」

「え?本当に?」


赤毛の少女の言葉に、エミリーは驚きと共に、ほっと胸を撫で下ろしました。


「よかった・・・。狼にでも食べられたかと思ったわ。」


安心をするエミリーに、赤毛の少女はは可笑しそうに笑いながら言いました。


「あら、食べているのはジョニーの方よ。昨日からずっと、家で甘いお菓子を食べているわ。そうだわ!エミリーも家へいらっしゃいな。そしたらジョニーにも会えるわ!!」


赤毛の少女の言葉に、エミリーは頷くと、言われるがまま、赤毛の少女の後をついていきました。

家へとつくと、エミリーは早速中へと入ります。


「ジョニー、皆が心配をしているわよ。」


しかし、ジョニーの返事はありません。

赤毛の少女は、家のドアを閉めると、また斧でエミリーに襲い掛かりました。

エミリーの体に、何度も何度も斧を振り下ろします。

血だらけのエミリー。

恐ろしさの余り悲鳴も出ずに、無言で血ぶくを吐きます。

また家の中は、今度はエミリーの血の海になってしまいました。


「あぁ・・・また掃除をしなくちゃ・・・。」


赤毛の少女は、死んだエミリーの体を、椅子へと座らせました。


今度はエミリーの行方が分からなくなり、他の者達はまた必死で探します。

その中でも、エミリーと仲の良かったジェニファーは、とても心配そうに探していました。

今度の獲物は、ジェニファーに決まりです。


「ジェニファー。エミリーなら、怪我をして私の家で休んでいるわ。」

「え?狼にでも襲われたの?」

「そうよ。」


そう言って、赤毛の少女はジェニファーを家へと誘い込みました。


ジェニファーの死体を椅子へと座らせると、家の中が賑やかになりました。

死体が三つ。

でもまだ外には、沢山の友達候補が居ます。

まだまだ、家の中は賑やかになります。

大勢の友達に囲まれ、この家の中に居る事を想像すると、赤毛の少女は嬉しくてたまりませんでした。

赤毛の少女は、次の日も、また次の日も一人、また一人と家へと誘い込みます。そして殺し、椅子へと座らせていきました。


テーブルの上には沢山のお菓子。

テーブルの周りには沢山の友達。

赤毛の少女は、嬉しくて仕方ありません。

真っ赤にこびり付いた床の血の痕。

悪臭を放つ家の中。

そんな事は、気にもなりませんでした。

今家には沢山の友達が遊びに来ている、それだけで満足だったのです。


「さぁ皆、新しいお菓子が焼けたわよ。」


赤毛の少女は嬉しそうに出来立てのお菓子を、テーブルの上へと運びました。

しかし、誰も食べようとはしません。


「どうしたの?皆食べないの?」


しかし、誰も答えようとはしません。

あぁ・・・皆死んでいるからか・・・。

赤毛の少女は、初めてジョニーが家に来た事を思い出しました。

沢山質問をして来てくれて、沢山お菓子を食べながら色々な話をしました。

しかし、死人に口なし。

死んでしまえば、一緒には居られても、話す事は出来ないのだと、赤毛の少女は気付きます。


「退屈だわ・・・。」


赤毛の少女は、また独りぼっちの頃を思い出し、寂しく感じました。

今思えば、誰一人として、赤毛の少女の事を知っている人は居ませんでした。あのジョニーでさえも。

赤毛の少女の存在は、最初から誰にも気づかれていなかった。

こうして沢山の子供達が行方不明になっているにも関わらず、誰一人赤毛の少女の家を訪ねて来ない。


「私は最初から最後まで居ない存在なのね・・・。」


その事に気付いた赤毛の少女は、急に悲しみに襲われ、大粒の涙を零しました。


「あぁ・・・狼は私だったのね・・・。」


赤毛の少女は、このまま永遠に皆と一緒に居られる方法を考えます。


「そうだわ!私も死ねば、皆のところに行ける!!ずっと一緒に居られる!!!」


赤毛の少女は、家の中に火を放ちました。

火はあっという間に大きくなり、皆の死体と赤毛の少女の体を、燃やし尽くします。

家が火に囲まれ、全ての物が燃えて無くなる時、何一つ残っている物はありませんでした。

赤毛の少女の死体さえも・・・。


独りぼっちだった赤毛の少女。

友達の作り方を知らなかった赤毛の少女。

彼女は狼になり、最後は寂しさから自らの命を絶ちました。

それでも誰にも気づかれない、哀れな少女


誘う者

「夢の中へと連れてって。永遠に目覚めない、夢の中へと・・・。」

少女は願いました。
毎日夜が訪れる度に、願い続けました。
もう一度会いたい・・・。
ただもう一度、夢の中で出会ったあの人に会いたくて。
願い続けます。

それはそれは素敵な夢でした。
沢山の笑顔に囲まれ、夢の中だと言うのに全ての感覚が有るのです。
食べ物を食べれば『美味しい』と感じ、傷を負えば『痛い』と感じる。
頬に触れられれば、温もりを感じました。

素敵な素敵な夢の中。
その中で出会った、一人の少年。
優しい笑顔に、柔らかい声。
温かい温もりで少女の体を包みました。

少女はその時始めて感じました。
現実でも感じた事の無い感覚・・・。
『幸せ』と言う感覚。

少年は一輪の薔薇をプレゼントしてくれました。


「この薔薇の花が、僕達をまた廻り合せてくれる。忘れないで、僕は必ず君にまた会いに来ると言う事を・・・。」

そう言い残し、少年は夢の中から姿を消してしまいました。

あれから何度も夢を見ます。
しかし、どの夢の中にも、あの少年の姿は見当たりません。

 「もう一度・・・もう一度あの夢を・・・。」

少女は願い続けました。
夜が訪れる度に、願いました。
強く・・・強く・・・。

病院のベッドの上で。
チューブに繋がれ、何の味もしない点滴の食事をしながら。

ベッドの上の少女は、何も感じる事が出来ませんでした。
痛みも、喜びも、悲しみも、憎しみも・・・そして温もりさえも。
何も感じません。
ただ管に繋がれ生きているだけの少女。

少女は長い長い眠りの中で、朝と夜を幾度となく繰返しています。
そんな中、時折見る夢の中で出会った少年。

 「彼はどこに居るの?薔薇はどこに有るの?」

少女は沢山の夢の中から、手さぐりに捜し続けます。
少年から貰った一輪の薔薇を・・・。
もう一度彼に会う為に。


ある朝少女は目を覚ましました。
それは夢の中では無く、病室のベッドの上で。
ゆっくりと鎖され続けた瞳を開きました。

眩しい光が差し込みます。
キラキラと輝く窓ガラス。
温かい日差し。
その傍らに咲く、一輪の薔薇。

 「なんだ・・・こんな所に有ったのね・・・。」

少女は少年から貰った一輪の薔薇を、ようやく見付けました。
花瓶の中に入れられた、たった一輪の薔薇の花。

これで少年にまた会える、少女はそう思い、嬉しそうに微かに微笑みました。
しかし、夢の中の生活が長すぎた少女は、そのまま永遠の眠りへとついてしまいました。

 「ああ・・・私を連れて行ってくのね・・・。永遠に目覚めない・・・夢の中へと・・・。」

少女は静かに、息をヒキトリマシタ。
その瞬間、あの少年に出会う事が出来ました。

 「約束通り会いに来たよ。」

少年は少女の手を取り、優しく微笑んでいました。
少女は少年に連れられ、クルクルと廻り踊りながら、星空へと飛び立って行きます。
とても・・・とても嬉しそうに。
幸せそうに・・・。

病室のベッドの上では、抜け殻の少女が眠っていました。
安らかに・・・とても安らかに眠る少女。

少年は天使だったのでしょうか?
それとも・・・死神だったのでしょうか?

ただ一輪だけ咲く薔薇の花弁の色は、黒かった・・・


甘い夢

 「夢の世界はとても甘い世界。だけど現実は、とても苦い世界。」

 少女は願いました。毎晩眠りにつき、夢を見る度に、夢の世界に住みたいと。

 夢の世界で、少女はお姫様でした。少女の周りには、いつも沢山の友達が居ます。沢山の友達と、毎日お城でパーティーを開き、甘いお菓子を食べていました。

 ある日パーティーに、王子様がやって来ました。とても美しい王子様。少女は一目で、王子様に恋をしてしまいました。

 それから少女は、眠るのが楽しみで仕方がありません。夢の中だけで会える、王子様。

 少女は一日中、眠り続けました。王子様に会う為に。

 しかし、いつも王子様と踊ろうとする所で、目が覚めてしまいます。

 「どうして王子様と、踊らせてくれないの?」

 少女は目を覚ます度に、涙を流しました。いつまで経っても、王子様とは踊れない。こんなにも沢山眠っているのに、王子様と踊ろうとすると、目が覚めてしまう。

 「意地悪ばかりするのね・・・現実は・・・。」

 少女が目を覚ます所は、いつも暗闇の中でした。真っ暗で光の無い、闇の中。そこは寒くて、とても冷たい所。温もりも無く、笑い声も無く、凍りついた冷たい所。苦い、苦い世界。

 目を覚ますと、またすぐに眠りにつきます。甘い夢の中へと向かいます。

 夢の中でお姫様になると、少女は必ず、真っ先に一つの命令をしました。自分がお姫様だと言う事を、確認する為にです。

 皆が命令に従うと、お姫様だと言う実感をする事が出来ました。何より自分の命令を皆が聞いてくれて、とてもいい気分でした。

 少女は皆に命令をしました。特別な命令を。

 「王子様が来たら、お城の中に閉じ込めて!絶対に出してはダメよ!」

 皆は少女の命令に従いました。

 王子様がお城へとやって来ると、そのまま王子様を、牢屋の中へと閉じ込めてしまいました。

 「どうして王子様を閉じ込めたの?」

 一人の者が、少女に尋ねました。

 「王子様がずっとお城に居れば、いつでもすぐに会えるからよ。」

 少女は嬉しそうに答えます。

 例えまた、踊ろうとして目が覚めてしまっても、眠りにつけばすぐに王子様に会える、そう思ったのです。

 「でも王子様は、毎日お城に来てくれているよ?」

 別の者が言いました。すると少女は、不機嫌な顔をして言います。

 「わざわざお城まで足を運ばなくても、いい様にしたのよ。王子様の為にした事なのよ。」

 皆は不思議そうな顔をして、尋ねて来ました。

 「それは王子様が望んだ事なの?」

 「それはお姫様が望んだ事なの?」

 少女は大声で、皆に怒鳴り付けました。

 「私が望んだ事よ!私の命令よ!」

 すると皆は、クスクスと笑い出します。

 「そうだね、お姫様の命令なら、仕方が無いよね。」

 「そうだね、お姫様が望んだ事なら、仕方が無いよね。」

 可笑しそうに、笑いながら言って来る皆。

 少女は皆の事が、気持ち悪く感じました。

 「気味が悪いわ。」

 ずっと楽しく笑い合って、パーティーをしていた友達たち。それなのに、今は気味が悪くて話しもしたくありません。

 少女は王子様の居る、牢屋へと向かいました。

 「あんな薄気味悪い子達は放って置いて、王子様と沢山お話をしよう。」

 少女は嬉しそうに、王子様の元へと行きました。

 すると王子様は、悲しそうに泣いています。

 「どうして泣いているの?」

 少女が王子様に尋ねると、王子様は怯えながら答えました。

 「君こそ、どうしてこんな酷い事をするんだい?あんなにも優しくしてあげたのに。」

 少女は不思議そうに、首を傾げました。

 「酷い事なんてしていないわ。牢屋に入れてしまった事がいけなかったの?安心して、ここは罪人用の牢屋じゃないわ。ほらっ!こんなに大きなベッドも有るし、フカフカのソファーも有るわ!」

 王子様が閉じ込められていた牢屋は、少女が王子様用に作った、豪華な地下の部屋でした。

 しかし扉は無く、変わりに鉄格子でふさがれている、豪華な牢屋。

 「美しく優しいお姫様だと思っていたのに・・・。君は冷酷なお姫様だ。」

 怯えながら言う王子様の言葉に、少女はショックを受けました。

 「違うわ!私は貴方と、ずっと一緒に居たいだけよ!」

 「ならばここから出してくおくれ。君がまだ、優しいお姫様なら。」

 必死に訴える王子様に、少女も必死に訴えました。

 「貴方が望む物が有れば、何でも用意させるわ!だからずっとここに居て!」

 「必ずまた、君に会いに来ると約束するよ。だからここから出しておくれ。」

 「貴方を出してしまえば、もうお城へは来てくれないわ!その変わり、何でも欲しい物をあげる!だからずっとここに居て!」

 「必ず会いに来るよ。もう一度このお城に来ると約束する。だからここから出しておくれ。」

 「貴方を出す事は出来ないわ!」

 最後の少女の言葉に、王子様は悲しみに暮れてしまいました。

 少女は泣きながらその場を去って行くと、部屋の中に閉じこもってしまいます。

 「どうして・・・。私は王子様と踊りたいだけなのに、大切な人を離したくないだけなのに。ずっと一緒にいたいだけなのに・・・。」

 少女は考えました。どうしたら王子様は、ずっとお城に居ると約束してくれるだろうか。

 少女は庭に咲いていた、真っ白な薔薇の花を持って、王子様の元へと行きました。

 「王子様、ほらっ!綺麗な薔薇よ!庭に咲いていたの。貴方の為に摘んで来たわ。」

 しかし王子様は、悲しそうに泣いているだけです。

 少女はそっと、白い薔薇を牢屋の前に置いて、その場を去りました。

 今度は甘いお菓子と、紅茶を持って王子様の元へと行きました。

 「王子様、お菓子を一緒に食べましょう。香りのいい紅茶も有るわ。」

 それでも王子様は、泣いているだけで、話してはくれませんでした。

 今度こそはと、少女は白い羽をした、綺麗な鳥を持って行きます。

 「見て、王子様!綺麗な鳥よ!真っ白な羽をした、可愛らしい鳥よ。」

 やはり王子様は、泣いているだけです。

 少女は鳥をそっと牢屋の中に入れると、悲しそうに尋ねました。

 「貴方は何が欲しいの?何を与えたら、ここに居てくれるの?」

 すると王子様は、泣きながら答えました。

 「自由を与えてくれたら・・・。」

 そう言って、牢屋の子窓から、鳥を外へと放ちました。

 「それは出来ないわ。」

 少女が言うと、王子様は涙を流しながら微笑みました。

 「それなら、このお城の中で、一番美しい銀のナイフをくれないかい?」

 王子様の言葉に、少女は嬉しそうに笑いました。

 「銀のナイフが欲しいのね?いいわ!すぐに用意するわ!」

 少女は急いで、お城の中で一番美しい、銀のナイフを用意する事に。

 「皆に命令よ!お城の中で、一番美しい銀のナイフを用意して!」

 少女は皆に、命令をしました。お城の中で一番美しい、銀のナイフを探す様に。

 銀のナイフは沢山見付かりました。その中でも一番美しい物は、まだ一度も使っていない、少女の名前が刻まれたナイフでした。

 「そのナイフをどうするの?」

 一人の者が尋ねました。

 「王子様にプレゼントをするのよ。王子様が欲しがっている物なの。」

 少女は嬉しそうに答えます。

 「そのナイフは、お姫様が産まれた記念に造られた物だよ。」

 別の者が言いました。

 「王子様が望む物なのよ。これでずっと、お城に居てくれるわ。」

 少女はとても嬉しそうに言いました。

 「王子様は、そのナイフを何に使うの?」

 「王子様は、お城にずっと居るの?」

 「王子様は、約束をしてくれたの?」

 皆が次々と少女に尋ねます。

 しかし少女は、皆の言う事等無視をして、足早にナイフを持って王子様も元へと行きました。

 「王子様、望む物を持って来たわ!お城の中で、一番美しい銀のナイフ!」

 少女は嬉しそうに、王子様に銀のナイフを手渡そうとしました。その瞬間、皆が尋ねて来ていた事を、思い出します。

 「王子様、銀のナイフを何に使うの?」

 少女は不安そうに、王子様に尋ねてみました。

 「美しい薔薇の花を、摘む為に使うんだよ。」

 王子様は優しく答えてくれました。少女は嬉しそうに微笑むと、更に尋ねます。

 「王子様、お城にずっと居てくれる?」

 「ずっと居て、美味しいお菓子と紅茶を頂くよ。」

 少女は更に嬉しそうに微笑みます。

 「王子様、約束してくれる?」

 嬉しそうに少女が尋ねると、王子様は笑顔で答えました。

 「約束するよ。だからここを開けて、銀のナイフをくれないかい?美しい銀のナイフを。」

 少女は満遍無い笑みで頷くと、牢屋の鍵を開けました。

 王子様は牢屋から出ると、お姫様の前に立ち、お辞儀をします。

 「ありがとう、美しく優しいお姫様。」

 少女は王子様に、銀のナイフを手渡しました。

 王子様は笑顔で銀のナイフを受け取ると、そのままお姫様の胸に、ナイフを突き刺しました。

 「ありがとう、無知で哀れなお姫様。」

 笑顔で言う王子様の瞳は、とても冷たかった。氷の様に、冷たい瞳をしていました。

 「王子様・・・どうして・・・?」

 少女の瞳からは、涙が溢れ出ました。そして突き刺された胸からは、真っ赤な血が溢れ出て来ます。

 「君との約束を守ろう。僕の望む物をくれたから。君と言う美しい薔薇を摘み取り、甘くて美味しいお菓子を頂くよ。金のお菓子を、ずっとこのお城で。」

 王子様は、優しく少女の体を床に寝かせながら言いました。

 少女の体から溢れ出る血は、床へと滴り落ち、側にあった白い薔薇は、真っ赤な薔薇へと染まっていきます。

 「王子様・・・お願い、私と踊って・・・。私と踊って。」

 少女は涙を流しながら、必死に訴えました。王子様と踊れば、夢から覚める。

 しかし王子様は、歪に笑いました。

 「君と踊れば、また君は眠ってしまう。眠ってしまった君を、いつも運んであげていたのに・・・。僕は花が散って行く様を見ていたい。」

 「違うわ・・・覚めるの!夢から覚めるのよ!」

 「違うよ。君は眠りにつくんだ。永遠の眠りに。」

 少女の体は、どんどん冷たくなって行きました。

 少女は何度も自分に言い聞かせます。

 「これは夢!甘い夢!現実は苦い!苦い現実に戻るのよ!」

 しかし少女が目覚める事は、ありませんでした。

 王子様は動かなくなったお姫様に、そっと囁きます。

 「現実は苦いんだよ。」

 お姫様は、そのまま永遠の眠りについてしまいました。

 我儘で、自分勝手なお姫様を殺した王子様は、正義だったのでしょうか。それとも王子様は、お姫様に復讐をしたかっただけなのでしょうか。

 夢だと思っていた夢は現実。現実だと思っていた現実は夢。間違いだらけのお姫様。

 愛し方を間違えてしまったお姫様は、愛する王子様に殺されてしまいました。


とりかえっこ

 ある所に、小さな町がありました。その町には、小さなお城がありました。
 お城は華やかでしたが、町はとても貧しい町でした。だけど、貧しいながらも、人々は助け合い、幸せに暮らしていました。
 そんな貧しい町に、どの家よりも貧しい暮らしをしている、少女が一人いました。
 少女は孤児でした。親の顔も知らず、隣の家のおばさんが、いつも世話をしてくれていました。
 少女は毎日、お城を眺めていました。
「あぁ、あのお城の中は、どれ程華やかなのかしら・・・。」
 少女はお城に住む事に、憧れていました。
 一方で、お城にも一人の少女がいました。少女はお姫様でした。
 毎日豪華な食事にドレス。貧しい町とはくらべものにならないくらい、贅沢三昧な毎日でした。
 しかし、お姫様はそんな生活に、飽き飽きとしていました。
「町の子供達は自由でいいわ。習い事も無いし、お堅い挨拶も無い・・・。」
 お姫様は、密かに町に住んでみる事に、夢を抱いていました。
 ある日の事です。お姫様は、思い切って両親に、貧しい町の様子を見てみたいと、頼んでみました。両親は、いい社会勉強になるかもしれないと思い、思いの外あっさりと認めてくれました。お姫様は喜びました。
 早速次の日、お姫様は召使と共に、町へと出かけます。お姫様の心は弾んでいました。町へ行ったら、自分と同い年くらいの子と話してみたい。どんな子がいるのか、見てみたい。期待でいっぱいでした。
 町へと着いたお姫様は、想像以上の町の貧しさに、驚きました。そして自分がどれ程恵まれていたのか、思わず感謝をしてしまいます。そして、自分はこの貧しさを体験してみないと、将来良い女王様にはなれないと思いました。
 お姫様は町を探索しました。歳の近い子供とも、何人か話しましたが、皆貧しい割には、楽しそうに生活をしています。何故だろう?お姫様は不思議に思いました。
 お姫様が子供達と話していると、あの貧しい少女がやって来ます。
 少女はお姫様が町に来ると聞き、大喜びで待ちわびていました。
 少女はお姫様の後ろ姿を見つけると、胸が高鳴りました。
 美しく華やかなドレス、周りに従える召使達、絵に描いた様な、理想の姿でした。
 少女は勇気を出して、お姫様に話しかけます。
「あの、お姫様。」
 するとお姫様は、後ろを振り返りました。少女とお姫様が、初めて出会った瞬間です。
 お互いに顔を見合わせた二人は、とっても驚きました。何と、お姫様と少女の顔が、瓜二つだったのです。
「まぁ、私にそっくり。」
 お姫様は驚きます。
「私が・・・いる。」
 少女も驚きます。
 お姫様は驚きと共に、喜びました。とてもいい事を思いついたからです。
 お姫様は、少女に近づくと、そっと耳元で話しました。
「あなた、お姫様になってみたくはない?」
 お姫様の言葉に、少女は驚きました。夢にまで見た、お姫様になれる?少女は笑顔で、大きく頷きます。
 お姫様も又、喜びました。これで町の子供の体験が出来る。
「お花を摘みに行くわ。」
 お姫様は召使にそう言うと、少女の手を取りました。
「あなたのお家で借りるわ。」
「分かりました。」
 少女とお姫様は、手を繋ぎ、少女の家へと向かいます。
 家に着くと、早速お姫様が言いました。
「私は町の生活を体験してみたいの。あなた、私と一週間、交換しない?」
「交換?」
「そう。私があなたになって、あなたが私になるの。」
「私が、お姫様に?」
 少女は驚きと共に、喜びました。そして嬉しそうに承諾します。
 こうして、少女はお姫様に、お姫様は少女にとなりました。

 交換をしてから一週間、少女は、久しぶりに町へとやって来ました。町には、お姫様が待っていました。
 少女が優雅な生活を、満喫しました。お姫様は自由な生活を、満喫しました。二人とも満足でした。
 お姫様は、少女に言いました。
「さぁ、元に戻りましょう。」
 しかし、少女は言います。
「嫌よ。」
 と。
「この生活が気に入ったわ。私はずっと、お姫様でいるわ。」
 お姫様は驚きました。
「何を言っているの?」
「優雅な生活は素敵だわ。それに両親もいる。私はこのままがいい。」
「そんなのダメよ。両親は私の両親よ。」
 お姫様は怒りました。
「わきまえなさい‼」
 しかし、少女は不適な笑みを浮かべ、召使に命令をします。
「この者が無礼をするわ。」
 召使は、お姫様を囲みました。お姫様は、怒りながら言います。
「無礼をしているのはその者よ‼私が本来のお姫様なのよ‼一週間前に、交換したのよ‼」
 お姫様の言葉に、召使達は戸惑います。
 どちらを見ても、同じ顔。
「この偽物め‼死刑にしてやる‼」
 お姫様は叫びました。すると、少女も叫びます。
「偽物はあなたでしょう‼死刑になるのはそっちよ‼」
 どちらが本物のお姫様か、召使達には分かりませんでした。それ程までに、二人はそっくりだったのです。
 二人は睨み合いました。
 と、少女は、ある事を思いつきます。
「こうするのはどう?お互い首を絞め合って、生き残った方が本物のお姫様。」
 少女の提案に、頭に血が昇っていたお姫様は、少女の提案を受け入れました。
「いいわ。」
 二人はお互いの首に手を掛けると、同時に力一杯、締め付けます。
 少女は自信がありました。日頃力仕事もしていたからです。
 お姫様も自信がありました。力を使うお稽古を習っていたからです。
 やがて、片方の口から、唾液が垂れ始めます。そして力尽き、死んでしまいました。

 ある所に、小さな町がありました。その町には、小さなお城がありました。
 お城には可愛らしいお姫様がいます。毎日優雅に過ごしています。
 さて、勝負は果たして、どちらが勝ったのでしょうか。お城にいるお姫様は、本物のお姫様?それとも、偽物のお姫様?



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