ラッキープール庭にだして

 暑い日は/思い出せよ/ふじの山。この句、正岡式。なんつってごっついあつい。もうだめ。気がどうにかなりそうだ。過日土曜。この日、気象庁によると気温は摂氏三十五度を観測するという。正気の沙汰ではない。

 そんな灼熱のデイ。ついうかうかとビニールプールなんぞを開き、腕や肩に重度の灼きあとをこんがり残したのはだーれだ。ちがうんです。ぼくは脅されてやったんです。うそじゃないです。

 三歳児が、「プールをやらないとどうなるかわかっているのか」的な、比較的強制的なニュアンスをもって迫るので、そうした。妻は午前より散髪に出かけた。

 プールに水道水を注ぐあいだ、三歳児は炎天下でそのホースをにぎりしめ、水面に照り返す水色の光の波を、その紅顔に反射させていた。とうとつに「もういいかな」なんていいながら水着になり、浮き輪と水鉄砲をプールに投げ込み、みずからも入水した。おれは隣で椅子をだし、脹脛まで水に浸かった。

 よい一日だった。しばらくすると近所の女児がやってきて、息子と一緒にプールをした。陽射しは肩を灼き、腕を灼き、汲々とする息子の背中までこんがり灼いた。ビニールと水のいりまじったにおいが夏のなつかしい感じを演出していた。

 けっきょくおれもプールにはいった。ティーシャツとハーフパンツはぐっしょりと濡れ、その重みと水分は体力を削るように奪っていった。その水浴を終えるのにはすこし苦労したが、太陽よりも輝く笑顔に出会えてさいこうにプライスレス。

 プールをしたあとのタオルのぬくもり。衣類のあたたかさ。繊維のひとつびとつに陽光の粒子がふくまれていて、それらが肌に涵養していくようだった。妻のショートカットは丸顔が際立つ。パーマネントをあてていた。めんどくせぇので昼餉は牛丼にした。うまかった。

 午睡がはかどった。覚醒すると午後四時ちかかった。また少し外であそんで、じっとりとした汗に砂塵がまとわりついた。六時ちかくなってもぜーんぜん明るい。昼間のようだけれど、胸のおくでは黄金の夕景がひろがっているようであった。

 午睡をふんだんにしたにもかかわらず、夜はそこそこ早く就寝した。その日の夜気は星々のつめたい瞬きをふくんでいたようで、気持ちのよい風が寝室にまで届いていた。虫の声、夜の町のざわめき、国道に響く排気音が聞こえた。ついついポエムを詠みたくなったので渡邊十絲子を読んで、よくわかんねぇな、ってなって眠れなくなった。

 じつはプールをしたのは土曜だけではない。日曜もやった。はは。白熱のトゥーデイズ。灼けるような熱線のもと、雲間にぬけた蒼穹が抜けるようであった。

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